巽マヨワンライアーカイブ
遠くの水平線から、足元の砂浜を通って、すぐそこの雑木林まで。ひとつなぎの星空が広がっているさまを眺めていると、こんなにも細かく分かたれた地上も全てひとつの世界なのだな、と実感する。己の住処たる地下空間は流石にこんなところまで広がってはいないけれど、開発が進む前に見上げた星々のうちのいくつかと同じものを見出せるのだから不思議なものだ。地面の下で恋焦がれた地上の世界は、広いようで案外狭い。さしずめ私たちは、神様が手慰みに生み出したヴィネットの中の人形のようだ。
「……ふふ」
「おや、何か面白いものでも見つけましたか?」
「はぅううっ! ち、違うんです! 風景を眺めていたらいろいろ考えてしまって、ひとりで妄想に耽ってしまったといいますか……! い、いきなり笑い出してきもかったですよね、すみませぇええん!」
「いえいえ、笑いたければどうぞご遠慮なく。どうせマヨイさんの顔を見るなら、笑顔の方が満たされます」
「ど、どうぞと言われると逆にやりづらいですぅう……!」
私の返答に対して、歯を見せて楽しげに笑ってみせた巽さんだが、それで私の目を誤魔化せると思わないでほしいものだ。片足を引きずっているせいか、歩き方がぎこちない。庇うことに慣れているせいかよく注視しないと気付かない程度だが、いつも彼の身体の動きを見ている私にはお見通しだ。
「それより巽さん、そろそろ休みましょう。もうそれなりの時間は歩き続けていることですし、砂浜は足を取られやすいので普段より動作が大きくなる分の負担が――」
「やはり気付いておられましたか。いつ言い出そうかと思ったらタイミングがなかなか掴めなくて」
でも、流石はマヨイさんですな――そう呟きながら、巽さんはその場に腰掛けて砂に半分埋まった貝殻を指で弄る。
「まさに以心伝心。まるで熟年夫婦のようです」
「じゅ……!? は、話を逸らそうとしてもだめです! それこそ遠慮なく言ってくださればよかったのに!」
「すみません、お説教は後でたっぷり聞かせていただきますので。今はこの時間を共に、ね?」
「うぅ、またそうやって……し、失礼しまぁす……?」
夜でも周囲を明るく照らしてしまいそうな眩しい笑顔を向けられては逆らえない。貝殻が埋まっていたあたりをぽんぽんと叩いて促されるまま、広い背中の隣に腰を下ろした。
「夜の海もまた乙なものですが……今度は、夢ノ咲の方々が普段見ている景色を見てみたいものですな」
「それって、昼間の海を……ということですか?」
「マヨイさんと同じものを、俺もできるだけたくさん共有したいのです」
「いえ、そのぉ……私、昼間ここに来るのはちょっと。賑やかなところは苦手ですし、あとは――」
『五奇人』のあの方のことは喉元寸前で飲み下して、『何でもない』という意思表示のつもりで足元の砂浜に8の字を描く。小石も貝殻もはねのけて、何度も何度もなぞっていくと、少し深いところに濡れた地面が見えた。
「そうですか。では、代わりに俺が知りうる限りの穴場をご紹介しましょう。ここやセゾンアヴェニューほどではありませんが、玲明の周辺も意外とそういうところが多いんです」
ほとんど人づての情報ですが、と苦笑する巽さんの横顔が見つめる先には、底も見えない闇のような暗い海が広がっているはずだった。しかし、ちょうど南中した上弦の月のせいだろうか、それとも。
その水面はひとりでぼんやりと眺めているときとは似ても似つかない、神秘的な白銀の道筋を描きながら紺碧に輝いていた。
「……ふふ」
「おや、何か面白いものでも見つけましたか?」
「はぅううっ! ち、違うんです! 風景を眺めていたらいろいろ考えてしまって、ひとりで妄想に耽ってしまったといいますか……! い、いきなり笑い出してきもかったですよね、すみませぇええん!」
「いえいえ、笑いたければどうぞご遠慮なく。どうせマヨイさんの顔を見るなら、笑顔の方が満たされます」
「ど、どうぞと言われると逆にやりづらいですぅう……!」
私の返答に対して、歯を見せて楽しげに笑ってみせた巽さんだが、それで私の目を誤魔化せると思わないでほしいものだ。片足を引きずっているせいか、歩き方がぎこちない。庇うことに慣れているせいかよく注視しないと気付かない程度だが、いつも彼の身体の動きを見ている私にはお見通しだ。
「それより巽さん、そろそろ休みましょう。もうそれなりの時間は歩き続けていることですし、砂浜は足を取られやすいので普段より動作が大きくなる分の負担が――」
「やはり気付いておられましたか。いつ言い出そうかと思ったらタイミングがなかなか掴めなくて」
でも、流石はマヨイさんですな――そう呟きながら、巽さんはその場に腰掛けて砂に半分埋まった貝殻を指で弄る。
「まさに以心伝心。まるで熟年夫婦のようです」
「じゅ……!? は、話を逸らそうとしてもだめです! それこそ遠慮なく言ってくださればよかったのに!」
「すみません、お説教は後でたっぷり聞かせていただきますので。今はこの時間を共に、ね?」
「うぅ、またそうやって……し、失礼しまぁす……?」
夜でも周囲を明るく照らしてしまいそうな眩しい笑顔を向けられては逆らえない。貝殻が埋まっていたあたりをぽんぽんと叩いて促されるまま、広い背中の隣に腰を下ろした。
「夜の海もまた乙なものですが……今度は、夢ノ咲の方々が普段見ている景色を見てみたいものですな」
「それって、昼間の海を……ということですか?」
「マヨイさんと同じものを、俺もできるだけたくさん共有したいのです」
「いえ、そのぉ……私、昼間ここに来るのはちょっと。賑やかなところは苦手ですし、あとは――」
『五奇人』のあの方のことは喉元寸前で飲み下して、『何でもない』という意思表示のつもりで足元の砂浜に8の字を描く。小石も貝殻もはねのけて、何度も何度もなぞっていくと、少し深いところに濡れた地面が見えた。
「そうですか。では、代わりに俺が知りうる限りの穴場をご紹介しましょう。ここやセゾンアヴェニューほどではありませんが、玲明の周辺も意外とそういうところが多いんです」
ほとんど人づての情報ですが、と苦笑する巽さんの横顔が見つめる先には、底も見えない闇のような暗い海が広がっているはずだった。しかし、ちょうど南中した上弦の月のせいだろうか、それとも。
その水面はひとりでぼんやりと眺めているときとは似ても似つかない、神秘的な白銀の道筋を描きながら紺碧に輝いていた。