いっそ身を焦がすくらいの
「にゃ」
「HaHa~、猫さんこんにちは! 人の家を訪ねたら挨拶をします! 猫さんは人じゃなくて猫さんだけど、大魔女さんの猫なので!」
「にゃあ……」
少年は飛行箒から降りると、小柄な背丈に不釣り合いなほど大きな三角帽を揺らしながら家の方へ近付いてきた。顔を見るのは久しぶりだが、彼が慕っている退魔師見習いの魔法使いの家は主のお得意様なのでよく覚えている。
「宙はししょ~に頼まれた薬の材料をもらいに来ました! 猫さん、お願いできますか?」
「にゃ!」
少年に差し出された手提げ籠を口にくわえ、家の中の倉庫を目指す。籠の中に入っていた代金を所定の場所に置き、メモ通りの品を代わりに詰め込むのも慣れてきた。何せ主の仕事を長い間ずっと近くで見てきたのだ。物覚えの良さと器用さには自信がある。
「みゃあお」
「HiHi~,ありがとうございます! ……そういえば猫さん、大魔女さんのお加減はどうですか?」
「……みぃ」
「宙は心配です。去年の『夜宴』前夜の魔力の高まりは異常だったからな~? 宙、あのときはずっとお家で寝ていて、大討伐の後処理もあってしばらく会えてない間に、大魔女さんも体調を崩したってししょ~に聞きました」
特殊な感知能力を持つらしい彼は、人の感情や魔力の流れの変化に敏感だ。それは人以外の動物が相手でも例外ではないらしく、俺とのやりとりが円滑になるからと、あの魔法使いはいつもこうして弟子の少年をおつかいに寄越すのだ。
「今だって、猫さんは悲しそうな『色』をしてます。猫さんが大魔女さんと一緒にいるときの『色』を、宙ももう一度見たいです」
「……みゃ、にゃあ!」
「『大丈夫だから心配すんな』です? 猫さんは頑張り屋さんな~? そうだ、猫さんにこれをあげます! 『頑張っている子を見つけたら渡してネ』って、ししょ~が宙に預けてくれました!」
少年は背負い鞄を後ろ手にごそごそ漁ると、コルク栓のはまった小瓶を俺の目の前に置いた。俺の顔の半分程度の大きさしかないそれの中では、星のようにも海辺の砂のようにも見える細かい粒状の何かが、木漏れ日を反射して吸い込まれそうな深夜蒼色にきらきら輝いている。
「それでは、用事が済んだので宙は帰ります! ししょ~やせんぱいの分も、大魔女さんによろしくって伝えておいてください! HaHiHuHeHo~♪」
薬草がいっぱいに詰まった籠を飛行箒の柄に引っ掛け、上機嫌に歌いながら飛び去っていく少年の背中を見送る。
――前夜の魔物大討伐、か。
『ウンテンニーレの夜』、通称『夜宴』。大気や物質に含まれる魔力が一年で最も多くなるその日、街の裏山で魔物たちの宴が開かれる。人間の子どもを食べる習性のある彼らに、街の子どもたちが生贄として連れ去られてしまうことのないよう、国から派遣された退魔師や養成学校の選抜研修生が総出で討伐戦に出向く――確か、そんな忌まわしい行事だったか。特に去年は酷いものだった。山の魔物や街の退魔師だけでなく、その麓の『死の森』に棲む吸血鬼も何故か参戦していたとかで、戦火から距離があるはずのここら一帯の動物が半分ほど高濃度の魔力で酔い潰れていたくらいだ。
そして、あれからいろいろ学んだ今なら分かる。主も、きっとそのときの影響で――。
「……みゃお」
こういうときだけはいつも、猫に生まれたことを神に感謝してしまう。同族の人間と違って、コミュニケーションに言語翻訳というフィルターが加わるからか、あの子でさえ俺の感情を完全には読み取れない。
いや、あるいは……自分の感情を隠しすぎて、俺の方が表出の仕方を忘れてしまっただけかも知れない。俺のことなら何でも分かってくれた主亡き今、俺は俺自身のことを文字通り足と尾の先の黒色しか認識できない。
なぁ主、俺は上手く笑えていたかな。主の口元のザクロ色の曲線は、どうやらこの二山の曲線には真似ができないらしいけれど。
* * *
トントン。
「にぃ……?」
こんな時間に訪ね人とは珍しい。ここから街の方まではそれなりの距離があるため、主の生前の頃は夜まで時間をかけて徒歩でやってくる人も少なくはなかった。しかし、最近は馬車などの交通手段がより手軽に利用できるようになってきたからか、より多くの薬の流通が容易になり、人がここまで薬を取りに来る頻度も減ってきている。
市場に出回らない重病の薬を求める人か、夜型の生活をおくる変わり者か。いずれにせよ客人は歓迎する、それが我が主の教えだ。
「にゃ〜?」
「おや、可愛らしい猫さんだ。確か……大魔女殿の使い魔だったかな?」
「……?」
大きな影の正体は、人だった。夜闇に溶けて曖昧な色のローブを着込み、顔や手足をすっかり覆い尽くしたその姿は、ごく稀に街へ出かけるときの主によく似ている。
「私は旅の者だ。夜分遅くにすまないが、傷薬をひとつ注文してもいいかな?」
「み?」
相手は特に切羽詰まった様子でもないので、身構えた身体はすぐに弛緩する。しかし、このような時間に来るならば宿貸し交渉のひとつくらいはされると思っていたので、あまりに簡素なオーダーに拍子抜けしてしまった。
「あいにく急いでいてね。夜明けまでに街の方まで行かなければならないんだ。あまり大魔女殿に迷惑もかけられないし……そら、こいつで頼むよ」
ローブの人物に半ば無理矢理メモと銀貨をくわえさせられ、眠気の残る意識をなんとか保ちながらしぶしぶ倉庫に引っ込む。夜に来る客人が滅多にいなくなったため最近は減ってきたが、昔はこういう滅茶苦茶な時間と注文で主を困らせる輩も珍しくなかった。どれもこれも、生活実用に特化した薬学を扱う専門家がそう多くないのが悪い。魔力供給や破壊工作などの戦闘に特化した薬品は華があり実入りも良いのは理解できるが、そればかりでは市民生活が成り立たないというのに。
「みゃ〜……にゃあ……?」
それほど時間がかからないと思われた薬探しは、反して難航を極めた。渡されたメモにある傷薬は、ぐらぐら煮立った鍋をかき混ぜる主の真似事を何年か繰り返してきた俺でも試したことのないもので。それは即効性がある代わりに副作用も強く、裏ルートでも年に一本売れるか売れないかくらいの超マイナー商品。記憶を頼りにそれの保管場所を求めて棚から棚へ飛び移り続けること十五分。
ことん。
「にゃん?」
後ろ足に何かが当たる感覚と、軽く硬いものが転がる音。書類と道具で散らかった机の上を振り返ると、倒れた小瓶がふらふらと左右に揺れている。昼間、あの魔法使いの弟子にもらった青い星屑の小瓶だ。人間が着ているローブの色も判別できない闇の中、そのきらきらした小さな星の海は、まるでひと粒ひと粒が満月の光を借りてきたかのように変わらず深い群青の輝きを放っていた。
「みゃあぁ……」
しばしその瞬きに魅了され、ふと我に返る。夜は冷えるし、あまりお客様を待たせてはいけない。探すのはもう少し時間がかかりそうだから、やはり中で待っていてもらおう。
小瓶を前足で弾いて元に戻し、倉庫の入口を振り返る。
「! みぅっ!?」
「やぁ。何を遊んでいるのかな?」
いつの間にかそこに立っていたローブの人物は、後ろ手に倉庫の扉を閉めて柔らかく微笑む。その口元が描く曲線は見知った主のそれと同じ形なのに、底知れぬ邪悪な何かを感じる。主が甘く弾けたザクロの裂け目ならば、こいつは重く爆ぜた火口の割れ目。溶岩は迫る、されど逃げ場はない。
「きみが誤魔化さなくても、もうとっくにみんな知っているよ。この家どころか、静養のために移動したという山奥の別荘からも大魔女殿の魔力は感じない」
――きみの主人は死んだ。強がって代理のようなふりをしていても、本当はひとりじゃ何もできない可哀想な子猫ちゃんを遺して、ね。
「ウゥ……フウゥ……ッ!」
「おぉ、怖い怖い。ご主人様の一割にも満たない力しか無い癖にそんなことしないでよ。あまりのうざったさに殺したくなっちゃうから♪」
「みっ……!」
生前、名のある魔法使いだった主の権力を狙う者は珍しくなかった。この家は主の商売道具だけではなく、『世界を悪い方向に変えかねない』と封印した研究論文も数多く眠っている。だからこそ主亡き後は俺がここを守らなければならなかったし、主がいなくなったことも俺が後を追うまで隠し通すと決めていたのだ。
でも……やはり俺では限界があったのか? 結局俺は主を守ることもできない、守られてばかりの弱いペットにすぎなかったのか?
「グッドボーイ――いや、これは犬にかける言葉だったかな? まぁいいか。おとなしくしていてくれれば命は助けてあげるからね」
倉庫を漁り始めた背中は無防備で、いつでも飛びついて爪を立ててやれる。だから動け、動け俺の足。悔しかったら自分が弱くないと証明してみろ。
……嗚呼。ここに主がいたら。いや、主がいなくても、自分や誰かを守れるくらい強くなれたら。
――主も、いなくならなくて済んだのかな?
いつの間にか、元に戻したはずの小瓶を両前足でしっかり握りしめていた。こんな状況でも、俺よりも小さく頼りないはずの瓶の中は美しく不変の輝きに満ちていて。ぼやけた視界の中心でその光を見つめて、固く透き通ったガラス越しに触れていると、心だけは不思議と救われていくような、そんな気がした。
「HaHa~、猫さんこんにちは! 人の家を訪ねたら挨拶をします! 猫さんは人じゃなくて猫さんだけど、大魔女さんの猫なので!」
「にゃあ……」
少年は飛行箒から降りると、小柄な背丈に不釣り合いなほど大きな三角帽を揺らしながら家の方へ近付いてきた。顔を見るのは久しぶりだが、彼が慕っている退魔師見習いの魔法使いの家は主のお得意様なのでよく覚えている。
「宙はししょ~に頼まれた薬の材料をもらいに来ました! 猫さん、お願いできますか?」
「にゃ!」
少年に差し出された手提げ籠を口にくわえ、家の中の倉庫を目指す。籠の中に入っていた代金を所定の場所に置き、メモ通りの品を代わりに詰め込むのも慣れてきた。何せ主の仕事を長い間ずっと近くで見てきたのだ。物覚えの良さと器用さには自信がある。
「みゃあお」
「HiHi~,ありがとうございます! ……そういえば猫さん、大魔女さんのお加減はどうですか?」
「……みぃ」
「宙は心配です。去年の『夜宴』前夜の魔力の高まりは異常だったからな~? 宙、あのときはずっとお家で寝ていて、大討伐の後処理もあってしばらく会えてない間に、大魔女さんも体調を崩したってししょ~に聞きました」
特殊な感知能力を持つらしい彼は、人の感情や魔力の流れの変化に敏感だ。それは人以外の動物が相手でも例外ではないらしく、俺とのやりとりが円滑になるからと、あの魔法使いはいつもこうして弟子の少年をおつかいに寄越すのだ。
「今だって、猫さんは悲しそうな『色』をしてます。猫さんが大魔女さんと一緒にいるときの『色』を、宙ももう一度見たいです」
「……みゃ、にゃあ!」
「『大丈夫だから心配すんな』です? 猫さんは頑張り屋さんな~? そうだ、猫さんにこれをあげます! 『頑張っている子を見つけたら渡してネ』って、ししょ~が宙に預けてくれました!」
少年は背負い鞄を後ろ手にごそごそ漁ると、コルク栓のはまった小瓶を俺の目の前に置いた。俺の顔の半分程度の大きさしかないそれの中では、星のようにも海辺の砂のようにも見える細かい粒状の何かが、木漏れ日を反射して吸い込まれそうな深夜蒼色にきらきら輝いている。
「それでは、用事が済んだので宙は帰ります! ししょ~やせんぱいの分も、大魔女さんによろしくって伝えておいてください! HaHiHuHeHo~♪」
薬草がいっぱいに詰まった籠を飛行箒の柄に引っ掛け、上機嫌に歌いながら飛び去っていく少年の背中を見送る。
――前夜の魔物大討伐、か。
『ウンテンニーレの夜』、通称『夜宴』。大気や物質に含まれる魔力が一年で最も多くなるその日、街の裏山で魔物たちの宴が開かれる。人間の子どもを食べる習性のある彼らに、街の子どもたちが生贄として連れ去られてしまうことのないよう、国から派遣された退魔師や養成学校の選抜研修生が総出で討伐戦に出向く――確か、そんな忌まわしい行事だったか。特に去年は酷いものだった。山の魔物や街の退魔師だけでなく、その麓の『死の森』に棲む吸血鬼も何故か参戦していたとかで、戦火から距離があるはずのここら一帯の動物が半分ほど高濃度の魔力で酔い潰れていたくらいだ。
そして、あれからいろいろ学んだ今なら分かる。主も、きっとそのときの影響で――。
「……みゃお」
こういうときだけはいつも、猫に生まれたことを神に感謝してしまう。同族の人間と違って、コミュニケーションに言語翻訳というフィルターが加わるからか、あの子でさえ俺の感情を完全には読み取れない。
いや、あるいは……自分の感情を隠しすぎて、俺の方が表出の仕方を忘れてしまっただけかも知れない。俺のことなら何でも分かってくれた主亡き今、俺は俺自身のことを文字通り足と尾の先の黒色しか認識できない。
なぁ主、俺は上手く笑えていたかな。主の口元のザクロ色の曲線は、どうやらこの二山の曲線には真似ができないらしいけれど。
* * *
トントン。
「にぃ……?」
こんな時間に訪ね人とは珍しい。ここから街の方まではそれなりの距離があるため、主の生前の頃は夜まで時間をかけて徒歩でやってくる人も少なくはなかった。しかし、最近は馬車などの交通手段がより手軽に利用できるようになってきたからか、より多くの薬の流通が容易になり、人がここまで薬を取りに来る頻度も減ってきている。
市場に出回らない重病の薬を求める人か、夜型の生活をおくる変わり者か。いずれにせよ客人は歓迎する、それが我が主の教えだ。
「にゃ〜?」
「おや、可愛らしい猫さんだ。確か……大魔女殿の使い魔だったかな?」
「……?」
大きな影の正体は、人だった。夜闇に溶けて曖昧な色のローブを着込み、顔や手足をすっかり覆い尽くしたその姿は、ごく稀に街へ出かけるときの主によく似ている。
「私は旅の者だ。夜分遅くにすまないが、傷薬をひとつ注文してもいいかな?」
「み?」
相手は特に切羽詰まった様子でもないので、身構えた身体はすぐに弛緩する。しかし、このような時間に来るならば宿貸し交渉のひとつくらいはされると思っていたので、あまりに簡素なオーダーに拍子抜けしてしまった。
「あいにく急いでいてね。夜明けまでに街の方まで行かなければならないんだ。あまり大魔女殿に迷惑もかけられないし……そら、こいつで頼むよ」
ローブの人物に半ば無理矢理メモと銀貨をくわえさせられ、眠気の残る意識をなんとか保ちながらしぶしぶ倉庫に引っ込む。夜に来る客人が滅多にいなくなったため最近は減ってきたが、昔はこういう滅茶苦茶な時間と注文で主を困らせる輩も珍しくなかった。どれもこれも、生活実用に特化した薬学を扱う専門家がそう多くないのが悪い。魔力供給や破壊工作などの戦闘に特化した薬品は華があり実入りも良いのは理解できるが、そればかりでは市民生活が成り立たないというのに。
「みゃ〜……にゃあ……?」
それほど時間がかからないと思われた薬探しは、反して難航を極めた。渡されたメモにある傷薬は、ぐらぐら煮立った鍋をかき混ぜる主の真似事を何年か繰り返してきた俺でも試したことのないもので。それは即効性がある代わりに副作用も強く、裏ルートでも年に一本売れるか売れないかくらいの超マイナー商品。記憶を頼りにそれの保管場所を求めて棚から棚へ飛び移り続けること十五分。
ことん。
「にゃん?」
後ろ足に何かが当たる感覚と、軽く硬いものが転がる音。書類と道具で散らかった机の上を振り返ると、倒れた小瓶がふらふらと左右に揺れている。昼間、あの魔法使いの弟子にもらった青い星屑の小瓶だ。人間が着ているローブの色も判別できない闇の中、そのきらきらした小さな星の海は、まるでひと粒ひと粒が満月の光を借りてきたかのように変わらず深い群青の輝きを放っていた。
「みゃあぁ……」
しばしその瞬きに魅了され、ふと我に返る。夜は冷えるし、あまりお客様を待たせてはいけない。探すのはもう少し時間がかかりそうだから、やはり中で待っていてもらおう。
小瓶を前足で弾いて元に戻し、倉庫の入口を振り返る。
「! みぅっ!?」
「やぁ。何を遊んでいるのかな?」
いつの間にかそこに立っていたローブの人物は、後ろ手に倉庫の扉を閉めて柔らかく微笑む。その口元が描く曲線は見知った主のそれと同じ形なのに、底知れぬ邪悪な何かを感じる。主が甘く弾けたザクロの裂け目ならば、こいつは重く爆ぜた火口の割れ目。溶岩は迫る、されど逃げ場はない。
「きみが誤魔化さなくても、もうとっくにみんな知っているよ。この家どころか、静養のために移動したという山奥の別荘からも大魔女殿の魔力は感じない」
――きみの主人は死んだ。強がって代理のようなふりをしていても、本当はひとりじゃ何もできない可哀想な子猫ちゃんを遺して、ね。
「ウゥ……フウゥ……ッ!」
「おぉ、怖い怖い。ご主人様の一割にも満たない力しか無い癖にそんなことしないでよ。あまりのうざったさに殺したくなっちゃうから♪」
「みっ……!」
生前、名のある魔法使いだった主の権力を狙う者は珍しくなかった。この家は主の商売道具だけではなく、『世界を悪い方向に変えかねない』と封印した研究論文も数多く眠っている。だからこそ主亡き後は俺がここを守らなければならなかったし、主がいなくなったことも俺が後を追うまで隠し通すと決めていたのだ。
でも……やはり俺では限界があったのか? 結局俺は主を守ることもできない、守られてばかりの弱いペットにすぎなかったのか?
「グッドボーイ――いや、これは犬にかける言葉だったかな? まぁいいか。おとなしくしていてくれれば命は助けてあげるからね」
倉庫を漁り始めた背中は無防備で、いつでも飛びついて爪を立ててやれる。だから動け、動け俺の足。悔しかったら自分が弱くないと証明してみろ。
……嗚呼。ここに主がいたら。いや、主がいなくても、自分や誰かを守れるくらい強くなれたら。
――主も、いなくならなくて済んだのかな?
いつの間にか、元に戻したはずの小瓶を両前足でしっかり握りしめていた。こんな状況でも、俺よりも小さく頼りないはずの瓶の中は美しく不変の輝きに満ちていて。ぼやけた視界の中心でその光を見つめて、固く透き通ったガラス越しに触れていると、心だけは不思議と救われていくような、そんな気がした。