いっそ身を焦がすくらいの

「HuHu~♪ ししょ~、宙は帰ってきました!」
 夏の花のように鮮やかな声がして、愛おしい弟子の帰還を察する。『千里視』のビジョンを映した水晶玉越しに丸く歪んだ顔が重なり、その滑稽さと愛らしさに思わず吹き出した。
「ししょ~? 何か面白いことでもありましたか?」
「フフッ、何でもないヨ。おかえリ、ソラ。おつかいはちゃんとできたかナ?」
「はい! アロエ十本とマンドラゴラの幼体十三個、あとはレモングラスを詰められるだけ、です!」
「えらいえらイ。後でご褒美にソラの好きなアップルパイを焼いてあげよウ♪」
「わぁい! ありがとうございます! 嬉しいな~♪」
 諸々の植物が詰まった籠を受け取り、ふわふわした黄色い頭を撫でてやると、光を体現したような反応が返る。『笑顔の花が咲く』とは、まさにこの子のような表情のことを言うのだろう。
「あっ、ご褒美といえば……この前、ししょ~が宙にくれた青い砂の瓶をあげてきました!」
「へェ、頑張っている子を見つけたのかナ? ソラはあの瓶を誰にあげたノ?」
「大魔女さんのところの黒猫さんな~。大魔女さん、まだ病気が治らなくてお家に戻っていなかったんですけど、あの猫さんはたったひとりで大魔女さんの代わりに頑張っていました!」
「……あの大魔女様ノ?」
 一般向け魔法薬の調合師でありながら各界に影響力を持つ彼女の情報は退魔師協会にも入っており、退魔師科所属のボクも噂は以前から耳にしている。昨年の『大討伐』の時期には、異常な魔力濃度により体調を崩す人間や動物が例年の倍はいた。かの大魔女も高齢による魔力耐性の低下が進行していたのか、あの時期を境に人里から更に離れた別宅で過ごすようになり、生業としていた魔法薬の調合や素材の卸売りなどは現在、使い魔として飼っている黒猫に一任されている。
 あの猫も魔物の一種とはいえ人間とは異なる言語を持つ動物だ。そういったものとのコミュニケーション能力の観点から――ソラ自身が率先して行きたがるというのもあるが――わざわざソラを自分の代わりにおつかいに行かせているのだが……。
(ボクが……いヤ、程度の大小はともかく魔法を操れる家系の者が気付かないわけがなイ。恐らくハ、ソラも含めテ。彼女は間違いなク、既に――)
「ししょ~?」
「あ……ごめんネ。疲れてるのかナァ、近頃考えごとでトリップしてばかりダ」
「ししょ~、あの瓶は結局何だったんです? お守り……にしては、ちょっと不思議な『色』をしてたな~?」
「フフ、そうだネ……今はまだ秘密にしておこうかナ。お伽話の魔法使いみたいニ、可哀想な主人公を華麗に助ける英雄気取りをしたいわけじゃないけド。どんな形であレ、あの吹けば飛ぶような頼りない星屑は必ず彼をハッピーエンドに導いてくれるはずダ」

《幸せの魔法使いが、天に誓って約束しよう》

 水晶玉に向き直り、『千里視』の魔術をかけ直す。国の監視下に置かれながら悠々と住まう吸血鬼の館、高等部退魔師科の校舎、人々で賑わうハーブの市場――今日も多少の事件などすぐに押し潰されてしまいそうな、強大な平和がそこかしこに溢れていた。
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