巽マヨワンライアーカイブ

「はふぅ。これで屋台はひと通り見て回れたかな?」
 避けるようにして駐車場の隅にまとまると、最後に合流してきた藍良さんが大きな溜息をつく。お祭り会場の入口付近にあるここは比較的人口密度が低く、休憩するのにちょうどいいベンチもいくつか備えられているようだった。
「ん~、ちゅかれた……流石にこの人混みを四人で固まって歩くのはきついよォ。おれ、何度も迷子になりそうだったもん。ヒロくんがいなかったらどうなってたことか」
「ウム、役に立てたようで何よりだよ。僕がマヨイ先輩と巽先輩を見失うことはないから、藍良の手を引いて二人についていくことは容易だったしね」
「後ろでそんなことが……気が利かなくてすみませぇん、やはりお二人を先に行かせて浴衣から覗くうなじを思う存分堪能しておけばよかった……!」
「おや、最前が俺では不満でしたかな? できるだけマヨイさんを人混みの圧力から庇おうと尽力していたつもりなのですが」
「い、いいいいえそんなことは! 確かに酔いすぎてそれどころではありませんでしたけど!」
「ふふ、冗談はさておき」
 巽さんは汗でこめかみに貼りついた髪を耳にかけながら、悪戯が成功した子供のような笑顔のままで私たちを見渡す。遠足やら修学旅行やらとは無縁の人生だったが、噂に聞く引率の先生というものはこんな感じなのかも知れない。
「ここからは自由時間にしましょうか。花火大会が始まるまであと一時間はあります。場所取りは俺がしておきますので、それまでは気になった屋台をもう一度見に行くなりお好きなように」
「了解した! お願いするよ、巽先輩!」
 一彩さんはぱっと目を輝かせると、藍良さんの手を引いて、浴衣姿とは思えない慣れた足取りで再び賑やかな赤提灯の海の中へ走り去ってしまった。会話を盗み聞くに、途中で見つけた射的の屋台がずっと気になっていたらしい。その代償として、藍良さんはチョコバナナとクレープの屋台を。
「ふふふ、微笑ましいですねぇ……♪」
「子供は元気がいちばんですから。さて、と」
 ぱしっ。
「ヒェッ!?」
 死角から急に手を握られ、思わず振り解きそうになってしまう。しかし柔和な微笑みに似合わない、かつ拒絶を許さない最低限の握力でそれを阻まれてしまっては、抵抗を重ねることも失礼な気がして。
「会場に向かいがてら、俺たちもお祭りを楽しみましょう。マヨイさん、今度はちゃんと前を見て歩いてくださいね」
「……は、はひっ……!」
 人混みよりも強い圧力を感じる目をこちらにちらりと向けて、巽さんは最初のように私を背後に置きながら歩き出す。それだけならば、邪なことを考えていた先ほどの私への戒めで済んでいたことだろう。
 でもね、巽さん。私が人の表情を見逃すことはないのですよ。あなたが遠回しに何を言いたがっていたか、手に取るように分かります。
正面へ向き直る直前、一瞬だけ僅かに歪めたその口元。
 それはまるで、下の子のことばかりで親に構ってもらえなかった幼子が拗ねているときのような。
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