アナザーレイニーデイ
例年より早めに梅雨入りした今年は空梅雨で、誰もが少々勇み足な夏を満喫していた。
ところが七月に入ると思い出したかのように週間天気予報は見事に傘マークが並んだ。今年も天の川は見れないのか、と急に空を埋め尽くした厚い雲を睨んだりもしたが、まだ予報は予報だ。この厚い雲が少しでも薄くなって、吹き飛んでいきますように。ぱたぱたと傘に落ちる雨音を聞きながら、足早に今日も仕事へ向かう。
私の出身はドがつく田舎で、まわりは山、横は川、下ればすぐそこは海、の自然豊かな場所で育った。人とすれ違う数より、野生動物出現の注意放送の方が多いほどで、朝は近所の鶏の鳴き声で起きていたし、夜は虫や蛙の大合唱を子守唄に眠っていた。
庭にテントを出して、キャンプごっこをするのが好きな子どもだった。
小学生の時、授業で天体観測の仕方を習ってからというもの、毎晩、土に寝転がり、星座の早見盤をくるくる回しながら季節の星座を探した。山を拓いた場所に作られた新興住宅地は、遮るものがなく、まるで星が降っているようだった。
中でも夏の夜空に流れる天の川を、七夕の日に見れた時の感動はひとしおで、同じく天体好きの両親に、「あれがデネブ、あれがアルタイル、あれがベガで夏の大三角なんだよ!織姫と彦星、会えたかなあ?」と意気揚々と自慢げに興奮気味に言ったことを今でも覚えている。そんな私に両親 は、「あなたもこの素敵な夜空をいつか大切な人と見れたらいいね」と言って、仲良さげに見つめ合う姿も同じ記憶に残されている。
私の彼が七夕生まれだと知った時、飛び跳ねるほど吃驚したし、ロマンチストな彼にぴったりで、ほくそ笑んだのだ。
だから尚更の事、私のいつかの思いは強くなって、あの子どもの時に感じた、興奮に似た感情が治らなかった。
付き合い始めて最初の夏の昨年は、生憎の天気で見れず終い。だが、デートで行った先の七夕の短冊には『大切な人と一緒に天の川が見れますように』と書いた。
今年はどこでお祝いしようかと楽しみにしていたのに、お互い忙しくすれ違う日々。さらに追い討ちをかけるかのように決まった私の出張。そしてこの天気。せめても、と近所のスーパーの七夕飾りに同じ願いを書いて吊るした。
「出張、気をつけて行ってこいよ。今日も愛してるゼ」
電話から聞こえる彼の声に元気がなく、
「うん、私も愛してるよ。早く会いたい、会えるよう凄く頑張ってくるね!」
と、申し訳なさに気休めな言葉を言って、
「ん」
と、喉を震わすだけの短い返事が聞こえた。
出張へ行く前日に彼の家へ行った。会えなくても、彼を感じれるからつい来てしまう。
キッチンでコーヒーがぽたりぽたりと落ちるのをただ見つめているところとか、カーテンを開けて長い腕をうーんと伸ばしている姿とか、その時に揺れる髪が光に当たってキラキラして綺麗なところとか、ソファの肘掛けに腰掛けてコーヒーを飲む姿とか、防音室の小窓から見る仕事中の彼の後ろ姿とか。そういうのを思い出しては勝手に切なくなる。このまま彼が帰ってくるのを待っていたいと思う気持ちを堪え、置き手紙を残し、次の日、出張へ向かった。
手紙を書いている途中、ふと思い立って、もうしばらく会っていない寂しがりな恋人に、あるものを作ることにした。
きっと喜んでくれるだろう。きっと驚いてくれるだろう。
伝わったらいいな。
早く会いたいな。
重く濃い灰色の空は、日が経つにつれ少しずつ白を混ぜたように淡くなっていった。
write 2023/7/1〜7 🎤誕連載