織太短編

「どアホ。ちゃうわ。早よ言わんかい」
太宰は震えた。
織田のドスの効いた声は西日本特有の訛りがあり。
普段の雰囲気とは違う彼に、胸が高鳴ったのだった。


————————食い倒れラプソディ————————


織田の古巣はオオサカだ。
太宰は無論、それを知っていた。だが、彼にどうしてヨコハマに来たのか、過去は具体的にどうだったかは聞いていない。
詮索をして鬱陶しがられるのは耐えられなかったからだ。
だが、彼の側面は気になる。そんな時に、首領から丁度良い案件が降ってきた。
「簡単に言えば、オオサカ出張さ」
太宰はいつものバーで楽しそうに織田に言った。
織田は、そうか、とただ頷いた。安吾は眩暈がした。態々幹部が出しゃばるような案件では無いのに、太宰は行くという。
「織田さん、いいんですか。何か聞かなくて」
助け舟を出したが、織田は首を傾げた。
「太宰が言うなら、何も心配いらないだろう」
それを聞いた太宰は上機嫌になった。安吾は馬に蹴られたくなかったので、沈黙した。

オオサカの新世界に、マフィアの情報が流れたという。
SDカードに保存されたそれを回収するのが目的だ。持ち逃げした裏切り者はすでに養豚場で新たな使い道をされたと聞く。
ただ、SDカードだけが巡り巡って、どこにあるのかが不明だ。
当初裏切り者が吐いた情報では誰それに渡したというが、その者の手から離れたと言うことだった。
とにかく、まずはオオサカの同業者に優しく聞くところからがスタートだ。
「まずは、何を食べる?織田作」
夜の新世界では、特に太宰の格好は問題にならなかった。彼より怪しい人間が山のようにおり、太宰でさえ目を見開いてあれで歩いて大丈夫なのかと問うたくらいだった。
二人でまずはぶらぶらと新世界の看板をくぐると、彼は目を輝かせて言った。
「このあたりは高いぞ」
店を間違えれば予算の桁を超えた請求をされるのがこの街だ。
「私を誰だと思っているんだい。森さんからお小遣いはもらってるさ」
太宰はカードをサッと取り出した。もらった、と言うよりはくすねたのだろう。
ただ、織田は、それなら構わないか、と、適当な店を選んだ。
串カツの店だ。織田は昔、ナンバの串カツ屋によく通ったと言う。オオサカの串カツにハズレはない、と彼は断言した。
太宰が食べてみればなるほど、と唸った。
衣はサクッとしており軽やかだ。素材の味が活きており、かつ、ソースにとてもよくあう。何本でも食べれそうだよ、と笑えば、織田も目を細めた。
日本酒も二人でお猪口を分け合って飲んだ。そうこうするうちに、いつものように話は盛り上がりー深夜となった。帰りぎわに、彼は店主に、おあいそを、と言った。
「おあいそ」
太宰はポツリと呟いた。何のことだろうかと思っていると、店主が、おおきに、と言いながら会計のシートを持ってきた。
なるほど、と太宰は唸った。関西弁か。ただ、織田のそれから聞くと、謎の胸の高鳴りを覚えた。自身も時たま狙ってー例えば美女を口説く時とか—-ズーズー弁を使う時がある。その時には何が良いのかわからなかったが、これは、と思った。
「どうした」
織田が不思議そうな顔をした。太宰は、ううん、と上の空で、店主にカードを渡した。
そして店の暖簾をググる時、織田は「ごっそさん」と店主に言った。
太宰は何も言えず、織田の服の端を、ぎゅっと掴んだ。
「…どうした?さっきから」
「何でもない、何でもないのだけど…!」
無意識に、古巣の言葉に引っ張られている彼に、太宰は悶絶していた。

太宰はぼんやりとのらりくらりとしているように見えるが、仕事はきっちりこなすタイプである。
今回も日本酒で酔ってはいたが、目的地にまでスラスラと太宰は歩いた。
土地勘のある人間でさえ迷うような新世界を、ビルの隙間を縫うように歩き、廃墟のようなビルに辿り着いた。
「ここか」
織田はジャケットから愛用の拳銃を取り出し、チェックをした。太宰は、うん、と笑った。
「一番上だよ、織田作。私がいたら私の異能が邪魔になるだろうから、ここで待ってる」
にへら、と太宰は、まるでデヱト中に一旦別れる時のように微笑む。彼にとっては、今晩もそうなのだろう。
「わかった。…すぐ戻る」
織田は、くしゃりと太宰の髪を撫でた。
そのまま、ビルへと入っていく。
程なくして、新世界のネオンが煌めく街で銃声が響いた。

古びた階段を登る。カツンカツンという音は、織田にも聞こえているだろう。
待ってると言いながら、太宰が待ちきれないことは、織田も承知の上だったのだろう。多くの倒れた人間を踏み越え、ひょっこり顔を出した太宰に、織田は何も言わなかった。
「彼だね」
太宰は静かに言った。
織田の向ける拳銃の先には、拘束された男がいた。
「なんや、まだおったんか。そっちからやればよかったわ」
男が唸るように言う。
太宰の目は冷ややかだ。太宰の身を傷つけることは、織田が決して許さないことに気づいていない。
「あ?余計なクチ叩くなアホ。他に言わなアカンことあるやろうが」
織田が切れたように言った。
太宰は目を見開いた。織田が、訛りながら相手を詰問している。
「せやから、もう言うたわ。アレならこのビルの5階にあるて。それしか知らんわ」
男は唾を吐きながら言った。
織田は相手の足を狙うかのように一発撃った。
「どアホ。ちゃうわ。早よ言わんかい————計画したやつが居るやろうが」
「せやから言うとるやろ!知らんわ!ワシらかて、ようわからんまま、アレ守っとったんや!こっちこそ、話がちゃうて言いたいー」
「誰に、言いたいって?」
太宰がすっと割って入った。かかった、と太宰はうっすらと笑みを浮かべた。
SDカードは回収する。そして、元凶が誰かをも突き止める。
マフィアは決して裏切り者を許さない。


新世界から15分も歩けば、娑婆のウメダである。
ウメダのホテルの最上階に着くと、太宰は、疲れた、と言ってダブルベットに飛び込んだ。
SDカードは胸ポケットにしまってある。元凶が誰かも判明した。あとはマフィアの部隊を派遣すれば良いだけだ。おそらく、蛞蝓を使うまでの相手でも無さそうだった。
「先にシャワー浴びてくるか?」
織田はホテルの冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを飲んだ。それをそのまま太宰に手渡すと、太宰はありがと、と受け取った。
水を一口飲んだ後太宰は、シャワーねぇと呟いた。
「シャワー、浴びなくても良い?…どうせ、後でも入るでしょ」
「———-俺は構わないが」
織田が太宰が大の字で寝転んでいるベッドに座って言った。
つまらないなぁと太宰は思う。彼の訛りは、気づけばすっかりどこかへ消えてしまった。
すん、としている太宰に何を思ったのか、織田は宥めるように彼の頬を撫でた。
「疲れているなら、無理はするな。もう寝よう」
「違う。そうじゃなくてーそうじゃないのだよ。その…」
折角二人でオオサカまで来て、仲良く隣で眠るだけなんて太宰は考えたくもなかった。
ただ、一つだけ、わがままを言うことにした。
「言葉。…訛っている君って、珍しいよね」
「?ああ、こっちに戻ると、引っ張られるものなんだな」
織田は無意識だったらしい。指摘されて、初めて気づいたという顔をした。
「その、言葉を、———訛ったままで、何か言ってよ、織田作」
なんて恥ずかしいことを言っているのか。太宰は半分枕に顔を埋めて言った。
耳が熱い。
織田はしばし無言になった。間があってから、彼は言った。
「かわええな」
太宰は撃沈した。
「っそ、そういうところだよ織田作!?」
カバリと跳ね起きると、悪戯が成功したみたいに愉快そうに笑っている織田がいた。
「間違えたか」
「っ…そうじゃ、ない、けど」
織田が太宰の腰を引き寄せた。顔は唇がギリギリつかないような位置で止まった。
「————ほんまに、このままでええんやな?」
太宰が目を伏せて頷くと、織田の唇が太宰のそれに触れた。深くなるのと同時に、体がふかふかのベッドに沈んだ。


「最高だった。また行きたい」
情報部に、たこ焼き味のスナックを持って現れた太宰は、坂口に開口一番そう言った。
「守備よく運んでよかったですね。お土産もありがとうございます」
坂口は嫌な予感がしてお土産だけ貰うと、会話を切り上げるべく書類に目を通した。
「聞いてよ、織田作がさ」
「今晩聞いてあげますから」
「オオサカ弁で」
「ですから!夜に聞いてあげますから!」
坂口が必死に防衛戦を張るも、幹部には全く効かなかった。


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