独白
音が止んだ。
何も聞こえないのは、轟音の反動なのか、あの恐ろしい形をした音が消えてなくなったからなのか。
見下ろした腕は真っ赤で、額から流れる汗も赤い。本番の日にいつも着ているお気に入りの勝負服も、いつの間にかボロボロだ。
おかしいな。どうしてこうなったんだっけ。十数分前まではこんなんじゃなかったのに。
ソロ演奏が終わる一瞬のタイミングで投げキッスをしたり、左手だけでベースラインを追う間に手を振ったり。近付いてきたゆーくんの振りに応えるなんてお手の物で、手で作るハートのバリエーションも無限大。楽器を抱えたまま動けるゆーくんやじんくんほどじゃなくても、常に両手がスティックで塞がっているせーやくんの分くらいは、皆から与えられる愛のお返しをしてきたはずなのに。
いつもの可愛くて親しみやすくてメロいと評判の皆のアイドルyukkeyは何処に行っちゃったのさ。ここにいるのは、傷だらけのボロ雑巾みたいな僕。ゆるふわ愛されお兄さん卯津木千雪ですらない、空っぽの僕。Empty Numptyの証明さえも誰かに奪われかけている今、ここにいる僕は何者でもないのかも知れない。
鍵盤に突き立てていた腕から力が抜けて、指を置いたままその場にへたり込む。それすらも維持する元気がなくなってきて、気付いたら右の頬に冷たくて平たいものが触れていた。
あ。僕、倒れたんだ――やけに冷静な頭が状況を俯瞰する。柔らかな微笑みを貼り付けたままそれ以外の表情を忘れた糸目から見える景色は、赤、赤、白。緑のビニールテープで付けられたバミリ。崩れた照明から明滅する光。死屍累々。
指先は全然動かなくて、薄い視界もどんどん霞んできた。
嗚呼、このまま死んじゃうのかな。やだなぁ、死ぬの。怖いもん。でも、もういいのかもな。どうせ僕は最初から何者でもなかったんだし。千雪くんもyukkeyも、Empty Numptyも。全部空虚な僕を隠すための飾りでしかなかったんだもん。
どれも僕じゃない。僕は空っぽの、誰にも相手にされない名無しの権兵衛。
だけど――もし、まだ生きていられたら。ツキが回ってきて、性懲りもなく生き恥を晒す権利をまだ持っていられるのなら。
ゆーくん。
せーやくん。
じんくん。
僕の一生を託すと決めた、『よじもも』の皆。
暗闇の中で孤独に耐えるのはもう疲れちゃったよ。皆になら、僕の秘密を明かしてもいい。皆になら、どう思われても構わない。親しみやすさで売ってる僕の心の闇をさらけ出して、恥ずかしいところも全部見せたい。
もし『音楽の神様』なんてものが本当にいるのなら、最後のお願いくらい聞いてくれないかな。『僕が世界一可愛い』なんて烏滸がましいことは思ってもいないけど、『それなりに人が集まるくらいには可愛げのある僕』が死に物狂いで頼んでるんだからさ。ううん、僕はそのために自分を騙したんだ。可愛くない子が見捨てられるなら、可愛くしていれば愛してもらえると信じて。
……あーあ、やんなっちゃうな。最後の最後まで自分本位。頭が働くうちに、一緒にステージに倒れてるらしい皆の身でも案じていればいいものを。
昨日まで作ってた曲だって、僕じゃない誰かがEmpty Numptyを名乗るのをやめさせるために使えたらいいな、と思って用意してきたから、全然魂が乗ってないし。保身のためのロックなんてロックじゃないよ。こんなの発表したら皆に怒られちゃうだろうし、出番がなくてよかった。
あ、流石にもう限界。意識を失いそうなときって、本当に眠くなるときと同じ感覚なんだ。一応覚えとこ。
じゃ、最後に。
も〜、しっかりしてよ。僕が死ぬのは勿論嫌だけど、皆がいなくなっちゃったら……僕、本当に泣いちゃうんだからねっ? ぜ〜ったい、また一緒に音楽やろ? 千雪くんとの約束、指切りげんまん。嘘ついたら一生マンゴーパフェ奢りの刑に処しちゃいま〜す♡
……ふぅ、スッキリした。あばよ、大嫌いな僕。嘘つきのクソッタレ。仮面を剥いで、バンドマンらしく、乱暴な挨拶でも交わそうか。
アスタラビスタ・ベイビー、ってね。
何も聞こえないのは、轟音の反動なのか、あの恐ろしい形をした音が消えてなくなったからなのか。
見下ろした腕は真っ赤で、額から流れる汗も赤い。本番の日にいつも着ているお気に入りの勝負服も、いつの間にかボロボロだ。
おかしいな。どうしてこうなったんだっけ。十数分前まではこんなんじゃなかったのに。
ソロ演奏が終わる一瞬のタイミングで投げキッスをしたり、左手だけでベースラインを追う間に手を振ったり。近付いてきたゆーくんの振りに応えるなんてお手の物で、手で作るハートのバリエーションも無限大。楽器を抱えたまま動けるゆーくんやじんくんほどじゃなくても、常に両手がスティックで塞がっているせーやくんの分くらいは、皆から与えられる愛のお返しをしてきたはずなのに。
いつもの可愛くて親しみやすくてメロいと評判の皆のアイドルyukkeyは何処に行っちゃったのさ。ここにいるのは、傷だらけのボロ雑巾みたいな僕。ゆるふわ愛されお兄さん卯津木千雪ですらない、空っぽの僕。Empty Numptyの証明さえも誰かに奪われかけている今、ここにいる僕は何者でもないのかも知れない。
鍵盤に突き立てていた腕から力が抜けて、指を置いたままその場にへたり込む。それすらも維持する元気がなくなってきて、気付いたら右の頬に冷たくて平たいものが触れていた。
あ。僕、倒れたんだ――やけに冷静な頭が状況を俯瞰する。柔らかな微笑みを貼り付けたままそれ以外の表情を忘れた糸目から見える景色は、赤、赤、白。緑のビニールテープで付けられたバミリ。崩れた照明から明滅する光。死屍累々。
指先は全然動かなくて、薄い視界もどんどん霞んできた。
嗚呼、このまま死んじゃうのかな。やだなぁ、死ぬの。怖いもん。でも、もういいのかもな。どうせ僕は最初から何者でもなかったんだし。千雪くんもyukkeyも、Empty Numptyも。全部空虚な僕を隠すための飾りでしかなかったんだもん。
どれも僕じゃない。僕は空っぽの、誰にも相手にされない名無しの権兵衛。
だけど――もし、まだ生きていられたら。ツキが回ってきて、性懲りもなく生き恥を晒す権利をまだ持っていられるのなら。
ゆーくん。
せーやくん。
じんくん。
僕の一生を託すと決めた、『よじもも』の皆。
暗闇の中で孤独に耐えるのはもう疲れちゃったよ。皆になら、僕の秘密を明かしてもいい。皆になら、どう思われても構わない。親しみやすさで売ってる僕の心の闇をさらけ出して、恥ずかしいところも全部見せたい。
もし『音楽の神様』なんてものが本当にいるのなら、最後のお願いくらい聞いてくれないかな。『僕が世界一可愛い』なんて烏滸がましいことは思ってもいないけど、『それなりに人が集まるくらいには可愛げのある僕』が死に物狂いで頼んでるんだからさ。ううん、僕はそのために自分を騙したんだ。可愛くない子が見捨てられるなら、可愛くしていれば愛してもらえると信じて。
……あーあ、やんなっちゃうな。最後の最後まで自分本位。頭が働くうちに、一緒にステージに倒れてるらしい皆の身でも案じていればいいものを。
昨日まで作ってた曲だって、僕じゃない誰かがEmpty Numptyを名乗るのをやめさせるために使えたらいいな、と思って用意してきたから、全然魂が乗ってないし。保身のためのロックなんてロックじゃないよ。こんなの発表したら皆に怒られちゃうだろうし、出番がなくてよかった。
あ、流石にもう限界。意識を失いそうなときって、本当に眠くなるときと同じ感覚なんだ。一応覚えとこ。
じゃ、最後に。
も〜、しっかりしてよ。僕が死ぬのは勿論嫌だけど、皆がいなくなっちゃったら……僕、本当に泣いちゃうんだからねっ? ぜ〜ったい、また一緒に音楽やろ? 千雪くんとの約束、指切りげんまん。嘘ついたら一生マンゴーパフェ奢りの刑に処しちゃいま〜す♡
……ふぅ、スッキリした。あばよ、大嫌いな僕。嘘つきのクソッタレ。仮面を剥いで、バンドマンらしく、乱暴な挨拶でも交わそうか。
アスタラビスタ・ベイビー、ってね。
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