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「ただいま~☆」
「邪魔するぞ」
「邪魔するなら帰ってもらおうかっ☆」
「なんでやねん」
 そこそこ馴染み深い明星家の玄関に足を踏み入れ、荷物が詰まったキャリーケースを横倒しで置く。キャスターを拭く雑巾を明星に頼んでいると、奥の部屋から『とてとて』と可愛らしい足音が近付いてきた。
「おぉ、大吉くん。わざわざ出迎えに来てくれたのか?」
「そろそろ散歩の時間だから、せがみに来たんだと思う。よしよし、『新入り』をうちに入れたら散歩に行こうね、大吉先輩☆」
「犬相手に先輩も後輩もないだろう」
 大吉くんは主人から雑巾を受け取っている俺に気が付くと、尻尾を振りながら何度も膝に飛びついてきた。遊んでほしいのか、これが彼なりの歓迎なのか。ともあれ、こちらとも良好な関係を築けそうで何よりだ。
「ごめんね、母さんまだ仕事中で。今日ホッケ~来るよって連絡は入れてあるし、とりあえず先に荷物置いて適当にくつろいでて。雑巾は洗面所に掛けるところあるから」
「あぁ。そうさせてもらう」
 二人きりとはいかないが、『なるべく実家を離れたくない』という明星の意思を尊重した結果、このような形で俺たちの共同生活が営まれることになった。クランクインは二日後。まずは早いうちに『始まったばかり』の雰囲気を掴むのが課題となる。
「あっ、そういえば部屋はどうする? 一応父さんの部屋なら空いてるけど」
「いや……一時的とはいえ、あの人の部屋を借りるのも気が引ける。ここは筋書き通り、部屋も共同にするべきだろう」
「えぇっ!? ホッケ~が俺の部屋に!? やだよ、絶対ことあるごとにガサ入れられるもん!」
「お前は俺を何だと思っているんだ。流石にプライバシーに関わるところまで踏み込むつもりはない。ほら、大吉くんが待ってるぞ。俺も早く台本の確認がしたい」
 まるでそこだけ別の生き物かのように、大吉くんはずっと尻尾を振り回しながらこちらを見つめている。それを見て観念したのか、明星は玄関に置かれたリードを首輪に繋いでやると「一時間くらいで戻るから」と言い残して出て行った。
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