ヒバ山

ハッピーバレンタイン


「ヒバリ…それ…」

応接室に入って、オレは呆然とした。
可愛い小箱がギッシリと、今にも溢れ出しそうな紙袋。それが、部屋の隅でハートを撒き散らしていたのだ。
「君こそ何それ」
「あ、えっと……」
口をへの字に曲げたヒバリにハッとして、両手の荷物を後ろに隠す。
「これは、いつの間にか机とかロッカーに入ってて」
「言い訳かい?」
「うっ……」
思わず言葉を詰まらせた。
咬み殺される?と、身構えたが、
「まあどうでもいいけど。座れば?僕も休憩するところだし」
「え……あ、うん」
ヒバリはまるで気にしてないそぶりで、隣のキッチンへと消えてしまった。
オレは拍子抜けして、のろのろとソファーに腰を下ろす。
部屋の隅に目をやれば、たくさんのキモチの力強さに、見ているだけで胃が重くなった。


今日は2月14日。
世間でいう、バレンタインデーだ。



ヒバリは、並盛最恐と恐れられているけど、実はすごく優しい。
……って事に気づいてるヒトが、こんなに!?

ドクリ。
不安が脈打つ。

オレとヒバリは、付き合っている。
それは誰にも内緒だけど、とても幸せで。
だから、ダチだから深い意味はないとか、気付かないうちに置かれてたりとかで受け取ってしまったこのチョコに、少し罪悪感を感じたりもすんだけど。
……ヒバリはどうなのかな。
ヒバリは貰っても突っ返しそうだ、なんて勝手に思ってた。まさかあんなに受け取るなんて。

それに。

オレのはダチのノリだとしても、ヒバリのってやっぱ本命だよなぁ。
そういやツナも、最近ヒバリさん丸くなったよね~とか言ってたし!
そりゃああんだけカッコよくて優しかったら惚れるのも無理ねーよな♪
分かるぜ、オレもヒバリのそういうとこが……

……って、そうじゃなくてちょっと待て。
共感してる場合じゃねーだろ。

本命……本命!?
そん中にヒバリがすっげー好みの人がいたらどーすんだよ!オレなんかよりヒバリに似合う人なんてたくさんいんだろ!
え…やばくね…?どうしよう……。

「ハイ」
「あ…」

コトリ、と、優しい音。
立ち上る湯気と、甘く広がるココアの香り。
「サンキューなヒバリ」
いつの間にか目の前に現れたヒバリに、オレは慌てて笑顔を返した。
……つもりだったが。
「……何考えてたの?笑ってないよ、顔」
そんな指摘をされてギクリと目が泳ぐ。
「え……別に」
「もしかして妬いてた?」
「……!」
「ふ~ん?」
口元で弧を描くヒバリに、ズバリ突かれて一気に恥ずかしくなった。
ヒバリは、オレがチョコを貰ってもいたってフツー。それにに対し、オレはこんなに焦ってる。しかもそれを見透かされて、なんかオレってすげえ子供みてえじゃねーか!
「なんだよ~!ヒバリは、オレが貰っててもヘーキなの?」
突っ掛かってみたが、ヒバリは鼻で笑ってバッサリ一言。
「興味ないね」
「……ふ~ん」
その言葉に、オレは思わず目を伏せた。
ふーん。
そっか、興味ねぇのか。
チクっと、胸に何かが刺さる。
……それって、オレにも興味ねえって事?
やっぱり、チョコくれた子ん中にいい人でもいたのかよ……。
「……何か勘違いしてるようだけど」
「ん?」
ヒバリは、押し黙ったオレの頬をスルリと撫で、そのまま髪を優しく撫でた。
「……」
その手は不思議だ。
胸に広がったモヤモヤを、みるみると吸い取っていく。
ヒバリはオレの心でも読めるのか?
いつも疑問だった。
だって、ヒバリといると嬉しい気分になってばかりだ。
「それ貰ったからって、君への想いは揺らがないし、君が誰かのところへ行ってしまうとも思わないって事だよ」
「……ん、え、どういう事?」
「……馬鹿」
オレが首を傾げると、たっぷり間を開けて長いため息。
「だって、難しくてよく分かんねー事言うんだもん」
口を尖らせると、何なのその顔…と眉を寄せる。小さく息を落としたので、また呆れさせてしまったのかと申し訳なく思うと、その瞳は真っすぐオレに向けられた。
「君は、チョコをくれた子になびく訳?」
「は!?なびかねぇよ!」
そんなの当たり前だ。
ヒバリしか、好きじゃねーし。
迷いなく答えると、ヒバリはかすかに笑みを浮かべた。
「……うん。だから、そんなチョコなんて僕には関係ないんだよ。貰ったところで君は僕のモノに変わりはないだろ?」
「……っ」
自信に満ちたその姿は、あっという間に心を奪う。
「うん……変わりねえな」
心臓がうるさく騒ぐのを、ごまかすように小さく笑った。
「はは、ヨユウって事?かっけー」
「君の事、信用してるだけだよ」
「……」

信用……。

あれ、なんだろ。

なんか――…。

「山本?」
口をつぐんだオレの顔を、ヒバリが横から覗きこむ。
「……ヒバリ!」
その瞬間、オレはヒバリに抱き着いていた。とにかく距離を縮めたくて力加減などしてられない。
「ちょっと……苦しいんだけど」
そんな事言いながらも、ヒバリはそっとオレの背中に腕を回してくれる。その手の温もりが嬉しいばかりで、何と問われてもオレにだって分からない。
ヒバリに、信用してる、なんて言われて。
自分の事信じてくれてるんだなあって思ったら、もう胸がいっぱいだ。
「ヒバリ……、好きだ」
「は……?」
「好きでしょーがねえよ」
「…ふぅん…それは良かった」
「うん……」
チョコを貰った事で冷たい目で見られるんじゃないかとか、ヒバリがチョコをたくさん受け取っててした心配も、そんなものはどこ吹く風。ヒバリがあまりにも優しかったから、溢れる想いが止まらない。
「……オレ、殴られるかと思った」
「ワオ、殴って欲しいの?」
「ええ?何でだよ。いやなのな……」
「あぁそう、残念」
「ははは!」

あーどうしよう。
こんな会話ですら嬉しい。

やべえくらいに、ヒバリが好き。

誰にも渡したくなくて、オレは力いっぱい抱きしめた。






「で、君は僕の事が信用できないの?」
ココアを飲みながら一息つくと、ヒバリが口を開いた。オレはさっきまでヤキモチ妬いてた事を思いだして、何だかいたたまれなくなる。
「別に、ヒバリの事信用してないとかじゃねーんだぜ!?」
「どうだか」
「いや、マジだって!ただ……」
「ただ?」
「ただ……もしヒバリが他の誰かとそーなったら……やだな…って」
ヒバリと、すごい美人で頭の良さそうな人が並んでるのを想像したら、だんだん声がしぼんでしまう。
孤高とか言われて、雲の上の存在なイメージのヒバリが、こんなに人から好かれてるのは嬉しいはずなんだけど……な。
「ねえ」
「うん……?」
ちゅっ。
「……!?」
不意に、唇に柔らかな感触。
「へ、何、急に……っ」
「……もっとさせなよ」
「はあ!?」
「君ね……可愛いのも大概にしてくれる」
「かわ……?何が!」
「素直だし、顔に出すし」
「……どうせオレは単純だよ」
「知ってる」
「ひでぇ」
「だから、君がいいんだけど?」
「……!」
さらりと艶っぽい笑み。
そんな顔されたら、オレはもう心の奥を掴まれて息が出来ない。
「………オレも、ヒバリがいい」
苦しくて、どうしようもなく触れたくて、オレはそっと、唇を寄せた。
自信があるのは、他の誰よりもヒバリが好きって事だけだ。ヒバリには、オレより似合う人なんていくらでもいると思う。
「……ん」
でも、触れた先から伝わるヒバリの想いが、オレをふわりと包み込む。
それは、とても大きな安心感。

あぁそっか。

何も考えずに、ヒバリを信じてればいいんだな。

そう頭の片隅で思いながら、心地好いドキドキに身を委ねた。








「僕も、君がそんなに貰ってるの見ていい気はしないんだよ」
「へ、そーなの?」
ぽつりと言われたヒバリの言葉にキョトンとすると、
「そりゃあね。でも君の気持ちがまっすぐだから、どうでもよくなるよね」
と、ニヤリとした。
「またオレが単純って話かよ」
「単純で何よりだよ」
「なんか悔しいんだけど」
まあ単純て言われても、それで気持ちが通じてるならいっか。
「山本」
「ん……」

ココアの香りの甘いキス。
そしてヒバリの甘い言葉。

バレンタインは、
甘いものいっぱいで満たされていた。








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