ビタースイートとシュガリーナイト
高校三年の時にやたら話しかけてきたり、周りをうろちょろする二個下の後輩がいた。
「先輩、夏休みって何してますか?」
「先輩、お昼ご飯食べました?」
「駅前のイルミネーション綺麗って有名ですよね」
「途中まで一緒に帰りませんか?」
事あるごとに先輩、先輩と言っていたから、休み前やイベント前になると、「告白されるんじゃね?」なんてそわそわしたりなんかした。何も起きなかったケド。
告白のイベント中のイベント、バレンタインでさえ、「先輩も一つどうぞ」的な大袋入りの義理チョコで。それは建前であとからこっそり呼び出し、とかそんなものもなかった。ほーんとなんもなかったのヨ。次の日「山田先輩!」といつものように無邪気に呼ぶ。弄ばれてんのかなあ、って思ったりしたけど、ふわっと花が咲いたような笑顔が可愛くて、癒されて、この顔が見れるならいいか、と許してしまっていた。
そして、あっという間に卒業式を迎えた。
「山田先輩、卒業おめでとうございます!」
「オウ、サンキューな!」
「写真、一緒にいいですか?」
「もちろんだゼ」
──カシャ。
終わり。それだけ。
彼女の事が好きだと気付いたのは、文化祭の時。
「一緒に回りませんか」という誘いを断った。
理由は最後の文化祭は友人達と楽しみたかったし、クラスの出し物の他に司会も任されていて、それどころじゃなかったからだ。友人と回っている最中に彼女がクラスの男子と仲良さげに話している所を見て、あの笑顔を知っているのは自分だけじゃないんだと、当たり前なことに軽く嫉妬してしまった。そりゃあ笑いもするよな。でもそれは俺だけが知っていたかったというか、俺だけに向けていてほしかったというか、自分勝手だよな。んで気づくの遅すぎ。まァ、そんくらいには青かったってコトだ。
自分から告白しなかったのはナゼかって?俺だって何度かそう思って「ここで告白されなかったら自分から言う」とか在り来たりな願掛けをしてみたりもしたサ。結局のところ彼女の行動が読めず、そしてそれをひっくり返すほどの度胸が俺にはなかっただけのコト。
そんな少し甘酸っぱい、遠い日の青い話。
それがどうしてか、今、その甘酸っぱい思い出が目の前にいる。
なんてことのない、雄英教師の飲み会にOBOGも加わった大人数での席だった。
「山田先輩?」と首を傾げる仕草はあの頃と変わっていなかった。
隣に座った彼女に、「久しぶり、元気だった?」と聞けば、「もちろん元気ですよ!先輩は、いろんなところで見かけるので、私は久しぶりな気がしませんね」と彼女が笑う。
今思えば、誘った割に悲しそうな顔で笑う彼女の意図が読めなかったのは、俺と同じだったからじゃないだろうか。それ故に、先に進まなかった恋だったのでは、とふと思う。
「先輩、送ってくれませんか?」
またあの時のような甘えた声で俺を誘う。
「ん。いいよ」
マンション下まで着いたところで、俺の服の端を掴んで、「もしよかったら私の家で飲み直しませんか?」とまた誘う。
もう「告白されるんじゃね?」なんてはしゃぐような歳でもないし、チャンスを伺うだけの受け身スタンスも、度胸のない男も卒業した、はず。
「ソファに座っててください」と言って、彼女が酒やおつまみを用意すると、隣に座る。
ビールを注いだコップを軽く当て、一口。謎の緊張感が二人の間に漂って、先に口を開いたのは俺だった。
「文化祭の時、一緒回れなくてごめんな」
おそらくここが、彼女を意識した俺と、誘いを断られた彼女の分岐点だったように思うからだ。
「いいですよ、そんな昔の話…」
「俺は昔の話、したい気分なんだケド」
大袈裟に手をブンブンと振った彼女の手を掴むと、わずかに震えていた。えへへ、と困ったように笑うとぽつりぽつりと話始める。
「私ね、たくさん先輩のこと誘ったでしょ?ずーっと気持ち伝えたかったんです」
「うん」
「先輩3年生で大変だったのに、うざいくらい周りちょろちょろしてる私にいつも笑いかけてくれて」
「ま、それに救われてたからナ」
「うそ…」
「嘘じゃねエよ」
「文化祭も先輩と回れたらって、それで、」
「うん」
「きっとこれが最後だから、先輩がクレープを食べようって言ってくれたら、言おうって」
あの時を昨日のことのように話す彼女に、やっぱりな、と今更答え合わせをして、ただ頷くことしかできなかった。
「文化祭の時だけじゃなくて、いつだってそんな風に変に考えて、一言、好きですって言うだけなのに、なかなか勇気出なくて…。先輩にとって慕ってくれる後輩の一人でもいいか、もうこのまま、楽しかったまま思い出にしよう、って」
携帯を差し出し、画面をタップすると、ロック画面に懐かしい二人の姿が写し出される。
「卒業式の時の写真、か。俺もあの頃はガキでさ、ホント嫌んなるよな。こんなに女の子が頑張ってるのに、人の恋愛相談とか受けてる場合じゃなかったわ」
「先輩のウェブラジオ聞いてましたよ、FMラジオ決まってからも」
あの頃好きだった、いや、今でも好きだと思う、ふわりと花が咲くような柔らかくてあたたかい笑顔で、「会えて嬉しかった」と言う。
彼女は今も、俺が何かしたら、何かを言えば、と待っているのだろうか。
もうそういう建設的ではない願掛けはお互いナシにしたい。
「俺も、
〇〇ちゃんに会えて嬉しかったよ。ホント今更って思うだろうケド、俺、文化祭の時、
〇〇ちゃんの事、好きなんだって気付いてサ」
「…ほんと今更、ですね」
「ね、キス、していい?」
「…はい」
眼鏡を外し、テーブルに置く。
ふに、と柔く唇が触れ合い、そっと彼女の髪を撫でる。
「
〇〇ちゃん、好きだよ」
「私も、山田先輩の事、好きです。ずっと、好きだった」
震える声が愛おしく、髪を梳いていた手を後ろ頭に回す。引き寄せるように抱き締めれば、深く口付けていく。角度を変え、少し開いた隙間から舌を入れ絡ませると、彼女の身体が僅かに動き、俺に応えるように絡ませてくる。口内の熱が蕩け合い、鼻にかかった甘ったるい声も熱い吐息と混ざる。
「せんぱい、ほんとに、やまだせんぱい…?」
「そうだけど?」
ぽやりととろける彼女に三度目のキスをすると、頬、耳、首、鎖骨と順に唇を這わせる。
「せ、んぱい」
「ん?」
「すき」
「俺も」
四度目の口付けが終わる頃には、もう願掛けに頼る二人はいなくて、ただただ愛を伝え合い、甘酸っぱい思い出は、甘い甘い言葉に包まれて、隣で眠る。
write 2023/7/1〜7 🎤誕連載