闇に消える

 一昨日は、終電の走る線路に飛び込んだ。
 昨日は、どこまでも広がる黒い海の底に沈んだ。
 そして今日は――ビルの屋上から星空に駆け出した。
 ここのところ、毎日そんな夢ばかり見ている。
 動機は至って単純明快。醜い自分を消し去るために。愛する人たちが生きるこの世界から少しでも不純物を取り除くために。朝に照らされる前に、永遠の闇の中へ静かに隠れるのだ。
 しかし、ひとつ不思議なことに、世界から消える前の私はいつもひとりじゃない。隣には、決まって『あのかた』がいた。自らの結末を選ぶことが禁忌とされているはずの、優しくて、眩しくて、夜なんかとても似合わないひとが。
 でも、だからこそ、一切の恐怖を感じずに毎晩旅立つことができるのかも知れない。自分で嫌になるほど臆病なはずなのに、淵に立つ瞬間は必ずふたりで笑い合っている。
 隣に愛しいひとがいてくれる安心感?
 これは夢だと分かっている馬鹿馬鹿しさ?
 ――否、理由なんかどうでもいい。互いに手を繋いで、虚空へ一歩踏み出すその瞬間。とても嬉しくて、気持ち良くて、どこまでも堕ちていきたくなる感覚だけで、どんな悩みも吹き飛んでしまいそうになる。
 本当は悪夢と呼ぶべき現象かも知れないけれど、私にとっては最高に楽しい夢。足りない度胸と高尚な思想が邪魔をしてしまう現実ではまずあり得ないから、一度で終わらない妄想を繰り返していたい。
 きっと明日も、明後日も。
 私は何度でもあなたと夜に溶けていく。
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