巽マヨワンライアーカイブ
「おや」
その日、事務所に顔を出すと、窓際の隅の方に何やら賑やかな人だかりができていた。
「ウム、理解したよ! この細長い紙に願い事を書けばいいんだね!」
「そう。でもあんまり欲張っちゃだめだよォ? 『プロデューサー』さんにも一人一枚しか用意できてないって言われてるし」
「んにに……! 一彩~! ボクじゃ届かないからこれそっちに吊るしといて!」
「あっ、拙者のもお願いするでござる! むふん、手裏剣型の星、自信作でござるよ~♪」
同じユニットの年少組二人をはじめとするスタプロの学生アイドルたちが、色とりどりの折り紙を使う作業で盛り上がっているようだ。その中心には、青々と茂る立派な竹が飾られている。
「ふふ、そういえばもうそんな時期でしたな」
「あっ、タッツン先輩。おはようございま~す♪」
「おはようございます。皆さんお揃いで――」
ふと、この場にいる子供たちとは異なる気配が頭上をよぎる。なるほど、ここに集まっている顔ぶれからして、『彼』も近くにいるのは必然だろう。
「皆さんお揃いで楽しそうですな――ね、マヨイさん?」
『ヒィイイッ!』
少し離れた天井に向かって呼びかけると、板の一部がひっくり返ってお馴染みの葡萄色が落ちてくる。その人――マヨイさんは受け身をとりながら着地する華麗な身のこなしを見せた直後、覚束ない足取りで近くの机の裏に隠れてしまった。
「すみません、すみません! 覗き見はいけないことだと分かっています! 無邪気に笹の飾りつけを楽しむ若人の姿を、星に祈る姿を! 己に助けを乞う無力な存在と重ねて見て勝手に悦に浸っている卑しい変態ですみませぇええん!」
「マヨイ先輩、怒っていないから出てきてほしいよ。別に見られて困るものでもないし」
「そうでござる! マヨイ殿も一緒にどうでござるか?」
「あぅうう、曇りなき視線が眩しい……!」
否定の意思表示がないのを肯定と捉え、隠れたままの彼を机の裏まで迎えに行く。「ヒィ」と漏れた悲鳴のトーンで、改めて肯定の意思を感じ取った。
「――思えば、我々が出会ったのもこれくらいの時期でしたな」
「……? はい、そうですね……?」
こちらを見上げる緊張した顔が怪訝そうに緩み、思わず笑みが零れる。話が逸れがち、話題が唐突などと言われがちな俺の悪い癖も、こういうときには役に立つ。
「あの頃は目先の問題に必死で……このように行事を楽しむ暇もありませんでした。『苦しいときの神頼み』とは言いますが、本当に切羽詰まっているときは祈る暇もなくなってしまうのだな、と」
「ふふ。それでも巽さんが朝の礼拝をお忘れになったことはないでしょう? 私などそれに加えて、こんな矮小な生き物ですので。天にましますお星さまに願い事など烏滸がましいとばかり思っていましたから」
マヨイさんの口ぶりは相変わらず卑屈だが、幾分か気持ちが落ち着いてきているのが目に見えて分かった。そっと手を差し伸べてみると、柔らかい素材の手袋の感触が伝わってくる。布の外側に温度などあるはずもないのに、心なしかそれはほんのり温もりを帯びていた。
「ですが。ねぇ、巽さん。遠くで眺めているばかりだった星々は今、私の周りにたくさんいます。そして、私もそのうちのひとつだと」
そう、思い込んでも――そしてそんな星々のひとつであるあなたに願いを告げても――罰がくだることは、ありませんよね?
「はい……はい。勿論です。では俺も、笹の葉に知られぬよう、秘密の願いを君に捧げます」
背後では、相変わらずはしゃぎ声が鳴り止まない。賑わいにかき消されている今のうちに。
握った手を絡め直して、机に身を隠すようにしゃがんで。
薄暗い影のベールをかぶる、その唇に口づけた。
その日、事務所に顔を出すと、窓際の隅の方に何やら賑やかな人だかりができていた。
「ウム、理解したよ! この細長い紙に願い事を書けばいいんだね!」
「そう。でもあんまり欲張っちゃだめだよォ? 『プロデューサー』さんにも一人一枚しか用意できてないって言われてるし」
「んにに……! 一彩~! ボクじゃ届かないからこれそっちに吊るしといて!」
「あっ、拙者のもお願いするでござる! むふん、手裏剣型の星、自信作でござるよ~♪」
同じユニットの年少組二人をはじめとするスタプロの学生アイドルたちが、色とりどりの折り紙を使う作業で盛り上がっているようだ。その中心には、青々と茂る立派な竹が飾られている。
「ふふ、そういえばもうそんな時期でしたな」
「あっ、タッツン先輩。おはようございま~す♪」
「おはようございます。皆さんお揃いで――」
ふと、この場にいる子供たちとは異なる気配が頭上をよぎる。なるほど、ここに集まっている顔ぶれからして、『彼』も近くにいるのは必然だろう。
「皆さんお揃いで楽しそうですな――ね、マヨイさん?」
『ヒィイイッ!』
少し離れた天井に向かって呼びかけると、板の一部がひっくり返ってお馴染みの葡萄色が落ちてくる。その人――マヨイさんは受け身をとりながら着地する華麗な身のこなしを見せた直後、覚束ない足取りで近くの机の裏に隠れてしまった。
「すみません、すみません! 覗き見はいけないことだと分かっています! 無邪気に笹の飾りつけを楽しむ若人の姿を、星に祈る姿を! 己に助けを乞う無力な存在と重ねて見て勝手に悦に浸っている卑しい変態ですみませぇええん!」
「マヨイ先輩、怒っていないから出てきてほしいよ。別に見られて困るものでもないし」
「そうでござる! マヨイ殿も一緒にどうでござるか?」
「あぅうう、曇りなき視線が眩しい……!」
否定の意思表示がないのを肯定と捉え、隠れたままの彼を机の裏まで迎えに行く。「ヒィ」と漏れた悲鳴のトーンで、改めて肯定の意思を感じ取った。
「――思えば、我々が出会ったのもこれくらいの時期でしたな」
「……? はい、そうですね……?」
こちらを見上げる緊張した顔が怪訝そうに緩み、思わず笑みが零れる。話が逸れがち、話題が唐突などと言われがちな俺の悪い癖も、こういうときには役に立つ。
「あの頃は目先の問題に必死で……このように行事を楽しむ暇もありませんでした。『苦しいときの神頼み』とは言いますが、本当に切羽詰まっているときは祈る暇もなくなってしまうのだな、と」
「ふふ。それでも巽さんが朝の礼拝をお忘れになったことはないでしょう? 私などそれに加えて、こんな矮小な生き物ですので。天にましますお星さまに願い事など烏滸がましいとばかり思っていましたから」
マヨイさんの口ぶりは相変わらず卑屈だが、幾分か気持ちが落ち着いてきているのが目に見えて分かった。そっと手を差し伸べてみると、柔らかい素材の手袋の感触が伝わってくる。布の外側に温度などあるはずもないのに、心なしかそれはほんのり温もりを帯びていた。
「ですが。ねぇ、巽さん。遠くで眺めているばかりだった星々は今、私の周りにたくさんいます。そして、私もそのうちのひとつだと」
そう、思い込んでも――そしてそんな星々のひとつであるあなたに願いを告げても――罰がくだることは、ありませんよね?
「はい……はい。勿論です。では俺も、笹の葉に知られぬよう、秘密の願いを君に捧げます」
背後では、相変わらずはしゃぎ声が鳴り止まない。賑わいにかき消されている今のうちに。
握った手を絡め直して、机に身を隠すようにしゃがんで。
薄暗い影のベールをかぶる、その唇に口づけた。