暗転
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それから暫くつゆは銀時に会わなかった。
同じ町に住んでいる為か何かと何処かで会うのだが、その度に意地の悪いことをする。
そういう人なのだ。
昔から。
その銀時が変わったのはそれから間もなく川原では沈丁花がにおいはじめる頃だった。
新八のいうことに記憶をなくしたらしい。
記憶をなくした銀時の変化は恐ろしくまるで別人であった。
意地の悪いことを一切言わない。しない。
つゆにもよくしてくれる。
それは天地がひっくり返るような驚きだった。
会えば何かと真っ直ぐな目をして気にかけてくれる銀時に
「随分と違うから戸惑うの」
そう話すと銀時は言うのだった。
「変わってないよ。僕は。昔から」
と。
だからつゆが自分から「遊ぼう」などと言って自分でしかも銀時と出掛けて行くのは驚くべき変化だった。
「遊ぼう」
もうすぐ終わるの。
お昼を済ませたのであとは一件、町外れの屋敷で薬の減りを確認して終わり。
「今出るよ。僕も手伝うから」
肩越しにそう言いおいてすぐ、銀時が廊下の奥へ消えた。
それに続いて、足早にその場を去る新八が廊下の奥で立ち止まり、こちらへにっこりと笑ってから引っ込んだ。
顔を洗い、支度する銀時の姿をもう何度も不審に見つめてきた新八はついに問うた。
「いつまで続ける気でいるんですか?」
つゆが来て、あるいは銀時が訪れては遊びに出掛けてゆく。
まるでずっとそうだったみたいに仲がいい。
「あんた、とっくに戻ってるでしょう」
仕事中すっぽ抜けた記憶が戻ったこと。
そのことをつゆだけが知らない。
それがどういうつもりなのか、彼の態度といったらこう。
「戻るも何も変わってねえよ。俺ァ」
そう言い切るのだった。
朝の陽射しは斜めに伸びて玄関口の床に光っていた。
間もなく出てきた新八が居間へ消え、ふとまた廊下へ顔を出す。
それが何か言いたそうなふうで、いつだったかつゆがこんなことをきいた時の様子と似ていた。
「あの人、ほんとに銀なの?」
「え……____と、どの人でしょう」
「銀のこと。戻れないの?」
何か言いたげに表情を堅くした新八は間もなく目だけでつゆを見た。
するとその目に映ったつゆの顔つきは、見れば見るほどほんのりと微笑が灯ってゆき
「嬉しそうですね」
と新八は認めた。
それからつゆは聞いていない。
銀時のことを。
そして今、口をひらいたのは新八の方だった。
「何か、変じゃないですか? 銀さん」
「変? ____どんなふうに?」
困ったように首を触りながら沈黙する新八の次の言葉に、つゆは黙って耳を澄ませた。
銀時に足音はなかった。
新八の横を過ぎながら伸ばした腕で、銀時はつゆを引き歩いて外へ出た。
「留守にする」
と言いおいて。
「銀」
二度目の呼びかけで、彼は足も止めて振り向いた。
「こっちだよ」
後方を指して言うつゆはおおきな公園に向かいたかった。
「お祭りがあるの」
微動だにしなかったがやがて「ああ」と口にした銀時の顔はにっこりとして機嫌がいい。
「行こう」
銀時が記憶をなくしてもう一年が経っていた。
「屯所の仕事、今日で最後だったんだろう?」
「うん」
「明日からの予定は?」
「今まで通り。薬を売り歩くの」
今日の仕事を終えた人人が柳の下で甘酒を飲んでいる。
ふと馴染みの客である店の門番と目が合って、微笑して過ぎ去ったつゆを銀時は見逃さなかった。
不意に手を引かれ、つゆは風を追うように前を見た。
あの廃寺での日がふと重なった。
戦に出られる人間でもないのにそこにいたつゆの手を引いて銀時が連れて来たのは寺の一番奥だった。
「必要なら、俺が本でも何でも持ってくる。だから此処にいろ。逃げたらわかってんだろうなァ」
半ば脅しだった。
それから洞窟に連れて行かれた事もあった。
「ここなら安全だからよ、逃げんなよ、俺から」
逃げる時、何かを決意した時。
彼に手を引かれるのはそういう時だった。
だからつゆの中に、そういう緊張が細く伸びていた。
立ち止まり、振り向いた銀時がほんの一瞬笑った。
上背は恐ろしく静かに高く、その向こうに迫る空がただ真っ赤に燃えていた。
今まで抑えていながらも少しずつ積み重なっていった影。
また積み重なって、その時ほんの僅かに溢れた瞬間、全てが零れた。
つゆを解決してくれるのは書物で、それを彼女は持っていて、話し相手もいる。
じゃあ、俺は?
仲間という名の鎖を離さないでいるだけ。
それでは足りず、ずっと退かなかった場所から目をつぶり、化けて出るだけ。
その名を呼ぶだけ。
"目が合うだけで微笑する人間"と仲を深めてゆくつゆのことを。
そんな人間のいる日常を生きるつゆのことを。
こっちは退く気などさらさらないというのに。
「どんなだった?」
銀時が問うた。
つゆから見て、僕はどんなだった?
つゆは即答した。
「感じが悪かった」
そしてそれはそれほどつめたく響かない。
「いつもなにかしようとしてこっちへ来るからすごく困ってた」
すごくというところに力を込めて言い切ったつゆはでも、と思う。
「仲間だと思ってた」
だから、とつゆは思う。
「少しさみしいな」
つゆは困ったように笑った。
「思い出してしまったら。今はこんなに楽しいのに」
近くの紅い柳がやわらかな夕風に流れ、つゆの長い髪をさらった。
「俺と一緒になってくれる?」
つゆは百年遅れで首をかしげた。
「俺?」
と、かろうじてわらう。
「つゆが好きだ」
逆光でよく見えない。
けれど真面目な真っ直ぐな声をしている。
「わたしも好きだよ」
「俺は愛してる」
銀時の表情は僅かにも動かない。
気配だけでそれがわかった。
突然の告白に戸惑ったが、言い切れることがある。
「銀はわたしを少なくとも好きじゃなかったし、わたしは銀を好きじゃなかった」
今を大事にしたい気持ちはある。
しかし忘れてはいけない。
「銀は忘れたままでいいのかな。町の人達のこと」
「つゆもこっちにくれば? 仕事は色々ある」
「わたしは、薬のこと以外さっぱりだから。それに、結構楽しいの」
辺りが昏黒に染まりはじめ、こちらを向いている銀時の顔が見えた。
風に吹かれる前髪の隙間から紅いそうぼうが覗いている。
「色んな人に会って、くすりの他にも知れるから」
「へえ。色んな人」
「銀と話すみたいに話せたらいいんだけど」
「もっと話したいの? その色んな人と」
目を伏せる間にも色んな人の顔が浮かぶ。
つゆの顔には微笑が灯っていた。
「帰ろっか」
安心な銀時のその声につゆが睫毛を伏せたその時だった。
腹に硬い何かが打ち当たり、目の前が真っ暗になった。
「つゆの帰路はこっちだから」
同じ町に住んでいる為か何かと何処かで会うのだが、その度に意地の悪いことをする。
そういう人なのだ。
昔から。
その銀時が変わったのはそれから間もなく川原では沈丁花がにおいはじめる頃だった。
新八のいうことに記憶をなくしたらしい。
記憶をなくした銀時の変化は恐ろしくまるで別人であった。
意地の悪いことを一切言わない。しない。
つゆにもよくしてくれる。
それは天地がひっくり返るような驚きだった。
会えば何かと真っ直ぐな目をして気にかけてくれる銀時に
「随分と違うから戸惑うの」
そう話すと銀時は言うのだった。
「変わってないよ。僕は。昔から」
と。
だからつゆが自分から「遊ぼう」などと言って自分でしかも銀時と出掛けて行くのは驚くべき変化だった。
「遊ぼう」
もうすぐ終わるの。
お昼を済ませたのであとは一件、町外れの屋敷で薬の減りを確認して終わり。
「今出るよ。僕も手伝うから」
肩越しにそう言いおいてすぐ、銀時が廊下の奥へ消えた。
それに続いて、足早にその場を去る新八が廊下の奥で立ち止まり、こちらへにっこりと笑ってから引っ込んだ。
顔を洗い、支度する銀時の姿をもう何度も不審に見つめてきた新八はついに問うた。
「いつまで続ける気でいるんですか?」
つゆが来て、あるいは銀時が訪れては遊びに出掛けてゆく。
まるでずっとそうだったみたいに仲がいい。
「あんた、とっくに戻ってるでしょう」
仕事中すっぽ抜けた記憶が戻ったこと。
そのことをつゆだけが知らない。
それがどういうつもりなのか、彼の態度といったらこう。
「戻るも何も変わってねえよ。俺ァ」
そう言い切るのだった。
朝の陽射しは斜めに伸びて玄関口の床に光っていた。
間もなく出てきた新八が居間へ消え、ふとまた廊下へ顔を出す。
それが何か言いたそうなふうで、いつだったかつゆがこんなことをきいた時の様子と似ていた。
「あの人、ほんとに銀なの?」
「え……____と、どの人でしょう」
「銀のこと。戻れないの?」
何か言いたげに表情を堅くした新八は間もなく目だけでつゆを見た。
するとその目に映ったつゆの顔つきは、見れば見るほどほんのりと微笑が灯ってゆき
「嬉しそうですね」
と新八は認めた。
それからつゆは聞いていない。
銀時のことを。
そして今、口をひらいたのは新八の方だった。
「何か、変じゃないですか? 銀さん」
「変? ____どんなふうに?」
困ったように首を触りながら沈黙する新八の次の言葉に、つゆは黙って耳を澄ませた。
銀時に足音はなかった。
新八の横を過ぎながら伸ばした腕で、銀時はつゆを引き歩いて外へ出た。
「留守にする」
と言いおいて。
「銀」
二度目の呼びかけで、彼は足も止めて振り向いた。
「こっちだよ」
後方を指して言うつゆはおおきな公園に向かいたかった。
「お祭りがあるの」
微動だにしなかったがやがて「ああ」と口にした銀時の顔はにっこりとして機嫌がいい。
「行こう」
銀時が記憶をなくしてもう一年が経っていた。
「屯所の仕事、今日で最後だったんだろう?」
「うん」
「明日からの予定は?」
「今まで通り。薬を売り歩くの」
今日の仕事を終えた人人が柳の下で甘酒を飲んでいる。
ふと馴染みの客である店の門番と目が合って、微笑して過ぎ去ったつゆを銀時は見逃さなかった。
不意に手を引かれ、つゆは風を追うように前を見た。
あの廃寺での日がふと重なった。
戦に出られる人間でもないのにそこにいたつゆの手を引いて銀時が連れて来たのは寺の一番奥だった。
「必要なら、俺が本でも何でも持ってくる。だから此処にいろ。逃げたらわかってんだろうなァ」
半ば脅しだった。
それから洞窟に連れて行かれた事もあった。
「ここなら安全だからよ、逃げんなよ、俺から」
逃げる時、何かを決意した時。
彼に手を引かれるのはそういう時だった。
だからつゆの中に、そういう緊張が細く伸びていた。
立ち止まり、振り向いた銀時がほんの一瞬笑った。
上背は恐ろしく静かに高く、その向こうに迫る空がただ真っ赤に燃えていた。
今まで抑えていながらも少しずつ積み重なっていった影。
また積み重なって、その時ほんの僅かに溢れた瞬間、全てが零れた。
つゆを解決してくれるのは書物で、それを彼女は持っていて、話し相手もいる。
じゃあ、俺は?
仲間という名の鎖を離さないでいるだけ。
それでは足りず、ずっと退かなかった場所から目をつぶり、化けて出るだけ。
その名を呼ぶだけ。
"目が合うだけで微笑する人間"と仲を深めてゆくつゆのことを。
そんな人間のいる日常を生きるつゆのことを。
こっちは退く気などさらさらないというのに。
「どんなだった?」
銀時が問うた。
つゆから見て、僕はどんなだった?
つゆは即答した。
「感じが悪かった」
そしてそれはそれほどつめたく響かない。
「いつもなにかしようとしてこっちへ来るからすごく困ってた」
すごくというところに力を込めて言い切ったつゆはでも、と思う。
「仲間だと思ってた」
だから、とつゆは思う。
「少しさみしいな」
つゆは困ったように笑った。
「思い出してしまったら。今はこんなに楽しいのに」
近くの紅い柳がやわらかな夕風に流れ、つゆの長い髪をさらった。
「俺と一緒になってくれる?」
つゆは百年遅れで首をかしげた。
「俺?」
と、かろうじてわらう。
「つゆが好きだ」
逆光でよく見えない。
けれど真面目な真っ直ぐな声をしている。
「わたしも好きだよ」
「俺は愛してる」
銀時の表情は僅かにも動かない。
気配だけでそれがわかった。
突然の告白に戸惑ったが、言い切れることがある。
「銀はわたしを少なくとも好きじゃなかったし、わたしは銀を好きじゃなかった」
今を大事にしたい気持ちはある。
しかし忘れてはいけない。
「銀は忘れたままでいいのかな。町の人達のこと」
「つゆもこっちにくれば? 仕事は色々ある」
「わたしは、薬のこと以外さっぱりだから。それに、結構楽しいの」
辺りが昏黒に染まりはじめ、こちらを向いている銀時の顔が見えた。
風に吹かれる前髪の隙間から紅いそうぼうが覗いている。
「色んな人に会って、くすりの他にも知れるから」
「へえ。色んな人」
「銀と話すみたいに話せたらいいんだけど」
「もっと話したいの? その色んな人と」
目を伏せる間にも色んな人の顔が浮かぶ。
つゆの顔には微笑が灯っていた。
「帰ろっか」
安心な銀時のその声につゆが睫毛を伏せたその時だった。
腹に硬い何かが打ち当たり、目の前が真っ暗になった。
「つゆの帰路はこっちだから」