巽マヨワンライアーカイブ
その日の仕事は短時間で終わるものをたくさん詰め込まれた、といった感じで。ひとつひとつはそこまでハードではないものの、移動やら台本の確認やらで知力体力ともに消耗が激しく、寮に戻る頃にはへとへとになっていた。
ちゅかれた――もとい、疲れた頭に浮かぶのは、そんな愛らしい口癖を持つユニット最年少の彼の姿。本当に、今日は部屋に戻ったらそのまま寝てしまいたい。明日の朝は少しのんびりできるし、シャワーはそのときにゆっくり浴びればいいだろう。
「ただいま、戻りましたぁ……」
「あっ、礼瀬先輩。おかえりなさい、お疲れ様です」
最後の力を振り絞り、寝落ちるまでの残り数分のプランを練りながら入室した私を出迎えたのは、臥所を共にする真白さん。そして、彼のベッド周辺に山と積まれた大量の段ボール箱。
「あの、真白さん。これは一体どういうことです……?」
「あぁ、事務所から送ってもらったファンレターとプレゼントです。そっちに礼瀬先輩のもまとめて置いてありますよ」
そっち、と言って真白さんが指さした方角は、間違いなく私のベッドがある方角だ。恐る恐る振り返ると、案の定「ヒィッ」と短い悲鳴を漏らす羽目になった。
「スタプロの倉庫もリズリンと発送日が被ってたみたいですね。それにしてもすごい量……『ALKALOID』も人気が出てきているみたいでよかったです♪」
いや、まことにその通りだ。それ自体はとても喜ばしい。しかし、よりにもよってどうして今日――私の就寝を阻むバリケードのようにぐるりと一周積まれた箱の山を崩す体力は、残念ながらもう残っていない。
「はあぁ……っ」
「わっ、礼瀬先輩! そんなところで寝ちゃだめですよ!」
「すみませぇん……でも本当に今日はへとへとでもう一歩も動けなくて……」
「あはは。気持ちは分かりますけど、せめてベッドまでは頑張りましょう? 俺もどかすの手伝うので」
真白さんはカッターの刃をしまうと、糸が切れて床にへたり込んでしまった私を引っ張り上げて立たせてくれる。情けない。年下にこんな醜態を晒してしまうなんて。
ベッドの真横、いちばん山が低いところに目をつけた真白さんは、そのいちばん上の箱に手をかけた。
「ん、重……っ! すみません、これ一回開けちゃっていいですか? 中身を少しずつ出さないと、このままじゃ二人がかりでも動きそうにないので」
「はひぃ、お好きにどうぞぉ……」
真白さんが持っていたカッターによって上部のガムテープが縦に割かれ、中に詰まった綺麗な封筒やプレゼントボックスが顔を出す。私もそれに近付き、死にもの狂いでそれらを丁寧に脇へ並べていく作業にとりかかった。
半分ほど出し終えたあたりで、ふとある小箱が目につく。未だに他のファンレターに埋もれていながらも、その箱はやけに私の網膜から脳に行きつく段階で何らかのフィルターをかけられているように強く興味を惹かせた。
「……」
「礼瀬先輩?」
「ふひっ! す、すみません! 断じてサボっていたわけでは……!」
「いや、俺が手伝ってる側ですし、サボりも何もないと思いますけど……うわぁ、すごい。その箱、凝ってますね」
ターコイズブルーを基調として、赤、黒、白。上から金色のリボンをかけて――嗚呼、思い出した。これは『ALKALOID』のユニット衣装のカラーリング。なるほど、目を奪われたのも頷ける。包装紙の質感からして、恐らく手作りだろう。リボンに結びつけられた三つ葉のスートを模った赤いタグには『礼瀬マヨイ様』と丸っこい字で綴られていた。
「それ、気になりますね。俺も中身見てもいいですか?」
「はい、是非。これだけ開けちゃって、残りは明日にしましょう」
段ボール箱は既に引きずれる程度には軽くなっていた。あらかじめ用意しておいた道を辿って隅に寄せ、二人並んでベッドに腰かける。こういうのは贔屓になってしまうだろうか。少し気になってしまうけれど、それでも逸る気持ちが抑えられなくて。肩にのしかかっていたはずの疲労感は、いつの間にか吹き飛んでいた。
* * *
「おはようございます、藍良さん」
「おはようマヨさん。あっ、レッスン用の手帳新しくなってる!」
「はい。昨日届いたファンの方からのプレゼントでして」
「ラブ~い! この文房具ブランド、最近すごい人気でなかなか手に入らないんだよねェ! ね、ちょっと見せて!」
「ふふ、どうぞお好きなだけ。私は代わりに藍良さんを眺めていますので♪」
「いや、それはやめて」
ガチャ。
「おはようございます、本日も良いレッスン日和ですな」
「あっ、おはようタッツン先輩」
「巽さん、おはようございます」
「ふむ、今日は俺が最後でしたか。一彩さんはファッション誌の撮影で不在なのでしたっけ?」
「はい。ですので、今日はお二人の個人レッスンとして組ませていただきました。まだ開始時間まで少しあるので、ゆっくり準備していただいて構いませんよぉ」
「ありがとうございます。では、このあたりお借りして少々書きものでも――おや。どうされましたか、藍良さん」
「……ねぇ、タッツン先輩。その手帳、いつもと違うみたいだけど」
「あぁ、こちらですか?」
* * *
これでよし、と。最近のインタビューを参考にしたし、間違いないはずだよね。
一彩くんと藍良くんには色違いのネックレス。一彩くんはシルバーアクセサリーが好きみたいだし、日仏クオーターの藍良くんの髪に金色はよく似合う。
巽くんは、確か文筆――何か書くこと、だっけ? 空き時間にはよくそうしてるみたいだし、替えの手帳とかあると喜んでくれそうだったから。ユニットのレッスントレーナーを兼ねているらしいマヨイくんも、記録用のノートはいくらあってもいいはずだ。この辺、田舎でよかったなぁ。売り切れ続出の人気文房具もある程度店頭に残ってるんだもん。
う~ん……やっぱりペアでお揃いのグッズとか渡すの、ちょっと変かな? どうせなら四人お揃いにしろよって話だ。でも飾りっ気のない年長コンビと、書きものするイメージがない年少コンビにそれぞれ同じの渡してもなぁ……。
……まぁ、いっか。こういうのは気持ちだし。どうせ私のプレゼントよりいいものたくさん届くだろうから、『その他大勢』で片付けられても後悔はない。使ってくれたらラッキー、くらいに思っておこう。
後日、『ALKALOID』のレッスン風景を写したSNSの投稿写真にお揃いの手帳が写り込んで話題になることを、この頃の私はまだ知る由もなかった。
ちゅかれた――もとい、疲れた頭に浮かぶのは、そんな愛らしい口癖を持つユニット最年少の彼の姿。本当に、今日は部屋に戻ったらそのまま寝てしまいたい。明日の朝は少しのんびりできるし、シャワーはそのときにゆっくり浴びればいいだろう。
「ただいま、戻りましたぁ……」
「あっ、礼瀬先輩。おかえりなさい、お疲れ様です」
最後の力を振り絞り、寝落ちるまでの残り数分のプランを練りながら入室した私を出迎えたのは、臥所を共にする真白さん。そして、彼のベッド周辺に山と積まれた大量の段ボール箱。
「あの、真白さん。これは一体どういうことです……?」
「あぁ、事務所から送ってもらったファンレターとプレゼントです。そっちに礼瀬先輩のもまとめて置いてありますよ」
そっち、と言って真白さんが指さした方角は、間違いなく私のベッドがある方角だ。恐る恐る振り返ると、案の定「ヒィッ」と短い悲鳴を漏らす羽目になった。
「スタプロの倉庫もリズリンと発送日が被ってたみたいですね。それにしてもすごい量……『ALKALOID』も人気が出てきているみたいでよかったです♪」
いや、まことにその通りだ。それ自体はとても喜ばしい。しかし、よりにもよってどうして今日――私の就寝を阻むバリケードのようにぐるりと一周積まれた箱の山を崩す体力は、残念ながらもう残っていない。
「はあぁ……っ」
「わっ、礼瀬先輩! そんなところで寝ちゃだめですよ!」
「すみませぇん……でも本当に今日はへとへとでもう一歩も動けなくて……」
「あはは。気持ちは分かりますけど、せめてベッドまでは頑張りましょう? 俺もどかすの手伝うので」
真白さんはカッターの刃をしまうと、糸が切れて床にへたり込んでしまった私を引っ張り上げて立たせてくれる。情けない。年下にこんな醜態を晒してしまうなんて。
ベッドの真横、いちばん山が低いところに目をつけた真白さんは、そのいちばん上の箱に手をかけた。
「ん、重……っ! すみません、これ一回開けちゃっていいですか? 中身を少しずつ出さないと、このままじゃ二人がかりでも動きそうにないので」
「はひぃ、お好きにどうぞぉ……」
真白さんが持っていたカッターによって上部のガムテープが縦に割かれ、中に詰まった綺麗な封筒やプレゼントボックスが顔を出す。私もそれに近付き、死にもの狂いでそれらを丁寧に脇へ並べていく作業にとりかかった。
半分ほど出し終えたあたりで、ふとある小箱が目につく。未だに他のファンレターに埋もれていながらも、その箱はやけに私の網膜から脳に行きつく段階で何らかのフィルターをかけられているように強く興味を惹かせた。
「……」
「礼瀬先輩?」
「ふひっ! す、すみません! 断じてサボっていたわけでは……!」
「いや、俺が手伝ってる側ですし、サボりも何もないと思いますけど……うわぁ、すごい。その箱、凝ってますね」
ターコイズブルーを基調として、赤、黒、白。上から金色のリボンをかけて――嗚呼、思い出した。これは『ALKALOID』のユニット衣装のカラーリング。なるほど、目を奪われたのも頷ける。包装紙の質感からして、恐らく手作りだろう。リボンに結びつけられた三つ葉のスートを模った赤いタグには『礼瀬マヨイ様』と丸っこい字で綴られていた。
「それ、気になりますね。俺も中身見てもいいですか?」
「はい、是非。これだけ開けちゃって、残りは明日にしましょう」
段ボール箱は既に引きずれる程度には軽くなっていた。あらかじめ用意しておいた道を辿って隅に寄せ、二人並んでベッドに腰かける。こういうのは贔屓になってしまうだろうか。少し気になってしまうけれど、それでも逸る気持ちが抑えられなくて。肩にのしかかっていたはずの疲労感は、いつの間にか吹き飛んでいた。
* * *
「おはようございます、藍良さん」
「おはようマヨさん。あっ、レッスン用の手帳新しくなってる!」
「はい。昨日届いたファンの方からのプレゼントでして」
「ラブ~い! この文房具ブランド、最近すごい人気でなかなか手に入らないんだよねェ! ね、ちょっと見せて!」
「ふふ、どうぞお好きなだけ。私は代わりに藍良さんを眺めていますので♪」
「いや、それはやめて」
ガチャ。
「おはようございます、本日も良いレッスン日和ですな」
「あっ、おはようタッツン先輩」
「巽さん、おはようございます」
「ふむ、今日は俺が最後でしたか。一彩さんはファッション誌の撮影で不在なのでしたっけ?」
「はい。ですので、今日はお二人の個人レッスンとして組ませていただきました。まだ開始時間まで少しあるので、ゆっくり準備していただいて構いませんよぉ」
「ありがとうございます。では、このあたりお借りして少々書きものでも――おや。どうされましたか、藍良さん」
「……ねぇ、タッツン先輩。その手帳、いつもと違うみたいだけど」
「あぁ、こちらですか?」
* * *
これでよし、と。最近のインタビューを参考にしたし、間違いないはずだよね。
一彩くんと藍良くんには色違いのネックレス。一彩くんはシルバーアクセサリーが好きみたいだし、日仏クオーターの藍良くんの髪に金色はよく似合う。
巽くんは、確か文筆――何か書くこと、だっけ? 空き時間にはよくそうしてるみたいだし、替えの手帳とかあると喜んでくれそうだったから。ユニットのレッスントレーナーを兼ねているらしいマヨイくんも、記録用のノートはいくらあってもいいはずだ。この辺、田舎でよかったなぁ。売り切れ続出の人気文房具もある程度店頭に残ってるんだもん。
う~ん……やっぱりペアでお揃いのグッズとか渡すの、ちょっと変かな? どうせなら四人お揃いにしろよって話だ。でも飾りっ気のない年長コンビと、書きものするイメージがない年少コンビにそれぞれ同じの渡してもなぁ……。
……まぁ、いっか。こういうのは気持ちだし。どうせ私のプレゼントよりいいものたくさん届くだろうから、『その他大勢』で片付けられても後悔はない。使ってくれたらラッキー、くらいに思っておこう。
後日、『ALKALOID』のレッスン風景を写したSNSの投稿写真にお揃いの手帳が写り込んで話題になることを、この頃の私はまだ知る由もなかった。