りつまおワンライアーカイブ

 ――今年もこの季節がやってきたか。
 同じ動作のみが仕込まれたからくり人形のように、ティッシュを引き出しては鼻をかみ、容量の限界をとうに超えたゴミ箱にそれを突っ込む彼を見て、凛月は深く溜息を吐く。
「前年比どれくらいだって?」
「ん……一・五倍」
「ご愁傷様~」
 ニュースでよく見るイメージ映像のように、風に揺られた木から黄色い粉が霧のように舞う様子は見たこともないし、実際にそうなるのかも分からない。しかし、現にこうして一部の人間が苦しみ、コマーシャルが製薬会社の戦場になっていることは事実なのだから、彼らが見えない敵の猛攻に抗っていることは間違いないだろう。誇りや勇猛さは見る影も無く、蹂躙されるばかりの哀れな兵士でしかないようだが。
「う~……何でこんなんなっちまったんだろうな~……?」
 真緒は目を擦りながら、少し不機嫌そうにぼやく。保湿ティッシュで申し訳程度に労わっても、その鼻は既に『トナカイさん』のように赤い。
「病気というかアレルギーだからねぇ。体質、体質」
「要らんわそんなもん」
「あとは、遺伝とかも結構関係してるって話は聞くよねぇ。パパかママ、どっちか花粉症だっけ?」
「どうだったか……何にせよ、こんな遺伝子さっさと淘汰されて然るべきだろ。いつもそうだ、迷惑こうむるのは末裔なんだからさ」
「ほう。ま~くんは自分の家系が数代のうちに滅びても構わないと?」
「大袈裟だな……くそっ、諸悪の根源は飛ぶ花粉か、それとも反応する遺伝子か……!」
 苛立ちが最高潮に達したらしく、漫画の台詞を引いたような意味不明な独り言を漏らし出す真緒。こうなったら放置が吉だ。触らぬ神に祟りなし。
「遺伝、ねぇ……?」
 ふと、ずっと昔に家の者に告げられたことを思い出す。それもまた、自分が一族の末裔として抱えて生まれた運命のこと。
 血脈を流れる『朔間』の遺伝子。そこに組み込まれた仕様。体質。
 大人たちはそれを『誇り』と呼んだ。兄はそれを『埃』のように取り除きたがった。でも、自分にとってはどちらでも良かった。ただ、大好きな人と一緒に生きていられるだけで充分だったのだ。
 ――本当、どうしてこうなっちゃったんだろうねぇ……?
 家並の奥に引っ込んでいく夕日をじとりと睨む。西の空を染める鮮やかな赤は、やがて吸い込まれるように沈み、辺りは凝固した血のように黒くなる。
 自分は、その驚くほどの静けさを知っている。兵士の屍だけが残る、戦場の跡地のような静けさを。
 『誇り』と『埃』。そこにあるのはどちらだろう。
3/10ページ
スキ