暗転
空欄の場合はつゆになります
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それから数日後のことだ。
雨の降りはじめた町はにび色に暗転し、昼前の活気が静まっていた。
柳の蒼い漏れ日の気持ちよかった川沿いは雨の静寂を連れてひっそりとしている。
新八に頼まれて用意した薬箱を持って向かう途中だったつゆは橋の下に留まり暫くの宿にした。
頭上の往来は、いよいよ傘を差して歩く人ばかりとなり、人の足音も少ない。
同じように雨宿りをしていた桂は何処か遠くを見るような顔で
「つゆ」
と声を響かせた。
そして少し笑って目を伏せる。
「お前は本当に足音がしないな」
その間、まんじりとも動かなかったつゆは彼を横目で一瞥する。
「銀時に会ったか?」
「万事屋まで行くところなの」
「そうか。多勢に足の一本を負傷したらしい。大方良くなったそうだが____薬もまともに買えていないだろう。これで痛み止めのひとつでも多くくれてやれ」
そう言って随分と多い代金を渡すとこんなことを言う。
「ところで、橋の下というのは俺のような者が通ることも多くある。取引をしたりな。お前のようにまるで足音がしないと聞かなくていい話を聞いてしまうかもしれぬ。世の中、横切る猫でさえ斬りつけるような奴らもいる。気をつけろよ」
そう言って雨の弱まる前に橋の下を出て行った。
桂とまともにこんなに話すのは初めてだった。
学童の頃は誰かと話そうとするといつも邪魔が入る。
言葉巧みに人を連れて行ってしまう銀時の肩越しに振り向いた意地の悪い勝ち誇ったかのような顔をよく覚えている。
つゆはひとりだった。
店から万事屋までといったら町の端から端を行くことになる。
町の中程を超えて、じきに万事屋というところで団子屋の前掛けをした新八が軒下で作業しているのを見かけた。
彼はこちらへ気づくと木槌を持ったまま駆け寄った。
「すみません、留守だったでしょう。銀さんがいるんですけど、あの人多分寝てて」
もう来たものだと勘違いしたまま、彼は申し訳なさそうに続けた。
「開いてると思うんで、良ければ中で待っててください。美味しいお菓子があるんですよ。薬はあの人の枕元にでも置いて置いて貰えると有難いんですが____本当にすみません。起きたら勝手に飲むと思うんで」
新八の額に、汗だか雨だか分からない雫が静かに光っていた。
万事屋へと続く階段は剥き出しの鉄板で、雨の音がよく響いた。
明り取りの小窓から一瞬うめき声のような音が聞こえたような気がした。
打つ雨は油紙を裂いたような容赦のない音で、そこら中に落ちてくる。
それを聞くともなしにつゆは裸足であがった。
居間を踏むと、おおらかな風が顔中に当たり、つゆは目睫をひらいたままそれを受けた。
風の通りを作っているのだろう。
居間の窓がひとつ大きく開け放されていて、そこから吹く風が一室の戸の隙間へ抜けてゆく。
うめき声のような苦しげな息がきこえたのはそこからだった。
「つゆ____……っ」
と。
戦で負傷した時でさえ、そんな声はあげなかった。
一瞬走った緊張を感じながら、つゆは襖の向こうへすべり込んだ。
四畳半に敷かれた布団の上で半身を起こしている銀時の黒い背中。
汗をかいている。
「つゆ……っ」
股間に手を置いて彼が鼻に当てている羽織をよく見ればそれはつゆの忘れていったものだった。
「ヤベ……____ヨダレ……」
つゆの羽織と銀時の口元の間に透明なよだれが糸を引く。
「は……ァけど、……っ全然つゆのにおいのが濃……」
羽織に鼻を埋めて振り向いた銀時の顔。
「濃……ぃ」
互いに視線を交わし、きりもなく降りる雨の音がやけに強い。
先に動いたのはつゆだった。
「くすり____効くかな」
薬箱を足元に慎重に置き、そろりと後ろへ下がる。
「____……」
じゃあ、とか、また、とかもなしにつゆは襖を閉めるのも忘れて後にした。
雨の降りはじめた町はにび色に暗転し、昼前の活気が静まっていた。
柳の蒼い漏れ日の気持ちよかった川沿いは雨の静寂を連れてひっそりとしている。
新八に頼まれて用意した薬箱を持って向かう途中だったつゆは橋の下に留まり暫くの宿にした。
頭上の往来は、いよいよ傘を差して歩く人ばかりとなり、人の足音も少ない。
同じように雨宿りをしていた桂は何処か遠くを見るような顔で
「つゆ」
と声を響かせた。
そして少し笑って目を伏せる。
「お前は本当に足音がしないな」
その間、まんじりとも動かなかったつゆは彼を横目で一瞥する。
「銀時に会ったか?」
「万事屋まで行くところなの」
「そうか。多勢に足の一本を負傷したらしい。大方良くなったそうだが____薬もまともに買えていないだろう。これで痛み止めのひとつでも多くくれてやれ」
そう言って随分と多い代金を渡すとこんなことを言う。
「ところで、橋の下というのは俺のような者が通ることも多くある。取引をしたりな。お前のようにまるで足音がしないと聞かなくていい話を聞いてしまうかもしれぬ。世の中、横切る猫でさえ斬りつけるような奴らもいる。気をつけろよ」
そう言って雨の弱まる前に橋の下を出て行った。
桂とまともにこんなに話すのは初めてだった。
学童の頃は誰かと話そうとするといつも邪魔が入る。
言葉巧みに人を連れて行ってしまう銀時の肩越しに振り向いた意地の悪い勝ち誇ったかのような顔をよく覚えている。
つゆはひとりだった。
店から万事屋までといったら町の端から端を行くことになる。
町の中程を超えて、じきに万事屋というところで団子屋の前掛けをした新八が軒下で作業しているのを見かけた。
彼はこちらへ気づくと木槌を持ったまま駆け寄った。
「すみません、留守だったでしょう。銀さんがいるんですけど、あの人多分寝てて」
もう来たものだと勘違いしたまま、彼は申し訳なさそうに続けた。
「開いてると思うんで、良ければ中で待っててください。美味しいお菓子があるんですよ。薬はあの人の枕元にでも置いて置いて貰えると有難いんですが____本当にすみません。起きたら勝手に飲むと思うんで」
新八の額に、汗だか雨だか分からない雫が静かに光っていた。
万事屋へと続く階段は剥き出しの鉄板で、雨の音がよく響いた。
明り取りの小窓から一瞬うめき声のような音が聞こえたような気がした。
打つ雨は油紙を裂いたような容赦のない音で、そこら中に落ちてくる。
それを聞くともなしにつゆは裸足であがった。
居間を踏むと、おおらかな風が顔中に当たり、つゆは目睫をひらいたままそれを受けた。
風の通りを作っているのだろう。
居間の窓がひとつ大きく開け放されていて、そこから吹く風が一室の戸の隙間へ抜けてゆく。
うめき声のような苦しげな息がきこえたのはそこからだった。
「つゆ____……っ」
と。
戦で負傷した時でさえ、そんな声はあげなかった。
一瞬走った緊張を感じながら、つゆは襖の向こうへすべり込んだ。
四畳半に敷かれた布団の上で半身を起こしている銀時の黒い背中。
汗をかいている。
「つゆ……っ」
股間に手を置いて彼が鼻に当てている羽織をよく見ればそれはつゆの忘れていったものだった。
「ヤベ……____ヨダレ……」
つゆの羽織と銀時の口元の間に透明なよだれが糸を引く。
「は……ァけど、……っ全然つゆのにおいのが濃……」
羽織に鼻を埋めて振り向いた銀時の顔。
「濃……ぃ」
互いに視線を交わし、きりもなく降りる雨の音がやけに強い。
先に動いたのはつゆだった。
「くすり____効くかな」
薬箱を足元に慎重に置き、そろりと後ろへ下がる。
「____……」
じゃあ、とか、また、とかもなしにつゆは襖を閉めるのも忘れて後にした。