巽マヨワンライアーカイブ
「ご馳走様でござる、マヨイ殿!」
「はぁい、お粗末様でした……♪」
夢ノ咲学院忍者同好会、本日の活動は『兵糧丸のレシピ研究』。携帯非常食としての側面が強いそれだが、現代のバランス栄養食のように味にも拘ることができたらもっと一般向けに広めることができるのではないか――そんなお頭の素晴らしいアイデアを発端として、試行錯誤を続けること二時間。結論から言えばどれも中途半端な出来で美味を極めるには至らなかったが、忍びの道は一日にしてならずだ。何より活動の延長としてこうしてお頭と寮まで一緒に帰り、さらに夕食を共にすることができたのだから、今日はそれだけで十分すぎる成果だった。
「やはりマヨイ殿の手料理は絶品でござるな。これだけの心得があれば新しい兵糧丸も今年中には完成しそうでござる」
「あぁっ、光栄ですお頭ぁ……! お頭の野望のためならば、たとえ火の中水の中お頭の鎖帷子の中……ふふふふふ……っ♪」
「随分と楽しそうですな、マヨイさん」
「ヒィッ!?」
悦に浸っていたところで背後から急に話しかけられ、椅子の上で小さく飛び上がってしまう。私の向かいに座るお頭はちょうど正面から彼が見えているので、「風早殿もこれから夕食でござるか?」と特に驚く素振りも見せずにひらひらと手を振ってみせた。
「はい、ちょうど仕事終わりで。制服ということは、お二人は学校帰りですかな?」
「その通りでござる! 今日は忍者同好会の活動日であるからして、マヨイ殿とお手々繋いで一緒に帰ってきたのでござるよ♪」
「はぁ。手を、ですか」
「はい。未だに大勢の生徒と同じ時間帯に通学路を歩くのは慣れていなくて……情けない最上級生ですみません、しかしお頭のすべすべのお手々に長時間触れていられたのはとても嬉しかったので……♪」
「少しずつ慣れていくでござるよ、マヨイ殿。では、拙者は同室の皆との約束があるので、これにてドロンするでござる」
丁寧に食器を片付け、お頭はキッチンから去っていく。それでもなお視線が痛いと思ったら、未だに私の斜め後ろに佇んでいる巽さんが何かを期待するような目でじっとこちらを見つめていた。
「え、えっとぉ……作りすぎたお残りで宜しければ冷蔵庫に……」
「あぁ、すみません。そういう意味ではなく……その制服を着ている姿が新鮮で、つい眺めてしまいました」
「ヒィ」
半袖のワイシャツに緑色のネクタイ。グレーのスラックスの太ももを握りしめて、己の姿を改めて見下ろす。
「に、似合っていませんよね? 他校の生徒さんや社会人の方々もいらっしゃる寮の中でまでお見苦しい姿を晒してしまってすみませぇええん……!」
「とんでもない。ただ、少しだけ羨ましいと思ってしまって」
「羨ましい……ですか?」
「はい。『ALKALOID』ばかりか、スタプロの中でも俺以外の皆さんは全員夢ノ咲出身でしょう? 思い出話や身内ネタについていけないことがあって、ときどき――本当にときどきですが、肩身が狭く感じると言いますか」
「そ、それを言うなら私もですぅ! ずっと不登校でしたから、一般生徒の前で先輩らしい振る舞いなど全然できなくて……っ!」
「えぇ、分かっています。転校生の一彩さんや新入生の藍良さんも同じことでしょう。それでもね、考えずにはいられないのです。玲明ではなく夢ノ咲に入学していたら、革命とは無縁の穏やかな学生生活を送れていたら、と」
巽さんはそのように話しながら冷蔵庫から取り出したナポリタンを温め、作り置きにしていたスープとともに食卓まで運ぶと、いつもの丁寧な動作で祈りを捧げ始める。目は閉じているものの、伏せられた瞼は心なしか寂しそうで。
だからこの行動は、ほとんど無意識だった。
するり。
「?」
ちょうど祈りを終えた直後、巽さんが手を下ろしてフォークに手をかけようとした隙をついて背後からそのしなやかな首に手を回す。私の手には、黄色いラインが入った緑色のネクタイ。全生徒共通の玲明のものとは異なる、学年ごとに固定で設定されたカラーリングのものだ。
「ど、どうでしょう? その、気分だけでも……」
慣れない体勢で結んだせいか少し不格好になってしまったネクタイが、グレーのサマーニットの上で頼りなく揺れる。コスプレ以下の酷い仕上がりだ。しかし、それを見てくすくす笑う巽さんの目尻と口元は、嘲笑ではなく心からの喜びに緩んでいるのが分かった。
「ありがとうございます、マヨイさん。小さな夢がまたひとつ叶ってしまいましたな」
「あぅ、わ、私なんかの私物で申し訳ありません。お食事の邪魔になってしまいますし、すぐ外しますねぇ」
「おや、残念です。では今度はマヨイさんに俺の制服をお貸ししましょう。同じ学校に通う『もしも』の空想――そういったお遊びも悪くないものでしょう?」
「ヒ、ヒィ……」
外したネクタイを胸元で握りしめて、上品な色合いの制服に思いを馳せる。ナポリタンとスープは、まだ元気よく湯気を立ち上らせていた。
「はぁい、お粗末様でした……♪」
夢ノ咲学院忍者同好会、本日の活動は『兵糧丸のレシピ研究』。携帯非常食としての側面が強いそれだが、現代のバランス栄養食のように味にも拘ることができたらもっと一般向けに広めることができるのではないか――そんなお頭の素晴らしいアイデアを発端として、試行錯誤を続けること二時間。結論から言えばどれも中途半端な出来で美味を極めるには至らなかったが、忍びの道は一日にしてならずだ。何より活動の延長としてこうしてお頭と寮まで一緒に帰り、さらに夕食を共にすることができたのだから、今日はそれだけで十分すぎる成果だった。
「やはりマヨイ殿の手料理は絶品でござるな。これだけの心得があれば新しい兵糧丸も今年中には完成しそうでござる」
「あぁっ、光栄ですお頭ぁ……! お頭の野望のためならば、たとえ火の中水の中お頭の鎖帷子の中……ふふふふふ……っ♪」
「随分と楽しそうですな、マヨイさん」
「ヒィッ!?」
悦に浸っていたところで背後から急に話しかけられ、椅子の上で小さく飛び上がってしまう。私の向かいに座るお頭はちょうど正面から彼が見えているので、「風早殿もこれから夕食でござるか?」と特に驚く素振りも見せずにひらひらと手を振ってみせた。
「はい、ちょうど仕事終わりで。制服ということは、お二人は学校帰りですかな?」
「その通りでござる! 今日は忍者同好会の活動日であるからして、マヨイ殿とお手々繋いで一緒に帰ってきたのでござるよ♪」
「はぁ。手を、ですか」
「はい。未だに大勢の生徒と同じ時間帯に通学路を歩くのは慣れていなくて……情けない最上級生ですみません、しかしお頭のすべすべのお手々に長時間触れていられたのはとても嬉しかったので……♪」
「少しずつ慣れていくでござるよ、マヨイ殿。では、拙者は同室の皆との約束があるので、これにてドロンするでござる」
丁寧に食器を片付け、お頭はキッチンから去っていく。それでもなお視線が痛いと思ったら、未だに私の斜め後ろに佇んでいる巽さんが何かを期待するような目でじっとこちらを見つめていた。
「え、えっとぉ……作りすぎたお残りで宜しければ冷蔵庫に……」
「あぁ、すみません。そういう意味ではなく……その制服を着ている姿が新鮮で、つい眺めてしまいました」
「ヒィ」
半袖のワイシャツに緑色のネクタイ。グレーのスラックスの太ももを握りしめて、己の姿を改めて見下ろす。
「に、似合っていませんよね? 他校の生徒さんや社会人の方々もいらっしゃる寮の中でまでお見苦しい姿を晒してしまってすみませぇええん……!」
「とんでもない。ただ、少しだけ羨ましいと思ってしまって」
「羨ましい……ですか?」
「はい。『ALKALOID』ばかりか、スタプロの中でも俺以外の皆さんは全員夢ノ咲出身でしょう? 思い出話や身内ネタについていけないことがあって、ときどき――本当にときどきですが、肩身が狭く感じると言いますか」
「そ、それを言うなら私もですぅ! ずっと不登校でしたから、一般生徒の前で先輩らしい振る舞いなど全然できなくて……っ!」
「えぇ、分かっています。転校生の一彩さんや新入生の藍良さんも同じことでしょう。それでもね、考えずにはいられないのです。玲明ではなく夢ノ咲に入学していたら、革命とは無縁の穏やかな学生生活を送れていたら、と」
巽さんはそのように話しながら冷蔵庫から取り出したナポリタンを温め、作り置きにしていたスープとともに食卓まで運ぶと、いつもの丁寧な動作で祈りを捧げ始める。目は閉じているものの、伏せられた瞼は心なしか寂しそうで。
だからこの行動は、ほとんど無意識だった。
するり。
「?」
ちょうど祈りを終えた直後、巽さんが手を下ろしてフォークに手をかけようとした隙をついて背後からそのしなやかな首に手を回す。私の手には、黄色いラインが入った緑色のネクタイ。全生徒共通の玲明のものとは異なる、学年ごとに固定で設定されたカラーリングのものだ。
「ど、どうでしょう? その、気分だけでも……」
慣れない体勢で結んだせいか少し不格好になってしまったネクタイが、グレーのサマーニットの上で頼りなく揺れる。コスプレ以下の酷い仕上がりだ。しかし、それを見てくすくす笑う巽さんの目尻と口元は、嘲笑ではなく心からの喜びに緩んでいるのが分かった。
「ありがとうございます、マヨイさん。小さな夢がまたひとつ叶ってしまいましたな」
「あぅ、わ、私なんかの私物で申し訳ありません。お食事の邪魔になってしまいますし、すぐ外しますねぇ」
「おや、残念です。では今度はマヨイさんに俺の制服をお貸ししましょう。同じ学校に通う『もしも』の空想――そういったお遊びも悪くないものでしょう?」
「ヒ、ヒィ……」
外したネクタイを胸元で握りしめて、上品な色合いの制服に思いを馳せる。ナポリタンとスープは、まだ元気よく湯気を立ち上らせていた。