ずるいキス
夜、一緒に飯でも行こうと相澤を誘ったが、先客がいるとかで断られた。仕方なくひとりで済ませ、どっかでちょっと飲んで帰るか、とオープンカフェやバルなどおしゃれな店が並ぶ通りをぶらぶらと歩いていた。
ふと“pizza”の看板が目に入り、いい匂いだな〜なんて近づくとその斜め向こう側の店から相澤と相澤の陰になってよく見えないが女の子が出てきた。まさかと慌てて、つい隠れる。
相澤が軽く会釈すると、そのままその方向へ歩いて行った。デカい壁みたいな男が居なくなると、そのまさかは的中。女の子は俺が絶賛片想い中の彼女だった。
先客て、そっかァ
〇〇ちゃんだったか。彼女からはよく恋愛の相談を受けていて、その相手が相澤だということも知っていた。知ってて相談乗るなんてバカじゃないかて思うデショ。ま、内容はどうであれ頼られるのも話せるのも嬉しかったりすんのよ。
その恋心の先が俺だったらいいのになんても思うケド。
なんて考えていると、さっきまで笑顔だった彼女の様子がおかしい。俯いて頬を手で拭っている。
…もしかして泣いてる?
隠れていたことも忘れ、急いで駆け寄る。
「
〇〇ちゃん!」
「や、まだ、くん?なん、で?」
俺を見上げた彼女の頬には大粒の涙がつたっていた。驚きで目を丸くする瞳にも溢れんばかりの涙が溜まっていて今にも溢れそうだった。
近くでメシ食っててさ、たまたま見かけた、とポケットからハンカチを取り出し、頬の涙をそっと拭う。
「相澤くんに、フラれちゃった」
へへへ、と力なく笑い、目を細めた時、またぽろりと溢れる。
「そかそか、頑張ったんだな」
はらはらと泣く彼女の涙を拭うことしかできず、もどかしくなる。
「人も多くなってきたから、移動しようか」
こくん、と頷く彼女。
「送るよ。早く目冷やした方がいいしな。こっから家近かったっけ?」
また、こくん、と頷き、こっち、とか細い声で言う。
いつもハキハキと明るい声で楽しそうに話す彼女とは全く違う、初めて聞く声。
涙は止まったかと思えば、またすんすんと鼻をすする音がして貸したハンカチで目を押さえている。
しばらく歩くと、送ってくれてありがとう、とアパートの前に着いた。階段、危ないから玄関先まで送るよ、と彼女を支えながら階段を登る。
「ほんとにありがとう、ハンカチ洗って返すね」
玄関のドアを開き中に入りかけた彼女の手を掴む。驚いて一歩引いた彼女に引っ張られるように一緒に部屋に入る。
「や、山田くん…?」
「勝手にごめん」
謝りながらも掴んだ手をくいっと引っ張り、倒れ掛かった彼女をそのまま抱きしめる。
「……相澤やめてさ、俺にしない?」
腕の中で、え、と戸惑った声がする。
「俺、ずっと
〇〇ちゃんのこと好きだったよ」
抱きしめていた手を肩に置き、少し離すと彼女の頬にキスをする。混乱しているのか彼女は目を丸くさせたままだ。
「涙、やっと止まったな。止まったついでに、相澤のこと忘れさせてあげよっか」
え、と、と言い淀む彼女の言葉を遮るように唇を塞ぐ。震える唇の隙間から舌を入れる。ぬるりと上顎や歯列の裏も舐め、少し力の抜けた彼女の舌に絡ませる。
「んっ」と声が漏れると、彼女がとんとんと俺の胸を叩く。そうっと唇を離すと、とろりと溶けた顔の彼女が浅く息をしている。
「ああ言ったけどさ、
〇〇ちゃんがどんだけ相澤のこと好きだったか俺知ってるし、まだ相澤のこと好きでいいよ。でもゆっくりでいいから俺のことも見て」
「そ、んな……やまだくん、ずるい…よ」
ずっと片想いだったからな、ずるい手も使うさ。少し抱き寄せ、涙も唇の震えも止まった彼女にもう一度、深く口付けていく。
write 2023/5/26