ヒバ山
七夕祭り
「お、雲雀君、いらっしゃい!」
「お邪魔します」
「武なら上にいっからよ。ささ、上がんな。おい武ー!雲雀くんきたぞー」
「はーい!」
相変わらず元気な家だ、と、僕は思う。
二人で七夕祭りやろうぜ!なんて言われて、久々にこの家を訪れた。
剛に会うのは何ヶ月ぶりだろう。
「よっヒバリ!待ってたぜー」
からっとした笑顔がドアから覗く。
梅雨空の憂鬱さなんてあっさり吹き飛ばされてしまった。
「お腹すいた」
そう言うと山本は眉をさげて笑った。
「んとなー、これが七夕ちらしで、こっちはサラダ、デザートは七夕ゼリーがあるからな!」
「ふーん」
山本の部屋のちゃぶ台は、色とりどりの料理で輝いていた。
散らし寿司の上には星を模った薄焼き卵。パスタサラダには星型の人参、輪切りのオクラ(うまいこと星型だ)が盛り付けられ、茶碗蒸しには散りばめられたグリンピースと星型に切り込みの入った椎茸が。そして透明の器には水色のゼリーに白い星(コレは何?寒天?)、上にはさくらんぼが添えられている。
「見事に星だらけだね」
「七夕っぽいだろー」
「はぁ」
料理をする男子なんて今時珍しくもないだろうけど、ここまでされるとさすがに驚く。
「はぁってヒバリ、もっと興味持ってくんね?」
「はいはい。美味しそうだよ」
頬を膨らませた山本が愛らしく、思わず口元が綻んだ。
「ま、いーけどよ!食おーぜ!」
「うん、いただきます」
「いただきます!」
素直に美味しかった。
山本の料理は、たまに独創すぎてどうしたらいいのか分からない事もあるのだが、今日のはとても美味しい。
気合も気遣いも十分で、こんなに食べられるわけないだろうと思った量をみるみる平らげてしまった。
「それにしてもさー、七夕の日って雨が多いよな」
空になった食器を重ねながら山本が言う。
「オレ天の川って見たことねーかも」
「そうだね」
「晴れたら見えんのかな」
「さぁ」
「こんな雨だと願い事も届くのか怪しいよな」
「願い事?」
「ほら短冊に書くだろ?商店街にもババーンって笹があってさ、ボボボボンって短冊ぶらさがってんだ」
「へぇ…(何その音…)君も書いたの?」
「おー、書いた書いた」
「なんて?」
「えっ」
「……なんて?」
「それは、別に」
意気揚々としていた山本が、急にしどろもどろ。
何だか頬まで赤くして。何なの?そんな可愛い事されるといじめたくなるんだけど。
僕はその衝動が抑えられず。
「ふぅん、言えない事?」
思わず薄ら笑いを浮かべると、山本はふいっと目を逸らして立ち上がった。
「んなわけねーだろ、や、野球部が強くなりますようにとかだしっ」
「へーぇ?」
じゃあ何でそんなに顔が赤いわけ?
僕はのそりと山本に近づいて、その腕を掴む。
「あ、ちょ、ヒバリ」
「危ないよ」
重ねた食器を運ぼうとしていた山本は、両手が塞がっている。
「ほんとアブネーよ、割ったらどーすんだよ」
「そうだね」
そう言いながら、僕も立ち上がった。目線が少し上な事に心の中で小さく舌打つ。
「じゃあ気をつけなよ」
「なぁっ?気をつけてってお前のせいじゃ、」
その困った顔と、頬の赤色がとても好きで。
抗議の言葉を無理やりふさげば、カチャリとお皿が音を立てた。
「ん…っ、ぁ、ひば、」
「ほらお皿…気をつけないと」
「な、だって、……っ」
腰に手を添えて、角度を変えてキスをする。
身動きのとれない山本は、甘い吐息をひとつ落とした。
「……ずりぃ」
耳まで赤らめた山本は、目元を滲ませて口がへの字。
「何が」
僕の問いかけを無視し、カチャカチャと手元で鳴っていたそれをちゃぶ台に戻してタオルで手を拭いたかと思えば、そのまま山本は僕の手首を掴んできた。
「ワオ、何のつもり――」
「ん」
何のつもりかと思った瞬間、今度は僕の言葉が封じられ、目の前が彼でいっぱいになった。睫が小さく震えている。目を閉じるとより広がる甘い痺れ。
「はぁっ……。おれだって、ヒバリにしたかったんだからな」
「……」
………。
理性が飛ぶでしょこの馬鹿……
僕は言葉が出なかった。色々耐えなくてはならなかった。
下に剛がいなかったら、今日お店が休みだったら、間違いなくこのまま押し倒していたのに。
「……っと、じゃあ俺お茶淹れてくっから!」
「ん……」
山本はそう言うと、あたふたしながら食器と共に部屋から消えた。
僕はハァと息を吐きながら座布団の上に腰を下ろす。
窓の外からはざぁざぁと雨の音。頬に熱を感じて、落ちてた団扇で風を当てた。
「よく降るなー」
お茶を飲みながらまったりと山本が言う。
「別にいいんじゃない雨くらい。部活も休みになるし」
「えー?俺は休みになって欲しくねーけど?」
不満そうな山本を横目に、僕もお茶を口にする。
「そう?僕は嬉しいけど」
「なんでだよ」
「さあね」
「さあねって……あ、オレに会えるしなっ♪」
「……」
「……あれ?マジで?」
この時期の野球部は忙しい。夏の大会、練習試合、それに向けての猛特訓。
雨が降ったら体育館や廊下での基礎体力作り。
夏は風紀が乱れやすい為、風紀委員の仕事も忙しくなる。それこそ天気など関係ない。
だから、雨が降って、野球部の練習が早めに切り上がって、風紀の仕事も早く終わった時。
それが僕らの会える時間。
今日だって、天気予報が週末確実に雨だと伝えて、部活が休みの可能性が高いからって予定された『七夕祭り』だ。
「そうだよ。君と長い時間過ごす休みなんて久しぶりだろ」
だから、雨の日は、憂鬱だけど憂鬱じゃない。この子に会えれば、いつだって清々しいいい気分になれるのだ。
「あー…そう、な、そう、だよなぁ……」
山本は両手でパタパタと自分をあおぎだした。さまよった視線が、チラリとこちらを向く。
「ひばり……」
「何」
「ぎゅっとしてぇ」
「え?」
「今日の事…楽しみにしてんの俺だけかと思った」
「……そんなわけないでしょ」
「へへ」
ふにゃりとした山本がぎゅっと僕を包みこんだ。
太陽みたいなこの匂いがとても心地がいい。
そう思いながら、僕も背中に腕を回した。
「あれだよな、ヒバリと何日かぶりにぎゅっとするだけですげー嬉しいんだからさ、1年ぶりとかどうなっちゃうんだって話だよな」
「そうだね……まあやることは一つ」
「そーゆー事言わねーの。七夕は神聖なんだぜ」
「はぁ……神聖ね。じゃぁ、神聖じゃない僕らはする?」
「えっ?」
「剛にばれないように」
「いやいやムリだろ!」
「君が声を我慢すればいーんじゃない?」
「……。むり」
「今想像したの」
「してねーよ!」
「へぇ?」
「……ッ」
来年も『七夕祭り』ができるといい。
柔らかな唇に触れながら、雨雲の向こうの星空にそっと願った。
end
「お、雲雀君、いらっしゃい!」
「お邪魔します」
「武なら上にいっからよ。ささ、上がんな。おい武ー!雲雀くんきたぞー」
「はーい!」
相変わらず元気な家だ、と、僕は思う。
二人で七夕祭りやろうぜ!なんて言われて、久々にこの家を訪れた。
剛に会うのは何ヶ月ぶりだろう。
「よっヒバリ!待ってたぜー」
からっとした笑顔がドアから覗く。
梅雨空の憂鬱さなんてあっさり吹き飛ばされてしまった。
「お腹すいた」
そう言うと山本は眉をさげて笑った。
「んとなー、これが七夕ちらしで、こっちはサラダ、デザートは七夕ゼリーがあるからな!」
「ふーん」
山本の部屋のちゃぶ台は、色とりどりの料理で輝いていた。
散らし寿司の上には星を模った薄焼き卵。パスタサラダには星型の人参、輪切りのオクラ(うまいこと星型だ)が盛り付けられ、茶碗蒸しには散りばめられたグリンピースと星型に切り込みの入った椎茸が。そして透明の器には水色のゼリーに白い星(コレは何?寒天?)、上にはさくらんぼが添えられている。
「見事に星だらけだね」
「七夕っぽいだろー」
「はぁ」
料理をする男子なんて今時珍しくもないだろうけど、ここまでされるとさすがに驚く。
「はぁってヒバリ、もっと興味持ってくんね?」
「はいはい。美味しそうだよ」
頬を膨らませた山本が愛らしく、思わず口元が綻んだ。
「ま、いーけどよ!食おーぜ!」
「うん、いただきます」
「いただきます!」
素直に美味しかった。
山本の料理は、たまに独創すぎてどうしたらいいのか分からない事もあるのだが、今日のはとても美味しい。
気合も気遣いも十分で、こんなに食べられるわけないだろうと思った量をみるみる平らげてしまった。
「それにしてもさー、七夕の日って雨が多いよな」
空になった食器を重ねながら山本が言う。
「オレ天の川って見たことねーかも」
「そうだね」
「晴れたら見えんのかな」
「さぁ」
「こんな雨だと願い事も届くのか怪しいよな」
「願い事?」
「ほら短冊に書くだろ?商店街にもババーンって笹があってさ、ボボボボンって短冊ぶらさがってんだ」
「へぇ…(何その音…)君も書いたの?」
「おー、書いた書いた」
「なんて?」
「えっ」
「……なんて?」
「それは、別に」
意気揚々としていた山本が、急にしどろもどろ。
何だか頬まで赤くして。何なの?そんな可愛い事されるといじめたくなるんだけど。
僕はその衝動が抑えられず。
「ふぅん、言えない事?」
思わず薄ら笑いを浮かべると、山本はふいっと目を逸らして立ち上がった。
「んなわけねーだろ、や、野球部が強くなりますようにとかだしっ」
「へーぇ?」
じゃあ何でそんなに顔が赤いわけ?
僕はのそりと山本に近づいて、その腕を掴む。
「あ、ちょ、ヒバリ」
「危ないよ」
重ねた食器を運ぼうとしていた山本は、両手が塞がっている。
「ほんとアブネーよ、割ったらどーすんだよ」
「そうだね」
そう言いながら、僕も立ち上がった。目線が少し上な事に心の中で小さく舌打つ。
「じゃあ気をつけなよ」
「なぁっ?気をつけてってお前のせいじゃ、」
その困った顔と、頬の赤色がとても好きで。
抗議の言葉を無理やりふさげば、カチャリとお皿が音を立てた。
「ん…っ、ぁ、ひば、」
「ほらお皿…気をつけないと」
「な、だって、……っ」
腰に手を添えて、角度を変えてキスをする。
身動きのとれない山本は、甘い吐息をひとつ落とした。
「……ずりぃ」
耳まで赤らめた山本は、目元を滲ませて口がへの字。
「何が」
僕の問いかけを無視し、カチャカチャと手元で鳴っていたそれをちゃぶ台に戻してタオルで手を拭いたかと思えば、そのまま山本は僕の手首を掴んできた。
「ワオ、何のつもり――」
「ん」
何のつもりかと思った瞬間、今度は僕の言葉が封じられ、目の前が彼でいっぱいになった。睫が小さく震えている。目を閉じるとより広がる甘い痺れ。
「はぁっ……。おれだって、ヒバリにしたかったんだからな」
「……」
………。
理性が飛ぶでしょこの馬鹿……
僕は言葉が出なかった。色々耐えなくてはならなかった。
下に剛がいなかったら、今日お店が休みだったら、間違いなくこのまま押し倒していたのに。
「……っと、じゃあ俺お茶淹れてくっから!」
「ん……」
山本はそう言うと、あたふたしながら食器と共に部屋から消えた。
僕はハァと息を吐きながら座布団の上に腰を下ろす。
窓の外からはざぁざぁと雨の音。頬に熱を感じて、落ちてた団扇で風を当てた。
「よく降るなー」
お茶を飲みながらまったりと山本が言う。
「別にいいんじゃない雨くらい。部活も休みになるし」
「えー?俺は休みになって欲しくねーけど?」
不満そうな山本を横目に、僕もお茶を口にする。
「そう?僕は嬉しいけど」
「なんでだよ」
「さあね」
「さあねって……あ、オレに会えるしなっ♪」
「……」
「……あれ?マジで?」
この時期の野球部は忙しい。夏の大会、練習試合、それに向けての猛特訓。
雨が降ったら体育館や廊下での基礎体力作り。
夏は風紀が乱れやすい為、風紀委員の仕事も忙しくなる。それこそ天気など関係ない。
だから、雨が降って、野球部の練習が早めに切り上がって、風紀の仕事も早く終わった時。
それが僕らの会える時間。
今日だって、天気予報が週末確実に雨だと伝えて、部活が休みの可能性が高いからって予定された『七夕祭り』だ。
「そうだよ。君と長い時間過ごす休みなんて久しぶりだろ」
だから、雨の日は、憂鬱だけど憂鬱じゃない。この子に会えれば、いつだって清々しいいい気分になれるのだ。
「あー…そう、な、そう、だよなぁ……」
山本は両手でパタパタと自分をあおぎだした。さまよった視線が、チラリとこちらを向く。
「ひばり……」
「何」
「ぎゅっとしてぇ」
「え?」
「今日の事…楽しみにしてんの俺だけかと思った」
「……そんなわけないでしょ」
「へへ」
ふにゃりとした山本がぎゅっと僕を包みこんだ。
太陽みたいなこの匂いがとても心地がいい。
そう思いながら、僕も背中に腕を回した。
「あれだよな、ヒバリと何日かぶりにぎゅっとするだけですげー嬉しいんだからさ、1年ぶりとかどうなっちゃうんだって話だよな」
「そうだね……まあやることは一つ」
「そーゆー事言わねーの。七夕は神聖なんだぜ」
「はぁ……神聖ね。じゃぁ、神聖じゃない僕らはする?」
「えっ?」
「剛にばれないように」
「いやいやムリだろ!」
「君が声を我慢すればいーんじゃない?」
「……。むり」
「今想像したの」
「してねーよ!」
「へぇ?」
「……ッ」
来年も『七夕祭り』ができるといい。
柔らかな唇に触れながら、雨雲の向こうの星空にそっと願った。
end
