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「北斗先輩っ♪」
『ん……なんだ、お前か』
「はい、あなたの真白友也です! 今日も部活頑張りましょうね!」
『何でここにいるんだよ。あんたみたいな良い子ちゃんが』
「何でって……あれ? 今日が活動日で合ってますよね? 月曜日なんて休日の後なんですから、そうそう間違えることもありませんし」
『とうとうイカレたか? 元々お花畑みたいなオツムだとは思っていたが、まさかここまで平和ボケしていたとは』
「えっ……え? ほ、北斗先輩? 大丈夫ですか? 俺、何か気に障ることでも――」
『余計なお世話なんだよ! 俺はテメェの点数稼ぎの道具じゃない! どっか行け、目障りだ!』
「ひっ!? い、嫌だぁっ! 強引に攻めてくるワイルドな北斗先輩もかっこいいけど、俺はいつもの優しい北斗先輩じゃなきゃだめなんです! 俺の王子様を返せ! 返せよぉ~っ!」
「……むっ? 友也、いたのか」
台本に熱中しすぎて、部室に入ってくる人の気配に全く気付けなかったらしい。残されたままの赤いソファの前に立っている俺の背にしがみつき、おいおい泣きじゃくる後輩の姿がそこにあった。
「どうした、何故泣いている? 誰かにいじめられたのか?」
「ふぇ……よ、良かったぁ。北斗先輩、さっきまでやたら怖いヤンキーの悪霊に取り憑かれてましたけど、大丈夫ですか?」
「悪霊? すまない、全く身に覚えがないのだが」
「そりゃそうですよ。あれでまだ憑かれてる自覚があったら相当な精神力ですって」
「精神力か……悪霊とやらをコントロールできたら演技の応用にも使えるだろうか?」
「北斗先輩、たまに恐ろしいこと言い出しますよね……」
友也はひとつ長めの溜息をつくと、俺の背中から離れてソファに身を投げ出すように座る。
「あれ? そんな台本、うちにありましたっけ?」
「あぁ、これか。実は――」
ドラマの内容など、解禁されていない情報は適当に伏せつつ、先日舞い込んだ仕事について軽く説明する。すると、何故か友也は顔に滲む安堵の色を更に濃くして、電池の切れた玩具のようにゆっくりソファに倒れ込んだ。
「なんだ、そういうことか……あまりに噛み合ってたから台詞の練習だって気付きませんでしたよ」
「うむ、すまない。偶然とはいえ心配をかけてしまったな」
「いえいえ、勘違いしたのは俺の方ですし。それにしても凄いですね! 演劇科のドラマで主演だなんて! 俺、絶対毎週録画します! 円盤が出たら五枚、いや十枚買って末代まで家宝にします……!」
「そ、そうか」
ふと、キラキラした目でこちらを見つめる友也を見てひらめく。
「ところで、友也。ひとつ相談がある」
「は、はい! 何でもどうぞ!」
そういえばこいつはここに入部してからというもの、王子様の相手役を何度も経験しているはずだ。その筋なら俺や明星よりも勝手をよく知っているだろう。『あれ』ではあまりあてにならないところは、ここでアドバイスをもらっておくべきかも知れない。
「王子様に気にかけられるというのは、どんな気分だ?」
「ほぁっ!? ……す、すみません。今何て?」
改めて質問の意図を説明すると、友也はしばし思案顔で黙り込んでしまう。うんうん唸りながらしきりに首を捻り、ぽつぽつと呟くだけで精一杯のようだった。
「聞く限り……あと、さっき練習してた台詞からして……俺がやっていたようなお姫様とはかなりタイプが違いますよね。そういう不良系の役は演劇でやったことがないので、俺から具体的なアドバイスはできませんから……ちょっと癪ですけど、変態仮面のやり方に倣うのが有効かも知れません」
「あいつの?」
「ほら、俺がたまに女装させられたみたいに、日常から役になりきって考えてみるんです。同じ格好をしたり、同じ仕事や趣味を始めてみたり、お相手役の方のことを常日頃から考えていたり……」
「……すまん友也、まだその段階には至れそうにない」
「あっ、いや、これはあくまで言われたことを俺なりに解釈した結果というか! 俺は意識しなくても常に北斗先輩のことを考えているので……ああぁ、もう何を言っても墓穴を掘ってばっかりだよもう!」
誰が残していったのか最早不明となっている変な形のクッションに顔を埋めて、友也はじたばた悶え始める。「あー」だの「うー」だのこもった声でひとしきり叫んだ後、やがて疲れたのかゼンマイが切れたようにぴたりとおとなしくなった。
「すみません、あんまり参考になりませんよね……」
「いや、悔しいことにあいつのアドバイスが的外れだったことはないし、手は全て尽くすべきだ」
それに、今の話を反芻しているうちにいいヒントが得られた気がする。俺はこうして慣れない役に悩んでいるわけだが、俺と同じように――いや、経験に乏しいゆえに俺よりも内心困っている者が少なくとも一人はいるのだ。ならば俺だけが悩む道理はない。
どうせなら巻き込んでやろう。俺たちは今までそうしてきたのだから。
「ありがとう、友也」
「わっ……いえいえ、俺も北斗先輩のお役に立てて光栄です……♪」
そっと頭を撫でてやると、友也はやや照れ臭そうに目を細める。その姿はやはり自分の演じる役には重ならないが、俺は俺なりのものを追求していけばいいということだろう。
見ていてくれ、友也。その大きな期待に必ず応えてみせる。
『ん……なんだ、お前か』
「はい、あなたの真白友也です! 今日も部活頑張りましょうね!」
『何でここにいるんだよ。あんたみたいな良い子ちゃんが』
「何でって……あれ? 今日が活動日で合ってますよね? 月曜日なんて休日の後なんですから、そうそう間違えることもありませんし」
『とうとうイカレたか? 元々お花畑みたいなオツムだとは思っていたが、まさかここまで平和ボケしていたとは』
「えっ……え? ほ、北斗先輩? 大丈夫ですか? 俺、何か気に障ることでも――」
『余計なお世話なんだよ! 俺はテメェの点数稼ぎの道具じゃない! どっか行け、目障りだ!』
「ひっ!? い、嫌だぁっ! 強引に攻めてくるワイルドな北斗先輩もかっこいいけど、俺はいつもの優しい北斗先輩じゃなきゃだめなんです! 俺の王子様を返せ! 返せよぉ~っ!」
「……むっ? 友也、いたのか」
台本に熱中しすぎて、部室に入ってくる人の気配に全く気付けなかったらしい。残されたままの赤いソファの前に立っている俺の背にしがみつき、おいおい泣きじゃくる後輩の姿がそこにあった。
「どうした、何故泣いている? 誰かにいじめられたのか?」
「ふぇ……よ、良かったぁ。北斗先輩、さっきまでやたら怖いヤンキーの悪霊に取り憑かれてましたけど、大丈夫ですか?」
「悪霊? すまない、全く身に覚えがないのだが」
「そりゃそうですよ。あれでまだ憑かれてる自覚があったら相当な精神力ですって」
「精神力か……悪霊とやらをコントロールできたら演技の応用にも使えるだろうか?」
「北斗先輩、たまに恐ろしいこと言い出しますよね……」
友也はひとつ長めの溜息をつくと、俺の背中から離れてソファに身を投げ出すように座る。
「あれ? そんな台本、うちにありましたっけ?」
「あぁ、これか。実は――」
ドラマの内容など、解禁されていない情報は適当に伏せつつ、先日舞い込んだ仕事について軽く説明する。すると、何故か友也は顔に滲む安堵の色を更に濃くして、電池の切れた玩具のようにゆっくりソファに倒れ込んだ。
「なんだ、そういうことか……あまりに噛み合ってたから台詞の練習だって気付きませんでしたよ」
「うむ、すまない。偶然とはいえ心配をかけてしまったな」
「いえいえ、勘違いしたのは俺の方ですし。それにしても凄いですね! 演劇科のドラマで主演だなんて! 俺、絶対毎週録画します! 円盤が出たら五枚、いや十枚買って末代まで家宝にします……!」
「そ、そうか」
ふと、キラキラした目でこちらを見つめる友也を見てひらめく。
「ところで、友也。ひとつ相談がある」
「は、はい! 何でもどうぞ!」
そういえばこいつはここに入部してからというもの、王子様の相手役を何度も経験しているはずだ。その筋なら俺や明星よりも勝手をよく知っているだろう。『あれ』ではあまりあてにならないところは、ここでアドバイスをもらっておくべきかも知れない。
「王子様に気にかけられるというのは、どんな気分だ?」
「ほぁっ!? ……す、すみません。今何て?」
改めて質問の意図を説明すると、友也はしばし思案顔で黙り込んでしまう。うんうん唸りながらしきりに首を捻り、ぽつぽつと呟くだけで精一杯のようだった。
「聞く限り……あと、さっき練習してた台詞からして……俺がやっていたようなお姫様とはかなりタイプが違いますよね。そういう不良系の役は演劇でやったことがないので、俺から具体的なアドバイスはできませんから……ちょっと癪ですけど、変態仮面のやり方に倣うのが有効かも知れません」
「あいつの?」
「ほら、俺がたまに女装させられたみたいに、日常から役になりきって考えてみるんです。同じ格好をしたり、同じ仕事や趣味を始めてみたり、お相手役の方のことを常日頃から考えていたり……」
「……すまん友也、まだその段階には至れそうにない」
「あっ、いや、これはあくまで言われたことを俺なりに解釈した結果というか! 俺は意識しなくても常に北斗先輩のことを考えているので……ああぁ、もう何を言っても墓穴を掘ってばっかりだよもう!」
誰が残していったのか最早不明となっている変な形のクッションに顔を埋めて、友也はじたばた悶え始める。「あー」だの「うー」だのこもった声でひとしきり叫んだ後、やがて疲れたのかゼンマイが切れたようにぴたりとおとなしくなった。
「すみません、あんまり参考になりませんよね……」
「いや、悔しいことにあいつのアドバイスが的外れだったことはないし、手は全て尽くすべきだ」
それに、今の話を反芻しているうちにいいヒントが得られた気がする。俺はこうして慣れない役に悩んでいるわけだが、俺と同じように――いや、経験に乏しいゆえに俺よりも内心困っている者が少なくとも一人はいるのだ。ならば俺だけが悩む道理はない。
どうせなら巻き込んでやろう。俺たちは今までそうしてきたのだから。
「ありがとう、友也」
「わっ……いえいえ、俺も北斗先輩のお役に立てて光栄です……♪」
そっと頭を撫でてやると、友也はやや照れ臭そうに目を細める。その姿はやはり自分の演じる役には重ならないが、俺は俺なりのものを追求していけばいいということだろう。
見ていてくれ、友也。その大きな期待に必ず応えてみせる。