りつまおワンライアーカイブ

「では改めて……誕生日おめでとう、りっちゃん♪」
「うん、苦しゅうない……♪」
「いただきます」
 上手く形容しようとすると倫理コードに引っ掛かる単語が盛大に踊りだしそうな、そんなスプラッタ色の新作ケーキを大事に噛みしめる。作者たる本日の主役、天才パティシエ朔間凛月様はといえば、組んだ両手に顎を乗せて、俺が作品を消費するさまをニコニコ眺めていた。
「どう? ちなみにテーマは『生誕、即ち終末』」
「美味い。テーマはよく分からんけど」
「ふふっ、ま〜くんみたいなお子ちゃまには難しかったかな?」
「誰が……」
 お子ちゃまだ。そう言いかけた口が『あ』の字で止まる。
 凛月は、同級生で、クラスメイトで。でも、本当は年上で、アイドルも人生も間違いなく先輩で。そして、十八歳になった今日、その『年上』はもっと大きな意味を持つ。選挙権を得て、自動車免許をとれるようになって……国によってはお酒も飲めるだろうし、しようと思えば結婚だって……
「ま〜くん?」
「……ぉ?」
「どうしたの、お間抜けな顔しちゃって。まだたくさん種類あるから、好きなの選んで良いよ」
 ずい、と差し出されたケーキ箱には、素人が直視したら卒倒しそうな絶品スイーツが所狭しと詰め込まれている。「あ、そうそう」と凛月が指さしたケーキには、ベールを被った骸骨が佇む墓場があしらわれていた。
「家にラム酒があったから使ってみたんだよねぇ。これ、入ってるんだけど、加減が分かんなかったから念のため気を付けて――」
 ざくっ。
「……美味い」
 躊躇いが無かったわけではない。ほとんど衝動的だった。箱から出して皿に移すより早く、骸骨ごとフォークを突き立てた箇所を抉り取って口に運ぶ。酸味とも苦味ともつかない独特の感覚が舌を滑り、甘いブルーベリーソースに溶けて喉元へ潜っていった。
「凛月」
「……なぁに、ま〜くん」
「俺……いつまで、こうして凛月と並んでいられるのかな」
 まさしく『お子ちゃま』みたいな発言であることは自覚していた。それでも、無惨に貪られた骸骨に呪いでもかけられたのか、さっきまで固まっていた口は嘘のようによく回る。
「こうして何回誕生日を祝い合っても、俺と凛月は絶対に重ならないだろ。お前は今日で十八歳、でも俺は……半年先まで十六歳、歳をとっても十七歳。どうしてもお前の方が先に大人になっちまう。そうやっていつか置いていかれたら、って思うと……」
 フォークを動かす手が、本音を吐きながら甘くないケーキを溶かす口が、自分でも恐ろしいくらいに規則正しい動きを繰り返す。涙は出ないけれど、きっと内側の何処かに流れているのだと思う。ラム酒の染み込んだスポンジを飲み込む度、頭の奥が水彩画のように滲んでいく。
「……っ!」
 最後の一口。それのもたらす滲みが単に酒のせいではないことを理解したときには、手と口にかけられた呪いが封じられていた。ケーキを送り出したフォークは口から引き抜かれ、穴だらけの柔らかい生地は高密度のしなやかな肉に変わる。
「ん、ぅ……」
 じわ、じわ。ぼやけた水彩画は、形を喪い、色素を外へ押し出していく。頭に添えられた手であやすように軽く叩かれ、吸い出されて、薄く霞んで――

* * *

「……うん。やっぱ入れすぎた」
 お互い、急いで大人ぶるのは禁物だ。時短を意識しすぎて味見を怠ったのは反省しよう。
「置いていく……か」
 まさか、そう思われていたとは。確かに生年月日が一年以上離れている自分と彼が平行線に並ぶことは未来永劫ありえない。しかし、だからこそ、自分は年上としての責務を果たすべきときには果たしてやろうと常日頃から考えていた。それは先行ではない、先導だ。置いていかれる辛さは、自分が痛いほど分かっているから。行きすぎた分はちょっと速度を落として、『お子ちゃま』より『お子ちゃま』な姿を演じて。同じ痛みは味わうことのないように、盾になって、ワクチンになって。『最後の脅威は俺だよ』なんて、その先の安心を保証する。
「〜♪」
 それを理解してもらえるのが、いつになるかは分からない。今はただ、自分が愛する者を誰も孤独にしないことだけを考えて。寄り添うような旋律を奏でるから。
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