巽マヨワンライアーカイブ
我ながら子供っぽい嫉妬心だ、と自覚はしている。
最初にあれこれ目移りしていてはキリがないので、一度ひと通り屋台を見物してから行きたいところに回る――それは四人で夏祭りへ遊びに行くことを企画していた時点で決めていたことだった。『プロデューサー』さんが趣味で仕立てたというお揃いの浴衣を身に纏い、はぐれないようにいちばん上背のある俺が先頭に立ち、その後ろを歩く彼のために人混みをかわしながら上手く道路を進む。その間ずっと俺の背後にいたのだから、彼の視界はずっと自分が占めているとばかり思っていたのに。
『やはりお二人を先に行かせて浴衣から覗くうなじを思う存分堪能しておけばよかった……!』
『最前が俺では不満でしたかな?』
『確かに酔いすぎてそれどころではありませんでしたけど!』
これまでも散々アプローチを続けてきたのに、どうやら彼の心までも満たすにはまだ時間がかかりそうだ。花火大会までの一時間を自由行動とすることでどうにか二人きりにはなれたものの、背後から感じる視線にはやはり未だに緊張の色が伺える。
ぐっ。
ふと引いていた腕から反発する力を感じて、マヨイさんの方を振り返る。彼の視線は、通り過ぎかけていたぶどう飴の屋台に釘付けになっているようだ。
「食べたいのですか?」
「……あっ、えっと……」
幸い、屋台の前に行列はなかった。袖から財布を取り出し、売り子の女性に向けて指を二本立てる。
「すみません、そちらをふたついただけますかな」
二百円です、の返事に従い、銀色の硬貨を二枚差し出す。発泡スチロールに刺さった竹串を適当に二本抜き取って振り返ると、元々下がり気味の眉の角度をさらに鋭くしたマヨイさんと目が合った。
「すみません、おいくらでしたか?」
「いえ、お気になさらず。俺の奢りです」
「そ、そんなぁ、悪いですよぉおお! 私なんかのために巽さんのお財布を傷めるわけには……!」
「俺がしたいからしているのです。ご迷惑でしたかな?」
「……う、うぅ……」
ずるいです、と小さく漏らし、マヨイさんは自身の髪と同じ色をした飴を受け取ると、耳まで赤くなって俯いてしまった。逃げ場のない質問を投げかけたのは俺なので、彼の言うことは正しい。自分らしくもなく、今日は少し意地悪をしすぎているかも知れない。この人混みの中で彼に逃げられてしまっては、時間内に見つけ出すことは難しいだろう。
「マヨイさん、あちらに座って食べましょうか。食べ歩きはあまり行儀の良いものではありませんから」
咄嗟に近くのお店の前に設けられた休憩スペースを指し示すと、意外とあっさり言うことを聞いてくれた。様子を見る限り、今は羞恥心よりぶどう飴の方に意識が向いているようだ。
「あの……見てください。先ほどの屋台の飴、ぶどうが三つも使われていたので食べてみたいと思っていたんです」
「本当だ。俺の記憶が正しければ、別の屋台は一本につきひとつだけだったような気がします」
「はい。ゆるい自治体ですし、最終日なので在庫処分も兼ねているのでしょうけれど。ですから、そのぉ……あ、ありがとう、ございました……」
最後の方は尻すぼみでほとんど聞き取れなかったが、気持ちは十分受け取ったので返事代わりに笑いかけてみる。それを会話の切れ目と判断したのか、マヨイさんは恐る恐るぶどう飴のいちばん上のひと粒を口に含んだ。
「……♪」
見物の際に先頭を引き受けたのには、もうひとつ理由があった。もう忘れかけていたのに、こうしてじっくり落ち着いて姿を見ることができるようになったことで改めて思い出してしまう。
はだけた胸元、襟から覗くうなじ。髪型はいつもと同じで、普段のシックな雰囲気の私服やユニットの衣装と比較しても露出度にさほど変化はないのに、浴衣というだけで何故こうも意識してしまうのだろうか。しっかりとしていて、それでいて涼しげな薄い生地に覆われていない部分に汗が伝う度、何やら見てはいけないものを見ているような心地がして、落ち着かなさのあまり飴の味も分からない。
「ふふ、美味しいですねぇ……♪ 巽さん、お礼に今度は私が――巽さん?」
全て夏のせい――などと、テイのいい言い訳だと思っていた。冷静さを欠いたゆえの過ちの原因は己の中にあり、季節特有の気候や年中行事とは何ら因果関係のないものだ、と。
何かよくないものが心を支配している。しかしそれに邪気は感じられず、振り払うべく聖句を唱えるような気にもなれない。魔物でも悪魔でもないのならば、これはきっと――。
嗚呼、主よ。どうやらまだ俺は修行不足のようです。
最初にあれこれ目移りしていてはキリがないので、一度ひと通り屋台を見物してから行きたいところに回る――それは四人で夏祭りへ遊びに行くことを企画していた時点で決めていたことだった。『プロデューサー』さんが趣味で仕立てたというお揃いの浴衣を身に纏い、はぐれないようにいちばん上背のある俺が先頭に立ち、その後ろを歩く彼のために人混みをかわしながら上手く道路を進む。その間ずっと俺の背後にいたのだから、彼の視界はずっと自分が占めているとばかり思っていたのに。
『やはりお二人を先に行かせて浴衣から覗くうなじを思う存分堪能しておけばよかった……!』
『最前が俺では不満でしたかな?』
『確かに酔いすぎてそれどころではありませんでしたけど!』
これまでも散々アプローチを続けてきたのに、どうやら彼の心までも満たすにはまだ時間がかかりそうだ。花火大会までの一時間を自由行動とすることでどうにか二人きりにはなれたものの、背後から感じる視線にはやはり未だに緊張の色が伺える。
ぐっ。
ふと引いていた腕から反発する力を感じて、マヨイさんの方を振り返る。彼の視線は、通り過ぎかけていたぶどう飴の屋台に釘付けになっているようだ。
「食べたいのですか?」
「……あっ、えっと……」
幸い、屋台の前に行列はなかった。袖から財布を取り出し、売り子の女性に向けて指を二本立てる。
「すみません、そちらをふたついただけますかな」
二百円です、の返事に従い、銀色の硬貨を二枚差し出す。発泡スチロールに刺さった竹串を適当に二本抜き取って振り返ると、元々下がり気味の眉の角度をさらに鋭くしたマヨイさんと目が合った。
「すみません、おいくらでしたか?」
「いえ、お気になさらず。俺の奢りです」
「そ、そんなぁ、悪いですよぉおお! 私なんかのために巽さんのお財布を傷めるわけには……!」
「俺がしたいからしているのです。ご迷惑でしたかな?」
「……う、うぅ……」
ずるいです、と小さく漏らし、マヨイさんは自身の髪と同じ色をした飴を受け取ると、耳まで赤くなって俯いてしまった。逃げ場のない質問を投げかけたのは俺なので、彼の言うことは正しい。自分らしくもなく、今日は少し意地悪をしすぎているかも知れない。この人混みの中で彼に逃げられてしまっては、時間内に見つけ出すことは難しいだろう。
「マヨイさん、あちらに座って食べましょうか。食べ歩きはあまり行儀の良いものではありませんから」
咄嗟に近くのお店の前に設けられた休憩スペースを指し示すと、意外とあっさり言うことを聞いてくれた。様子を見る限り、今は羞恥心よりぶどう飴の方に意識が向いているようだ。
「あの……見てください。先ほどの屋台の飴、ぶどうが三つも使われていたので食べてみたいと思っていたんです」
「本当だ。俺の記憶が正しければ、別の屋台は一本につきひとつだけだったような気がします」
「はい。ゆるい自治体ですし、最終日なので在庫処分も兼ねているのでしょうけれど。ですから、そのぉ……あ、ありがとう、ございました……」
最後の方は尻すぼみでほとんど聞き取れなかったが、気持ちは十分受け取ったので返事代わりに笑いかけてみる。それを会話の切れ目と判断したのか、マヨイさんは恐る恐るぶどう飴のいちばん上のひと粒を口に含んだ。
「……♪」
見物の際に先頭を引き受けたのには、もうひとつ理由があった。もう忘れかけていたのに、こうしてじっくり落ち着いて姿を見ることができるようになったことで改めて思い出してしまう。
はだけた胸元、襟から覗くうなじ。髪型はいつもと同じで、普段のシックな雰囲気の私服やユニットの衣装と比較しても露出度にさほど変化はないのに、浴衣というだけで何故こうも意識してしまうのだろうか。しっかりとしていて、それでいて涼しげな薄い生地に覆われていない部分に汗が伝う度、何やら見てはいけないものを見ているような心地がして、落ち着かなさのあまり飴の味も分からない。
「ふふ、美味しいですねぇ……♪ 巽さん、お礼に今度は私が――巽さん?」
全て夏のせい――などと、テイのいい言い訳だと思っていた。冷静さを欠いたゆえの過ちの原因は己の中にあり、季節特有の気候や年中行事とは何ら因果関係のないものだ、と。
何かよくないものが心を支配している。しかしそれに邪気は感じられず、振り払うべく聖句を唱えるような気にもなれない。魔物でも悪魔でもないのならば、これはきっと――。
嗚呼、主よ。どうやらまだ俺は修行不足のようです。