巽マヨワンライアーカイブ
たとえばの話。
地球の誕生から現在までを二十四時間に詰め込んだとしたら、人類の歴史というものは日付が変わる前のほんの数秒に過ぎないのだという。それでも高度な知能を有する生命体の誕生が地球に及ぼした影響は甚大なもので、その数秒はまさにB級映画の爆発オチのようなものだったに違いない。
――とまぁ、このような大規模な比喩を引き合いに出してまで言うことではないけれど、『私』というちっぽけな生命体がこれまで地下で過ごしてきた日々を一日に圧縮したならば、この一ヶ月もまた数秒の爆発だった。それによって文明がめざましい進歩を遂げたように、『それまでの歴史は一体何だったんだ』と突っ込まずにはいられない、そんな怒涛の変化に満ちた日々。
「……終わってしまうのですね、これで」
一大イベント【MDM】から数日後、正式に解雇通告を取り消された我々『ALKALOID』のもとに届いた次なる通告は、星奏館旧館からの退去及び本館への転居。しかも今度は四人それぞれ指定された部屋への移動となるため、それは共同生活打ち切りの通告でもあった。
一週間以内に、という指示だったが、元々藍良さん以外それほど多くの荷物を持ち込んでいなかったため、退去通告から三日後の今、すっかりがらんどうの古びた部屋が眼前に広がっている。手元に残った一抱えの段ボールに収まってしまった小さな世界。これが再び広げられる頃には、最終点検で一緒に残っていた巽さんも、藍良さんの荷物運びを開始した他のお二人も、もう私の近くにいない。
「ええ。部屋が変わるだけですし、顔を合わせる機会が大きく減るわけでもないのは分かっていますが……やはり寂しいものですな」
「はい。私も同じ気持ちです。『出会い』や『別れ』といったものをあまり経験したことがないせいでしょうか。こうして『そのとき』を迎えてみると、何と言いますか……」
上手い言葉が出てこなくて、開きかけた口から何も発することなくゆっくりと閉じてしまう。二人きりのこの状況でオチのない話をしてしまうなど、最後まで私というものはどうしようもなくつまらない生き物だ。
そんなことを考えていると、巽さんはおもむろに段ボールを床に下ろし、封をしていないそこから何かを取り出す。それを持って備え付けの本棚に向かうと、持っていたものを隠すように目立たない位置へ仕舞い込んだ。
「あの、何を……?」
「なんてことない、ただの日記帳です。この日々のことを夜な夜なこっそり記録したものがちょうど丸一冊分溜まったので、ここに置いていくことにします」
「そんな、良いのですか? 大事なものでは?」
「思い出のひとかけらとして残しておきたいのです。何かの折にここへ立ち寄ったとき、いつでもあの日々を思い出せるように。どうせここには誰も立ち入りませんし、撤去される心配もないでしょう」
変ですかな? そう照れ臭そうに微笑む巽さんに対して、ぶんぶんと頭を振る。日常の終わりは、また新しい日常の始まり。そうやって幸せな日々がずっと続いていくのならば、新しい記録はまた増えていく。思い出を置いていくのは、決して悪いことではないと信じたい。
「マヨイさん、よかったら一度見ていかれますか?」
巽さんは一度隠した日記帳を手に取り、私の方へ差し出す。「今後もご自由に見てくれて構いませんので」と一言付け加えられながら私もそれを受け取り、革製の厚いカバーのかかった表紙をぱらりと捲った。
地球の誕生から現在までを二十四時間に詰め込んだとしたら、人類の歴史というものは日付が変わる前のほんの数秒に過ぎないのだという。それでも高度な知能を有する生命体の誕生が地球に及ぼした影響は甚大なもので、その数秒はまさにB級映画の爆発オチのようなものだったに違いない。
――とまぁ、このような大規模な比喩を引き合いに出してまで言うことではないけれど、『私』というちっぽけな生命体がこれまで地下で過ごしてきた日々を一日に圧縮したならば、この一ヶ月もまた数秒の爆発だった。それによって文明がめざましい進歩を遂げたように、『それまでの歴史は一体何だったんだ』と突っ込まずにはいられない、そんな怒涛の変化に満ちた日々。
「……終わってしまうのですね、これで」
一大イベント【MDM】から数日後、正式に解雇通告を取り消された我々『ALKALOID』のもとに届いた次なる通告は、星奏館旧館からの退去及び本館への転居。しかも今度は四人それぞれ指定された部屋への移動となるため、それは共同生活打ち切りの通告でもあった。
一週間以内に、という指示だったが、元々藍良さん以外それほど多くの荷物を持ち込んでいなかったため、退去通告から三日後の今、すっかりがらんどうの古びた部屋が眼前に広がっている。手元に残った一抱えの段ボールに収まってしまった小さな世界。これが再び広げられる頃には、最終点検で一緒に残っていた巽さんも、藍良さんの荷物運びを開始した他のお二人も、もう私の近くにいない。
「ええ。部屋が変わるだけですし、顔を合わせる機会が大きく減るわけでもないのは分かっていますが……やはり寂しいものですな」
「はい。私も同じ気持ちです。『出会い』や『別れ』といったものをあまり経験したことがないせいでしょうか。こうして『そのとき』を迎えてみると、何と言いますか……」
上手い言葉が出てこなくて、開きかけた口から何も発することなくゆっくりと閉じてしまう。二人きりのこの状況でオチのない話をしてしまうなど、最後まで私というものはどうしようもなくつまらない生き物だ。
そんなことを考えていると、巽さんはおもむろに段ボールを床に下ろし、封をしていないそこから何かを取り出す。それを持って備え付けの本棚に向かうと、持っていたものを隠すように目立たない位置へ仕舞い込んだ。
「あの、何を……?」
「なんてことない、ただの日記帳です。この日々のことを夜な夜なこっそり記録したものがちょうど丸一冊分溜まったので、ここに置いていくことにします」
「そんな、良いのですか? 大事なものでは?」
「思い出のひとかけらとして残しておきたいのです。何かの折にここへ立ち寄ったとき、いつでもあの日々を思い出せるように。どうせここには誰も立ち入りませんし、撤去される心配もないでしょう」
変ですかな? そう照れ臭そうに微笑む巽さんに対して、ぶんぶんと頭を振る。日常の終わりは、また新しい日常の始まり。そうやって幸せな日々がずっと続いていくのならば、新しい記録はまた増えていく。思い出を置いていくのは、決して悪いことではないと信じたい。
「マヨイさん、よかったら一度見ていかれますか?」
巽さんは一度隠した日記帳を手に取り、私の方へ差し出す。「今後もご自由に見てくれて構いませんので」と一言付け加えられながら私もそれを受け取り、革製の厚いカバーのかかった表紙をぱらりと捲った。