ヒバ山

3月14日



「あー…」

部活を終えて、部室の鍵を返しに職員室へと向かいながら、オレは無意識に唸っていた。

ホワイトデー…終わっちまったな。

今日はホワイトデーだった。
先月貰ったチョコのお礼に、山本はクッキーを配った。
お礼どうしようなどと話していたら、手作りにしなさい、と、獄寺の姉ちゃんやらハルやらが話に加わってきて、ツナの家で皆で作ったのだ。
(なんだかツナは慌てていたが、ちゃんと食べられる物になって良かったって言ってた)
みんなで食べて、チョコくれた女子に配って、余ったから部活のみんなにも配って、それはなかなか好評だった。

しかし、と、ため息が落ちる。
一つ、どうしても気がかりな事があった。
鍵を返し、職員室を出て階段の前で立ち止まる。
通り過ぎれば昇降口、上がれば、応接室。

……ああ、どうすっかな。

先月の記憶が甦る。
2/14、バレンタインデーの事だ。


オレは廊下を歩いていた。
すっかり日は陰り、廊下は薄暗かった。
両手には紙袋いっぱいのチョコ。部活が終わるまで教室に置いておいたのだ。

早く帰んねーと。

そう思って足早に歩くと、いきなり首根っこを掴まれた。

「!?」
「……その荷物、何」
「うわ、ヒバリ!」

振り向くと、切れ長の目を光らせた雲雀が立っていた。どうやら風紀委員としての見回り中のようだ。視線の先には紙袋ぎゅうぎゅうのプレゼント。

「あ…これは貰い物で……」

やっべ、没収されちまうかな。

思わず顔をひきつらせると、雲雀はふぅん、としばらくそれを眺め、オレの顔を見る。
「まぁ別に、没収なんて言わないけど」
「えっ」
予想外の言葉に思わず目が丸くなった。
「へー意外!風紀委員も丸くなったのな」
「は?」
「いや、何でもねぇ!」
余計な事言った、と目を反らす。
雲雀は少しムッとした表情を見せたが、すぐにフッと笑った。

「……?」

雲雀が何考えてるのかよく分からず首を傾げる。
「えっ…と、ヒバリ、何か用?」
そう言うと、雲雀はギュッとオレの胸ぐらを掴んだ。
「おわ、何だよ?」
「君はあげたの?」
「へ、何を」
「そーいうの」
「そーいうのって……」
チョコ????
ますます意味が分からなかった。
バレンタインは確か、女子が、これからも宜しくなーって感じでチョコをくれる日じゃなかったっけ?
「オレは誰にもあげてねぇよ?」
だってオトコだし。
そう言うと、雲雀はゆるりと口角を吊り上げた。
「じゃあ、僕によこしなよ」
「は?」
「誰にもあげてないんだろ?」
「いや、そうだけど」
「じゃあいいよね」
「何が?なんでだ??」
山本は頭の中がこんがらがってきた。

確かに誰にもチョコなんてあげてないけど、だからって何でヒバリにあげる事になるのか。サッパリ結びつかない。

「ヒバリ……よく分かんねーけど、チョコ食べてぇなら今オレ貰い物しか持ってねーからまた今度……」
「……それじゃ意味ないよ」
「んん?」
「今日、君から貰わないと」
ため息混じりに雲雀は言った。
そう言われても、まさか人から貰った物をあげる訳にもいかないし。
「ん~…ってかさ、ヒバリも誰かからもらったんじゃねーの?」
素朴な疑問が口から出た。
そうだよ、それを食べたらいいじゃないか。
名案だと思ったが、それは一瞬にしてかき消される。
「あぁ、何か勝手に置かれてたりもしたけど」
「じゃあ」
「捨てた」
「…すてた?」
「いらないからね」
「………」
あまりの言葉に、声が出なかった。
人からの好意を、捨てるなんて。
それなのに、今度はよこせと言ってきたり。
「……ヒバリ、意味分かんねぇ」
そう呟くと、シャツをグイッと引っ張られる。
「分かんない?」
「ちょっ……」
急に引っ張られて山本はよろめいた。そのままバランスを崩し、雲雀の力に押されて壁に追いやられる。両手はプレゼントで塞がっていて身動きが取れなかった。
「いてっ……何」
背中に痛みが走った。雲雀の行動についていけなくて、困ったように雲雀を伺う。
雲雀は、空いてる左手で、オレの頬に触れた。
「僕は、君以外からはいらないんだよ」
「は……?」
その口調は思いがけないほどの柔らかさで、胸がトクリと脈打った。
「……どういう意味だよ?」
雲雀はオレの目を見据える。
「……何もないなら、これでいい」
「ん?……ッ…!!?」

ドサッ…!

荷物が落ちる音が、暗い廊下に響き渡った。
体が石にでもなったかのように動けない。なのに心臓だけが、やたら早くドクドクと音を立てる。

雲雀の唇が、オレの唇に触れていた。

……!?

一度解放されたかと思うと、角度を変えて再び柔らかな感触に深く支配される。
こんがらがっていた頭は、今や真っ白だった。

「…っん…」

力の入らない手で、雲雀の肩を掴み抵抗を試みる。それが成功したのかは定かではないが、ようやく雲雀が離れた。

「はぁっ…ヒバリ……」

今のって、キス?
何で?どーいう事?

どうしていいか分からない。
困惑したままのオレに、雲雀は淡々と告げた。

「……じゃあ、気をつけて帰りなよね」

「へっ……?」

ぽかんと間抜けに口を開けたまま、立ち去る雲雀の後ろ姿を見つめる。

は……?な…な……?
何だよそれーーー???



本当に、あれは何だったのか。
階段を見上げて自分の唇に指を当てた。

あの日以来、頭の中は雲雀でいっぱいだった。

雲雀の事は嫌いじゃない。
むしろ強いしなんか面白いなって興味があった。
でも、恋愛対象としては考えた事がなかった。
野球や友人と遊ぶ事で満足していて、恋愛自体そんなに考えた事がなかったのだ。

じゃあなぜこんなに雲雀の事しか考えられなくなったのだろう。

どんなに遠くにいても、雲雀がいればすぐに分かって。
一目見たくてわざと応接室の前を通ったり。
そのくせいざ会うと声はかけられなくて。
日に日に苦しくなっていった。

「あ~~!情けね~~~」

オレはいてもたってもいられず、階段をかけ上った。

まだヒバリはいるだろうか。
見回り中?
いや……いる気がする。応接室に。

「ヒバリ!」

応接室のドアを開けると同時に雲雀を呼ぶ。
雲雀は真正面の机に座って、まるで来るのが分かっていたかのように静かに顔を上げた。
「こんな時間にどうしたの」
「……えっ……と」
さっきまでの勢いはどこへ行ったのか、金縛りにでもあったかのように足が一歩も動かない。
「……入れば?」
「……おぉ」
強ばる体を何とか動かす。
応接室に入り、ドアを閉めた。
野球の試合でもこんなに緊張した事はない。

「で、何?」
立ち尽くすオレに、雲雀は声をかける。
一瞬だけ雲雀を見て、なんだかとても恥ずかしくて、すぐに視線を足元へと落としてしまった。
心臓がおかしい。なんだコレ病気?!いや、落ち着け落ち着け……。
大きく息を吸って、もう一度ちらりと雲雀を見る。
雲雀はじっと、こちらを見ていた。
……もしかして待っててくれてる…?
そう思ったら1歩だけ、足が前に動いた。
「あの…さ…先月、バレンタインだったろ?」
「うん」
「で、今日はホワイトデーだろ?」
「そうだね」
「だから…」
「だから?」
オレは、ギュッと拳に力を入れた。
顔をあげ、高鳴る胸の音は聞こえないフリをして、ズカズカと雲雀の座る机に歩み寄る。

「だから、ヒバリはお返しくれねーの?」

多分オレはとても真っ赤で、雲雀はそんなオレにふっと笑みをもらした。

「!!」
笑われた!

オレはますます顔が赤くなり、表情が歪む。
「笑…わなくてもっ」
雲雀は立ち上がって、オレの襟首を掴んだ。顔が近づく。
「今のは君が悪いよ」
「はぁ…!?」
そう言われて、山本はキッと雲雀を睨んだ。
こんなに緊張している自分に対し、ひょうひょうとしている雲雀。
情けなくもなり、恥ずかしくもなった。
「何だよもう……放せって」
「お返し、欲しいんだ?」
「……っ」
囁かれて、言葉が詰まる。
「何で?奪われっぱなしじゃ気がすまないから?君、割と負けず嫌いだよね」
雲雀の言葉に、血が上った。
「そうじゃねーよ!オレ、アンタの事しか考えらんなくなっちまったみてーで…心臓はバクバクするし、だいたいあん時のヒバリの言ってた事もよくわかんねぇし、だから……」
山本は、何を言いたいのか分からなくなって言葉を失う。
雲雀は目を細めた。
左手で、真っ赤に染まった頬を包みこむ。
「分かんないの?」
「…分かんねーよ。何であんな事したんだよ」
雲雀の冷えた手が気持ち良く、少しだけ落ち着きを取り戻す。
雲雀は、オレ目を真っ直ぐ見て口を開いた。
「……欲しかったから」
「……」
「君が欲しかったから、気持ちを貰いたいと思うのは当然だろ?」
オレは、胸がじわりと熱くなった。
「じゃあ……オレにもくれよ」
「……何を?」
「……同じヤツ!」

……君、さっきから可愛いすぎなんだよ。

「えっ、なんてーー」

聞き取れなかった言葉を聞き返そうとしたけど、
雲雀は口元を緩ませ、ふわりとオレにキスをした。






「キスされただけで好きになるなんて、単純すぎない?」
ソファーに腰掛け、雲雀はふぅっと息を吐きながら言う。
「なっ……だってしょーがねぇだろ!好きになっちまったんだから」
隣に座るオレは、いつ火が出てもおかしくないくらい熱い。
「まぁ、いいけどね。貰えるモノは貰っておくよ」
「……なんだよそれ」
雲雀はくつくつ笑う。
オレがそれを見てドキリとすると同時に、再び唇が重ねられた。


――キスも、気持ちも、山本もだよ。




end


後日談。
そういえば草壁さんから聞いたんだけど、ヒバリが捨てたって言ったバレンタインのチョコ、実は草壁さんが捨てずに持ち主に返したんだってさ。
草壁さん…エライよな。食べ物は粗末にしちゃいけねーよな。
なんてヒバリに言ったら、ヒバリは興味なさそうに「ふぅん」と言っただけだった。
「ヒバリ……ホント興味ねーのな」
「……まあ、僕が興味があるのは君だけだからね」
「……!」

ヒバリには敵わない…。
そう感じた春先だった。




オシマイ
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