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「主演?」
 緑色のリボンが揺れる胸元で書類束を抱えた彼女は、満面の笑みでこくりと頷く。曰く、ひとつかふたつ先のクールで放送される演劇科のプロモーションドラマの出演者として、アイドル科にも何人か指名が来ているようで、仕事の合間を縫って一人ひとりにそのことを伝えている最中らしい。ちょうどユニット練習中で他の三人も近くで聞いているなか、『プロデューサー』から俺に告げられたのは思いもよらない重役だった。
「わっ、凄いじゃん氷鷹くん! おめでとう!」
「おぉ~、やったな北斗! 王子様の本領発揮ってか?」
「茶化すな。ふむ、そうか……」
 演劇科は劇場での舞台公演だけでなく、ドラマや映画などの映像作品の制作にも力を入れている。その活動のひとつが、毎年テレビでワンクール分の枠を使って放送されるプロモーションドラマだ。たまにアイドル科の生徒もエキストラや端役などの数合わせで呼ばれるらしい――実際に何処ぞの変態仮面などは嬉々として何度も助っ人に入っていたようだ――が、大きめの役、特に主演としてオファーがかかる例は聞いたことがなかった。
「俺個人に名指しで仕事をもらえるのは嬉しいし、勿論引き受けたい。しかし、俺は演劇科ではなくただの演劇部員だ。本職の者たちを差し置いて何故そのような大役を――何?」
 流石、抜かりない。しかし、耳を疑う。すかさず彼女が続けて呼んだ名は、俺たちもよく知る『こちら側』の生徒の名だった。
「えっ……えぇっ!? 俺も出るの!?」
 先方から預かってきたものだろう、得意げに差し出された企画書には、確かに俺とそいつの名がスカウト枠として連なっている。それだけなら特に気にはならない。問題は、改めて整理されて振り分けられたキャスト一覧の方だ。
「ど、どういうこと!? 主演のところに明星くんの名前もある!」
「本当だ……なぁ、もしかしてこれ、W主演ってやつか?」
 衣更の問いに、彼女はサムズアップで応える。『良い仕事とってきたでしょ!』と言いたげな顔で目を輝かせ、更に説明を続けた。
 曰く、朱桜くんが経営する劇場で演劇科の者と繋がりを得た際、自分がプロデュースするアイドルの売り込みを積極的に行っていたらしい。更に、アイドル事務所複合ビル『ES』の設立により、体制の変化と共に勢いに乗っているアイドル科のプロモーションも兼ねられるキャスティングを、との天祥院先輩の依頼で、彼女は日々樹先輩と二人で先方と交渉を続けていたという。
 結果、今回の作品のイメージにまさしく『ドンピシャ』だからと、脚本を担当した生徒の強い希望で俺たちを採用してくれた――とのこと。
「そっかぁ。じゃあこれは君のおかげだねっ☆ いつも頑張ってくれてありがとう!」
「うむ。何はともあれ、俺たちを評価してくれるのは素直に嬉しい。それで、これはどんな内容のドラマなんだ?」
 そう問うと、彼女はこちらをまっすぐ見据えて、しかし言い方を探るようにたどたどしい返答をした。
 ――まだ台本が届いてないから、詳しい内容は私も知らない。だけど、二人が……。
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