巽マヨワンライアーカイブ

(父の日……ですか)
 目的もなくスマホで通販サイトをぼんやり眺めていると、特集一覧にそのような文字列を認めた。六月の、第三日曜日。日付でいうとちょうど来週。長いこと両親の顔も見ていない私にとっては本来無縁な記念日ではあるが、『父』という言葉から連想される人物ならひとり思い当たる。
『タッツン先輩が、『ALKALOID』の大黒柱だねェ♪』
 結成直後からしばらく一蓮托生の日々を過ごしてきたせいか、我々はすっかり家族のような関係が馴染んでしまった。父と、母と、愛らしい子供たち。ずっとひとりぼっちだった私にとって、今の父は巽さんだ。あの清らかな笑顔に邪悪な己が消し飛ばされてしまいそうだと感じていたこともあったが、広い背中に大きな手、それらに触れることで得られる安心感を知ってしまったら、もう後戻りもできなくなっている自分がいる。
自分のような者があのような素敵な方に守ってもらおうなど烏滸がましいにも程があることは重々承知しているが、彼の方から積極的に歩み寄ろうとしてくれているものを無碍にはできない。何も返せるものがなくて、やはりいつも恐縮してしまうのだけれど。
 ――せめて、何かこの機会に……。
 気付いたときには、青を基調としたバナーが親指の下敷きになっていた。バナーと同じ配色の特集ページが開き、いくつかのおすすめ商品がずらりと並ぶ。それらをある程度眺めた頃には、このページから探そうと思ったことを心底後悔していた。
 仮にも同じユニットの仲間へのプレゼントだ。うな重や海鮮料理などは相応しくない気がするし、ビールの詰め合わせなどもってのほか。アクセサリーの趣味などもよく分からないし、メンズコスメは肌に合わなかったら無駄になってしまう。
ぼんやりとしか理解していない『世の父親像』と、いつもすぐ近くで見ている『よく知る父親像』が、考えれば考えるほど乖離していく。『父親』がゲシュタルト崩壊を起こしてきて、思考が上手くまとまらない。
 やはり単なる思いつきでプレゼントなど選ぶべきではなかったのかも知れない――そう思って特集ページを閉じようとしたそのとき、一瞬画面の端に映った『それ』と目が合ったような心地がした。

◇ ◇ ◇

「これは……」
 ノックされた部屋のドアを開けるや否や無言で差し出された箱を慎重に開ける。両手に収まる丸い鉢をそっと持ち上げると、視界いっぱいに緑と紫が広がった。
「そのぉ……今日は……」
 壁にかかっていたカレンダーを一瞥して「なるほど」と思わず声が漏れる。ユニット内で求められた己の立ち位置。それになぞらえた贈り物、というわけらしかった。
「紫陽花の盆栽ですか。なかなか粋ですな」
「いろいろ、考えたんですけど……通販サイトでそれを見たときにいちばん巽さんの顔がはっきり思い浮かんで……すみません、盆栽なんてちょっとじじくさかったですかね!? 決して巽さんがおじいちゃんみたいだとか、そういう意図で選んだわけではなく!」
「いいえ、とても嬉しいです。ありがとうございます、マヨイさん」
 俺のためにこの方が一生懸命プレゼントを探してくれている姿を想像して、自然と笑みが零れる。いちばんはっきり思い浮かんだということは、どうやらマヨイさんには俺がこのように見えているらしい。そうやって選ばれたものを受け取るのは少しくすぐったいけれど、同時に客観的な視点を知ることができて、不思議な安心感のようなものが芽生える心地がした。
「今度、『ガーデニア』の活動があるときに持っていくことにしますな。手入れの方法なども調べておかなくては」
「あぁっ、そういえばそれと一緒に届いたガイド冊子があるんでしたぁああ! すみません、すぐに持ってきますねぇえええ!」
 ばたばたと慌ただしく部屋に戻っていくマヨイさんの背中を見送って、その小さな花の群れに視線を落とす。
 雨の中でも咲き誇る強さを持ち合わせている青い紫陽花の花言葉は『辛抱強い愛情』。塊のように集まって咲くことから、色を問わず花そのものにも『一家団欒』という意味があるらしい。ユニットのイメージカラーとも少し合っているし、きっとそれらから俺を連想したのだろう。しかしその慎ましい花を見ているうちに、俺の頭の中には別の人物の顔がはっきりと思い浮かんでいた。
 ――いっそ、名前でも付けて可愛がってみましょうか。
 瀬戸焼の鉢をそっと撫でながら、視界を占める枝の間に花よりも濃い紫が戻ってくるのをしばらく待ち続けていた。
1/15ページ
スキ