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「ようやく来たか、明星」
「ごめんごめん。今日は使う器具が多かったから片付けに時間かかっちゃって」
ちょうどバスケ部も活動日だったらしく、明星は練習後の呼び出しに快く応じてくれた。今の景色とは似て非なる朝焼け色が駆け寄り、隣に並ぶまでを目で追ってから、正門につけていた背を浮かせて歩を進める。
「それで、話って何?」
「うむ。例の件だが……」
しっかり目を見て、口に出す。
「一緒に暮らそう、明星」
これこそ、俺が辿り着いた答え。
「…………はい?」
「むっ、聞こえていなかったか? もう一度言うぞ」
「け、結構です! 聞こえました! 大丈夫です!」
「聞こえたならいいだろう。何をそんなに動揺する必要がある」
「えっ、ちょっと何!? 本当にどうしたのホッケ~! それを言われて俺はどうすればいいの!?」
「よく分からんが落ち着け。理由なら今から説明する」
何故か耳まで紅潮してパニックに陥っている明星をどうにか鎮めて、話を続ける。
「どうやら、俺は大切なことを忘れていたらしい。こういったことは慣れないから、と自分のことばかり気にしていたが、それはお前も同じだったな」
「う、うん……?」
「これから長い道のりになる。それを慣れない同士で乗り越えていかなければならない。つまり、自分ひとりだけでなく、二人の気持ちを理解する時間を共有する必要がある」
「そ、そうなんだ……」
「そのためには、二人で同居することが最適だと俺なりに結論づけたというわけだ。勿論、お前が嫌だというなら強制するつもりはない。あくまで提案のひとつとして検討してくれ」
「え、えっと……」
それを聞いてもなお、もじもじと落ち着きのない様子の明星だったが、しばらくして泳いでいた視線が定まり、もごもご動くばかりだった口から返事が発せられた。
「ホッケ~。その……いくらなんでも吹っ切れすぎじゃない? あのドラマで俺の相手役になるからって、別に俺と本当に付き合う必要は……」
「何を言っている。そんなの当たり前だろう」
「…………はい?」
態度は一変、明星は『信じられない』と言わんばかりに大きく見開いた目をこちらに向けてくる。そう言いたいのはこちらの方なのだが。
「何故お前とそういう関係になる必要がある? 俺はただ『ドラマのクランクアップまで一緒に住もう』といっただけだ。それ以上でも以下でもない」
間抜けに開いたまま固まっていた顔のパーツが、徐々に弛緩して中央に集まっていく。全てが元に戻ったところで、明星はようやく何かを理解したように「あぁ~」と声を漏らした。
「もう! 一言足りないんだよ! ホッケ~は何でも真剣に言うから無駄にドキドキしちゃったじゃん!」
「お前が何を勘違いしていたのかは知らんが……すまん、言い方が悪かった。では、これはドラマの役づくりの話題であることを踏まえて、もう一度俺の話を聞いてほしい」
改めて全く同じ提案と理由を伝えると、明星はようやくおとなしく俺の声に耳を傾けてくれた。「ふんふん」「なるほどね~」と適当な相槌を打ちながら、節々に復唱や確認が入る。
「つまり、あの変態仮面のひとの教えに倣って、お話の中で一緒に住むことになった二人みたいなことをして、より役に入り込めるようになりたいってこと?」
「そういうことだ。繰り返すが、強制はしない。お前にはお前の家の事情もあるだろうからな」
「ううん、大丈夫。正直、俺もこういうの初めてで何したらいいのか分かんなかったし。ホッケ~が提案してくれるならすっごく助かる!」
合宿みたいで楽しそうだし、といつものように眩しく笑う明星。その瞳は夕日を反射してキラキラ輝き、彼自身に内在する光と合わさって景色全てを照らしていた。
「では、ひとまず契約は成立ということでいいか?」
「うん! 母さんにも相談してみるから、また後でメッセージ頂戴。細かいことはゆっくり話し合お~っ☆」
その後、分かれ道まで他愛もない話をしてから、ひとり駅に向かう。その途中、ふと明星の言葉が脳裏をよぎった。
――俺の相手役になるからって、別に俺と本当に付き合う必要は……。
確かに、ドラマのストーリーはそんな内容だと彼女は言っていた。ひとつ屋根の下で共に暮らすうちに、お互いの様々な一面が見えてきて、立場が変わって長らく疎遠だったはずの二人の距離は次第に縮まっていく。ずっと先の回の台本はまだ届いていないが、終盤になればそういう仲にもきっとなりえるだろう。
しかし、俺たちがやるのは単なる役づくり。キャラクターに恋愛感情のようなものが芽生えても、現実では偽りの契約だとお互いに理解し合ったばかりだ。まして、あのアホ相手に俺がそんな気持ちになるとも思えない。これからもその先も、何をしようとされようと。
それでもやはり少し気になって、何となくこれからの生活を想像してみる。しかし、その背景は途中から学校や地方の合宿所にすり替わっていき、どれもいまいち新鮮味に欠けたので考えるのをやめた。
「ごめんごめん。今日は使う器具が多かったから片付けに時間かかっちゃって」
ちょうどバスケ部も活動日だったらしく、明星は練習後の呼び出しに快く応じてくれた。今の景色とは似て非なる朝焼け色が駆け寄り、隣に並ぶまでを目で追ってから、正門につけていた背を浮かせて歩を進める。
「それで、話って何?」
「うむ。例の件だが……」
しっかり目を見て、口に出す。
「一緒に暮らそう、明星」
これこそ、俺が辿り着いた答え。
「…………はい?」
「むっ、聞こえていなかったか? もう一度言うぞ」
「け、結構です! 聞こえました! 大丈夫です!」
「聞こえたならいいだろう。何をそんなに動揺する必要がある」
「えっ、ちょっと何!? 本当にどうしたのホッケ~! それを言われて俺はどうすればいいの!?」
「よく分からんが落ち着け。理由なら今から説明する」
何故か耳まで紅潮してパニックに陥っている明星をどうにか鎮めて、話を続ける。
「どうやら、俺は大切なことを忘れていたらしい。こういったことは慣れないから、と自分のことばかり気にしていたが、それはお前も同じだったな」
「う、うん……?」
「これから長い道のりになる。それを慣れない同士で乗り越えていかなければならない。つまり、自分ひとりだけでなく、二人の気持ちを理解する時間を共有する必要がある」
「そ、そうなんだ……」
「そのためには、二人で同居することが最適だと俺なりに結論づけたというわけだ。勿論、お前が嫌だというなら強制するつもりはない。あくまで提案のひとつとして検討してくれ」
「え、えっと……」
それを聞いてもなお、もじもじと落ち着きのない様子の明星だったが、しばらくして泳いでいた視線が定まり、もごもご動くばかりだった口から返事が発せられた。
「ホッケ~。その……いくらなんでも吹っ切れすぎじゃない? あのドラマで俺の相手役になるからって、別に俺と本当に付き合う必要は……」
「何を言っている。そんなの当たり前だろう」
「…………はい?」
態度は一変、明星は『信じられない』と言わんばかりに大きく見開いた目をこちらに向けてくる。そう言いたいのはこちらの方なのだが。
「何故お前とそういう関係になる必要がある? 俺はただ『ドラマのクランクアップまで一緒に住もう』といっただけだ。それ以上でも以下でもない」
間抜けに開いたまま固まっていた顔のパーツが、徐々に弛緩して中央に集まっていく。全てが元に戻ったところで、明星はようやく何かを理解したように「あぁ~」と声を漏らした。
「もう! 一言足りないんだよ! ホッケ~は何でも真剣に言うから無駄にドキドキしちゃったじゃん!」
「お前が何を勘違いしていたのかは知らんが……すまん、言い方が悪かった。では、これはドラマの役づくりの話題であることを踏まえて、もう一度俺の話を聞いてほしい」
改めて全く同じ提案と理由を伝えると、明星はようやくおとなしく俺の声に耳を傾けてくれた。「ふんふん」「なるほどね~」と適当な相槌を打ちながら、節々に復唱や確認が入る。
「つまり、あの変態仮面のひとの教えに倣って、お話の中で一緒に住むことになった二人みたいなことをして、より役に入り込めるようになりたいってこと?」
「そういうことだ。繰り返すが、強制はしない。お前にはお前の家の事情もあるだろうからな」
「ううん、大丈夫。正直、俺もこういうの初めてで何したらいいのか分かんなかったし。ホッケ~が提案してくれるならすっごく助かる!」
合宿みたいで楽しそうだし、といつものように眩しく笑う明星。その瞳は夕日を反射してキラキラ輝き、彼自身に内在する光と合わさって景色全てを照らしていた。
「では、ひとまず契約は成立ということでいいか?」
「うん! 母さんにも相談してみるから、また後でメッセージ頂戴。細かいことはゆっくり話し合お~っ☆」
その後、分かれ道まで他愛もない話をしてから、ひとり駅に向かう。その途中、ふと明星の言葉が脳裏をよぎった。
――俺の相手役になるからって、別に俺と本当に付き合う必要は……。
確かに、ドラマのストーリーはそんな内容だと彼女は言っていた。ひとつ屋根の下で共に暮らすうちに、お互いの様々な一面が見えてきて、立場が変わって長らく疎遠だったはずの二人の距離は次第に縮まっていく。ずっと先の回の台本はまだ届いていないが、終盤になればそういう仲にもきっとなりえるだろう。
しかし、俺たちがやるのは単なる役づくり。キャラクターに恋愛感情のようなものが芽生えても、現実では偽りの契約だとお互いに理解し合ったばかりだ。まして、あのアホ相手に俺がそんな気持ちになるとも思えない。これからもその先も、何をしようとされようと。
それでもやはり少し気になって、何となくこれからの生活を想像してみる。しかし、その背景は途中から学校や地方の合宿所にすり替わっていき、どれもいまいち新鮮味に欠けたので考えるのをやめた。