眠るまで、の話
「先に寝てて」と言われる日が続いた。
最初は寂しかったし、寝つくのに時間がかかったりもしたけれど、それもしばらくすると慣れた。慣れは習慣になった。ベッドに入り、携帯を枕元に置いて、頭を枕のベストポジションにフィットさせ、肌触りの良い薄い毛布を肩までかけると、まぶたが自然と、とろんと重くなる。
そんな夜だった。
「
〇〇ちゃん、今日は一緒に寝れそうなんだケド、」
夕飯も、お風呂も終わり、自由時間の後、あとは眠るだけとなった時間に、大きな体をもじっとさせて、ひざしが言った。久しぶりに一緒に寝室へ向かえる恥ずかしさなのか、ちょっとトーンを落とした控えめな声は、可愛らしい。
「え、そうなの?ごめんね、今日仕事持って帰ってきちゃった」
「マジか、でもまあ仕事ならしょうがねえな。うん。いつもは俺が先に寝てろって言ってるもんな、あんま無理すんなよ」
おやすみ、と言って寝室に向かう彼の背中は寂しそうだった。少し前の私みたいだ。なんだか悪いことしたみたいで、早く仕事を終わらそうと思った。
それでも持ち帰った仕事はなかなかに時間がかかって、うーん、と伸びをする頃には深夜1時近くになっていた。さすがに寝ようと寝室へ向かう。
さらりと枕に沿う金色が、閉じられた大きな瞳が、薄く開いたツヤのある唇が、なんて美しいんだろう、と自分の夫ながら、惚れ惚れした。
「美しいなぁ」
と、思わず口から出るくらいに。
そうっと自分の肌触りの良い薄い毛布を捲り、ベッドへ入る。いつもの流れで寝入る準備をすれば、ゆるゆると無意識へと浸かり始める。
微睡みの中、するりと肌を這う感覚が、人肌が心地よい。ふに、と柔いものが当たって、抱きしめられ、キスされたのだと、薄く、ほわんと柔らかい膜に覆われたようなぼんやりとした頭で理解した。
「ぅ、ん、おこした?ごめんね」
「ちが、う。むいしき。」
「そっかぁ」
「ん、そぅ、さみしかった、から。」
いつも、ごめんな、とむにゃむにゃと喋るひざしは、また夢の中へ行って、私も、彼の規則正しく上下する胸に手を置いて、追うように夢へと向かった。
次の日、
「ヘーイ!
〇〇ちゃん!あんな寂しい夜とはオサラバだぜ!!」
と、いつものハイテンションで誘い、抱き上げて腕に乗せた後、くるりと1回まわって、そのまま寝室へ向かう毎日に変わったのだった。
write 2023/8/2