-無印篇-
八輪
カミサマとの決戦後──
一行は三蔵の危険運転を途中で止めさせ、代わりに八戒が運転をし何とか次の街に到着させることが出来た。無事宿まで見つけ傷を癒すため少しばかりの休暇を取っていた。宿で休むと同時に双葉が催眠術を無理やり解いた後遺症のせいか高熱を出し、やっとこさ熱が下がったかと思えば八戒からは絶対安静を言い渡されることに。そんな大人しく部屋で寝ているであろう双葉の元へ見舞いに向かった悟浄。ノックの後扉を開けると──
「あーた、なぁにしてんの?」
「あ。…あは?」
部屋の窓に片足をかけ今にも脱出しようとしている双葉の姿。それを危ないよと言わんばかりに心配そうに止めようとするジープとクロガネ。
「病み上がりがどこ行こうとしてんだ?」
「うーん…散歩?」
特に目的もないようでとりあえず外に出ようとしていたのだった。何日も寝ていればそれも飽きることは分からなくもない。はぁぁとため息は吐いた後、双葉の体を抱き抱える。
「えっちょ!?悟浄!?」
「長くはダメだからな。後で八戒にドヤされっから」
「!その時は一緒に怒られてね?」
悟浄に抱えられ宿屋から少し離れた場所にあるベンチに座らせられる。
数日ぶりの外の風を全身に感じながら伸びをする。
「んんー!!風が気持ちいー」
「連れ出して言うのもあれだけどよ。体はもう大丈夫なのか?」
「うん!もう元気だよ。八戒が過保護なだけ」
「あー、まぁ…うん。」
高熱に魘される双葉の傍を片時も離れようとせず看病をし、下がれば下がったで世話焼きがいつもの倍はすごい事は見ていて分かるが、そうなる理由も分かるため何も言えない。
「それで?悟浄お兄ちゃんは何かお話でもあった?」
「…まぁ、な。その、改まって言うのもあれなんだがよ。……俺の…髪と瞳を見たらさ、何を想像する?」
珍しく歯切れが悪くこちらを見ずに吐き出された台詞に改まって何を言われるのかと構えていたが、まさかそんなことを聞いてくるとは考えながら頭に浮かぶものを呟く。
「…うーん…りんご?」
「……は?」
思ってもいなかった斜め上の回答に呆気にとられた声を出し、双葉の顔を見る。
双葉は空を見ながら赤い物を想像する。
「いちごにパプリカ、トマトに唐辛子?」
「いや食べ物ばっかじゃん。猿かよ」
「じゃあ夕日。それともロウソクの火?」
「じゃあって…」
全然構えていた答えとは違うものが次々と出てくるため体をガクッと落とす悟浄にクスクスと笑って見せた後、悟浄の顔を覗き込む。
「残念だけど悟浄の望んでる答えは言ってあげない」
「!!」
本当は悟浄が何と言って欲しかったのかなんて何となく想像は出来ていた。だから最初から別の赤いものを沢山並べた。赤はそれだけの色じゃないから。
それに──
「うーんっと言うか私が人様の容姿をとやかく言えた義理じゃないんだよ。…こっちでは言われることなかったけど、元の世界では色々言われてたから」
「色々って?」
「化け物。呪いの子。呪われた子ども」
「は?」
この少女がそんな事を言われていたと言う事に驚きと素直に怒りを覚えたが、双葉曰く元の住んでいた国では生まれた時から黒か黒茶の髪と瞳が一般的で時折親の影響で金髪の子が生まれる事がある。しかし紫の髪にエメラルドグリーンの瞳はどの世界でも産まれることなんてないと言う事を教えられた。
「気持ち悪いなんて日常茶飯事だった。でもそんな事どうでもよく思ってた。…育ててくれた人がね、周りから言われることを気にしないぐらい毎日のように言ってくれてた事があるの。この髪も瞳も天からの恵みものだって…周りがなんて言おうと私は1番好きだって言ってくれた。」
「そっか…」
それでも周りからの言葉など気にせずにいられた理由を懐かしそうにでもどこか自慢げに話す双葉に悟浄も微笑む。
「だからね、悟浄。私があなたに言ってあげられる答えはね、あなたのその赤好きだよ。」
「ッ!!」
「私の好きな色は赤なんだよ」
「……やだね、うちの妹君さんは。惚れちゃいそうなほどかっこいいわ。」
空に似合うほどの満面な笑みを見せる双葉。
あれだけ表情が動かなかった事を悩んでいたとは思えないほどに綺麗に笑うようになった。
「クスクス、さぁ帰ろ!八戒にバレたら怒られちゃうよ!」
「そうだな」
今度は抱き抱えるのではなくおぶって、ふたり仲良く宿までの道を返った。宿屋に着いて怖い笑みを浮かべる八戒が待ち構えていたのはまた別のお話。
────────────────
──────────
────
「うぅぅ八戒怖かった……」
「病み上がりで抜け出すからだろ」
あの後宿屋の前に黒い笑みを浮かべ仁王立ちする八戒に震えながら怒られた双葉と悟浄。
双葉は八戒により強制的にベッドへと戻されることとなった。そんな双葉を悟空が椅子に座りながら哀れみの目で見てる。
「だって、ずっと寝るの飽きたんだよ」
「まぁ分かるけどさ、双葉 めっちゃ心配かけたんだから仕方ねぇよ」
それはカミサマとの最初の喧嘩の時。
みんなを逃がすため一人残って殿を勤めようとしたこと。あの後再度カミサマの元へ行くまで安否が分からず、再会出来たかと思えば催眠術にかけられ一行に攻撃をしようとしたのだ。その事を出されてはぐぅのねも出ない。
「うっそれは 本当にごめんね」
「いや 違くてさ…謝るのは俺らの方だよ。一人にしたのは事実だし」
「それは!!私が自らそうした事であって悟空たちが謝ることじゃないんだよ!だから、うん。この話はこれで終わりにしよ!」
本当に気にしていないし、なんなら心配かけた事は本当に悪いと思っているがした行為に関して未だに悪かったとは思っていない。しかしこの話をするとお互いが謝罪の繰り返しになるのでこれで終わりにする。
「でもさ……あーなんて言うか、」
「ん?」
これまた悟浄と同じく歯切れの悪い悟空に顔を傾げる。俯き一人何かと葛藤を繰り返し最後に気合いを入れたような声の後、バッ!!っと顔をあげる。
「あのさ!聞いていいか分かんねぇけど。アイツに中途半端に聞いてそのままにするのも良くないと思うからさ、聞いてもいい?」
「っ…」
悟空の言葉に息を飲む。
その話が何のことを指しているかすぐに分かった。
双葉の過去の話。誰にも、カミサマがあんな事を言わない限り今のところ話すつもりなどなかった。
しかしここまで来れば、もう皆に話してもいいかなとも考えていた。なので「…うん」と答えた後、他の皆も呼んできて貰うようにお願いをする。
すぐに部屋から出て行った悟空だったが数分も経たずに他の三人を連れて戻ってきた。
皆、それぞれ椅子に座るなり地べたに座るなりと話を聞く体制に緊張しながらも唇を動かす。
「悟空から聞いたかもだけど、カミサマが言ってた話を自分の口から皆にちゃんと話そうと思って。えっと…つまらないですが聞いてください。」
───────────────────────
物心ついた頃から家族と言うものは既に壊れていた。
後々知った事だったが両親は駆け落ちで結婚し、双葉を自宅で出産した。
しかし、自分を産んですぐに亡くなった母親。
母が全てだった父は母の死を受け入れられず壊れてしまった。駆け落ちで結婚したため頼れる人もおらず、ほぼ育児放棄をされていた双葉。
5歳の年になるまで外の世界に出たことがなく、ずっと家という狭い世界で生きていた。
そんな日々も急に終わりがやって来る。
ある日いつもの様にブツブツとどこかに何かを話す父親がフッと双葉を見た後、外へと出て行った。
それから数時間後ふらっと戻ってきた父親は双葉の目の前に行き「お前さえ居なければ。」そう呟くと自分の首に包丁の刃を滑らせて自殺した。
吹き上がる血を浴びる幼い双葉は何が起こったのか理解が出来ず、ただただその父親だった亡骸をぼーっと眺めることしか出来なかった。
それからどれくらい経ったのか分からなかったが、家の扉が開く音とともに一人の女性が部屋へ入ってきた。その女性は転がる亡骸を見た後、幼い双葉に手を差し伸べた。
「私と一緒においで?」
それは生まれて初めて自分が話しかけられた言葉だった。差し伸ばされた手を遠慮気味に、戸惑いながら小さな手で掴んだ。
その後、警察やらなんやらと慌ただしそうだったが双葉はよく分かっていなかった。双葉は養護施設へと預けられカウンセリングを受けたりとしていたが何にも興味を示そうとしない様子に職員も困り果てている様子だったことは覚えている。
数ヶ月後、あの時手を差し伸べてくれた女性が養子縁組を結んでくれてその人と家族になる事に。
その人からたくさんのことを教えてもらった。
外の世界をたくさん見せてもらった。
たくさんの愛情を注いでもらった。
しかし幸せな生活も11年で終わりを告げた……
育ててくれた女性は仕事の出張で乗った飛行機で事故に遭って亡くなった。遺体は見つからなかったものの、遺留品などから死亡扱いとなった。
それから外の世界を遮断し誰とも関わろうとせず家に引きこもっていたが何となく学校に行こうと通学路を歩いている時に引かれそうな子犬を助けて自分も事故に遭い死んで観世音菩薩によってこちらの世界に来ることになった──
「……っとまぁこんな感じ、かな…。ざっくりとはしてるけど私の話は。」
「……え?」
ここまで黙って聞いていた四人だったが最後の話にそれまでの沈黙が破られる。
「待てよ…今の話を聞くに双葉は……死んだってことか…?」
「観世音菩薩が言うにはらしいよ?自分も直前のことは何となくしか覚えてないし、あー死んだって思ってたから」
「らしいよって…」
自分事のはずなのに他人事のように話す双葉とは対象的に衝撃のあまり驚き過ぎて思考が追いつかないでいる四人。しかし、三蔵は今の話を聞いて最初から不思議に思っていた事との辻褄があったかのように呟く。
「だから今まで帰る手立てを探そうとしなかったのか。」
「…そうだね。向こうに帰ったとしても死んじゃってるからね」
「……あッ……まって じゃあ俺、前にすげぇ無神経なこと言った…よな」
『双葉っていつか元の世界に帰るのか?』
『帰りたいとか思わねぇの?』
「あぁ、全然気にすることないよ!別に帰りたいとか思ってなかったし、死んだなんて話も最初からしてなかったんだから悟空が気にすることないんだよ」
「…」
「納得してない顔してる…」
「まぁともかくよ。なんであれ今ここにこうしている双葉ちゃんは生きてんだし?ある意味2回目の人生みたいなもんなんだからこの際やりたいことやって生きればいーんでないの?」
「うん!もとよりそのつもりだよ」
悟浄の言葉に嬉しそうに笑顔で返す
本人からしたら本当にそのつもりで吹っ切れているので外野がとやかく言ったところでなのだ。
「気になっていたことがあるんですけど…いつも大事そうにしてるアルバムはその方とのものですか?」
「よく見てるね八戒。…そうだよ。」
八戒から問われたアルバムをバッグから取り出し、その中に大切に入れていた写真を1枚四人に見せる。
「この人が私を育ててくれた人。花南って言うの。名前、花喃さんに似てるよね」
「えっ!!!双葉のねぇちゃん見れんの!!?」
「あらーべっぴんさんじゃねぇの」
「──っ」
写真を見た瞬間。八戒が驚いた顔で固まる。
それに気がついた三蔵と悟浄が声をかけた。
「八戒?」
「どうしたんだ?」
「あ…いえ……その、花喃にそっくりと言うか…瓜二つだったので、驚いてしまって……」
「…名前は似てるなとは思ってたけど、そこまで瓜二つなんだ…」
確かに初めて花喃さんの話を聞いた時、名前が凄く似ていて驚いたがまさか姿まで瓜二つとか思ってもいなかった…
「…… でも花南さんの方が目元にほくろがありますね」
「うん。花南のチャームポイントだって言ってた。」
写真を見ながら懐かしそうな寂しそうな表情を浮かべる双葉。
写真の中の花南は嬉しそうに笑っていて見れば見るほど寂しさが溢れる。そんな様子に悟空が話しかける。
「なぁ、今まであんまり聞かないようにしてたけどさ。その姉ちゃんの事とか向こうの世界の事とか聞いてもいい?」
「いいよ」
「双葉の住んでた所とこっちって違いとかあんの?」
「違いかぁ…街並みは少し違うかな。私が住んでた所は日本って言う島国でね、伝統文化があったり…あ!空飛ぶ乗り物があったよ」
「へぇ……じゃあ食べ物は?」
「お前はまた食いもんかよ」
「あははっ食べ物は対して変わらないかな…逆に同じものばかりで驚いたもん」
「お前驚いてたのか…」
「じゃあさ、双葉を育ててくれた姉ちゃんってどんな人だった?」
「うーん、優しくて天然でふわふわしてて愛情深くて…賭け事が得意だった。」
「……ん?」
「か、賭け事?」
懐かしみながら話しているかと思えば素っ頓狂な事を言うので力が抜ける
「うん。ほんとに凄いの。トランプゲームなんてやったら百発百中で負けるの。後は料理が壊滅的に下手だった」
「だから双葉、料理上手なんですね」
「花南にやらせるとキッチンが火事になりかけるし、爆発されるしで大変だったから私が作るしかなかったの」
「確かにそりゃやらせらんねぇな」
それからも今まで話してこなかった事を沢山話し、三蔵の睡魔がやってきた頃に解散となった。
夢の中へと船を漕ぎ出した三蔵を悟空が引っ張って部屋まで連れて行き、悟浄も風呂に入るからと部屋を後にした。
「僕もそろそろ部屋に戻りますね」
双葉に布団を掛け直し、部屋を後にしようとした時。
「……八戒」
呼び止められて振り返る。
双葉が遠慮がちに服の裾を摘まんでいた。
「どうしました?」
「……もう少し、一緒にいて欲しい」
一瞬だけ言葉を失う。
そんなことを言われて断れるほど器用ではない。
「…分かりました。でも病み上がりなので少しだけですよ?」
「うん。八戒 ありがとう」
柔らかく笑う双葉に、思わず苦笑が零れた。
「いいんですよ。不良園児たちを見るよりも双葉を見てる方がいいですから」
「三人とも不良園児なんだ」
「えぇ。手がかかって仕方がありません」
「それは大変だね。」
八戒がベッドの横に置かれていた椅子に腰掛けると双葉も上半身を起こして起き上がる。
本当に困ったものだ。
もう少しだけ。
そう思うのは、自分の方なのかもしれない。
そう思う八戒を他所に双葉は本当はまだ話せていなかった事があったからだ。
「……あのね…カミサマが言う通り花南が死んだって知った時…私泣けなかったの。悟空の言う通りどうやって泣けばいいのか 泣き方が分からなかった。これからも涙を流せないんだって思ってた。」
「でも、あの時双葉はちゃんと涙を流してました。」
「皆のおかげだよ。あの時皆の声ちゃんと聞こえた。……前に八戒に言った『大切な思い出を忘れない限りどんな形であれずっと一緒に居られる』ってね、私がそう考えないとこれ以上にもっと壊れるって思ってたの。花南が居なくなった時、引き裂かれるぐらい痛かった。凄く生きてる心地がしなかった……一人になるぐらいなら私も一緒に死にたかった…!」
「双葉…」
「花南にもう一度会いたいッ!!…会いたいよぉ」
布団を強く握りもう叶うことのない悲痛な叫びを零す
双葉の姿に八戒は言葉を失った。
――会いたい。
その一言が痛いほど分かった。
自分も同じだったから。
失った人に、二度と会えない人に。
会いたいと思わない日はなかったから。
だからこそ何も言わずにただ静かに双葉を抱き寄せた。
「八戒?」
「…泣いていいですよ。泣けなかった分、沢山泣いていいです。僕しか見てませんから。」
「…ぁ、ッふぅ…!!…」
その言葉に今まで泣けなかった分を出すかのように八戒の背中に手を伸ばし沢山沢山泣いた。
どれだけ一人で抱えて生きてきたのか、この小さな少女には抱えきれない程の思いを考えれば言わずには居られなかった。
「……僕は双葉の傍にずっといます。何があってもあなたを守ります。一人にはしません……僕はあなたが好きなんです。」
「…八、戒」
「……本当はまだ言うつもりなかったんですけど、どうも僕は双葉のことになると予定通りにいかないみたいです。」
抱きしめていた腕をゆっくりと緩める。
それでも目を合わせる勇気がなくて、八戒は小さく苦笑した。
その姿を見て八戒の手にそっと触れ呟く。
「……人を好きって言う気持ち、私にはまだ良く分からない…」
「…」
「でもね…八戒と一緒にいると安心して心がぽかぽかするの…これが好きって言う気持ちなんだとしたら…私も八戒と同じ気持ちなんだと思うの。」
「双葉…」
「八戒の隣にいさせて下さい」
その言葉に八戒は一瞬だけ目を見開いた。
それから困ったように笑う。
本当に。
どうしてこの子はこうも真っ直ぐなんでしょうね
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
握った手は双葉が眠りに着くまで離れることはなかった──
───────────────────────
翌朝──
「そう言われたら服どうしよう…」
出発を言い渡されていたので準備をしようとした時、着るものがないことを思い出した。
カミサマに捕まっている間は黒いドレス。
ここ数日は悟空から借りていた服。着ていた制服はそもそも攻撃を受けてボロボロになっていたし今頃瓦礫の下敷きなっていることだろう……なんて考えながらベッドから起き上がり机の上を見ると、
「え?」
そこに置かれていた物は新しい制服。
それも通っていた高校の夏仕様の制服が2着と置き手紙
頑張れよ──
「菩薩さま…」
なぜだかその送り主が観世音菩薩からであると思った。制服に袖を通す。さすがに半袖は嫌だったのでタートルネックを下に着てみる。
「…うん。いいかな?」
「キュー!」
「わん!」
姿鏡で確認する双葉に返事するようにジープとクロガネが嬉しそうに返す。
「ありがとうジープ、クロ。よし!じゃあみんなの所に行こっか」
二匹を抱えて四人のいるであろう部屋へと向かう。
「おはようみん、な………どうしたのその格好」
開けた扉の先にいた四人がお笑い芸人の格好をしているため、その姿を見て固まった。
「あ、双葉おはようございます」
「なんで双葉ちゃんだけちゃんとした格好してんだよ!!?」
「俺やだよ!こんな格好!!」
挨拶を返す八戒とは裏腹に悟浄と悟空は抗議の声を上げ、三蔵もハリセン片手に怒りマークが出ている。
「これまでの旅で服もズタボロになった事ですし、新調するならここは僕達らしくお笑い芸人風にと思いまして」
「なんでそうなったの?」
「…ツッ込み処は満載なんだがな。とりあえず、勘弁してください」
八戒の考えにツッコまずには居られなかったが本人は至って真面目なようで
「動きやすさを重視した全身タイツなんかも用意しましたけど?」
「『芸人』からはなれろ。」
「普通のになっちゃいますよ」
「普通ので、いいんだよ」
「てゆーかこーゆー服、どこで買ってくるんだろう」
「分かんないけど、こういう時の八戒の行動力ってすごいよね…」
──で。
「おーーマトモなのもあるんじゃねぇか。さっきに比べれば」
「ま、今までとほとんど変わってませんけどね。」
「あれ、三蔵は全然かわってねーのな」
「当然だ。この法衣は『三蔵法師』の伝統的な正装だ。易々と新調するような物じゃねぇよ。…行くぞ」
カツカツと聞こえてくる足元はちゃっかりおしゃれにブーツを履いていた。
「あ、三蔵はブーツにしたんだ」
「(ブーツ!!?)」
「(ブーツはアリなんスか三蔵法師様!!?)」
「似合ってると思うよ?」
「当然だ」
「肯定しやがった!!」
三蔵のブーツに固まる二人を置いて先に歩み出した八戒を追いかけて並んで歩き出す。
「双葉も制服変わりましたね」
「うん。朝起きたら机の上に菩薩様が置いてくれてたの」
「その制服もよく似合ってますよ。可愛いです。」
「えへへありがとう」
「……なーに甘い雰囲気漂わせてんだよ」
「え?ああ。僕達お付き合いすることになったんです」
少し茶化すつもりで言った悟浄だったが、双葉の肩に手を添えて返ってきた台詞にその場の空気が固まった。
「…………はぁ!!!?」
「えっ!二人とも付き合ってんの!!?」
「……マジか」
「えぇマジですよ。」
「……マジ、です」
「そっか!八戒も双葉もおめでとう!」
「ありがとう悟空」
「ありがとうございます」
和やかに返す二人とは対照的に、悟浄は未だに固まったままだった。
「……」
「……悟浄?」
「……」
「悟浄?」
「……待て待て待て待て待てッ!!」
突然頭を抱えて叫び出した。
「いつだよ!!」
「昨夜ですね」
「昨夜ァ!!?」
即答した八戒に悟浄の声が裏返る。
「早ぇよ!!」
「そうでしょうか?」
「そうだろ!!」
「えっ、じゃあ昨日まで付き合ってなかったのか?」
悟空がきょとんと首を傾げる。
「そこ驚く所じゃねぇからな!?」
「だって二人ずっと一緒にいたじゃん」
「それはそうなんですけどね」
八戒が苦笑する。
「だから今朝から妙に機嫌良かったのか!!」
「あっ!」
悟空が大きな声を上げた。
「確かに!」
「何が確かにだ!!」
「朝から鼻歌歌ってた!」
「歌ってましたね」
「歌ってたな」
「お前ら見てたなら教えろよ!!」
悟浄が頭を抱える。
八戒は肩を竦めた。
「別に隠していた訳じゃありませんし」
「隠してねぇならもっと早く言え!!」
「聞かれませんでしたから」
「ぐっ……!」
正論だった。
反論できずに言葉を詰まらせる。
そんな様子を見ながら双葉は小さく笑った。
「悟浄」
「あ?」
「そんなに驚く?」
「驚くだろ普通!」
即答だった。
「だってよ、お前ら見てっとその……」
言いかけて、何故か言葉に詰まる。
「?」
「?」
二人が同時に首を傾げた。
その顔を見た悟浄は盛大に顔をしかめる。
「~~~もういい!!」
「何なんですか」
「言ってよ」
「知らねぇよ!」
そのままぷいっと顔を背けた。
そんなやり取りを見ていた三蔵が煙草を咥え直す。
「騒がしい馬鹿どもだ」
「三蔵は驚かねぇのかよ!?」
「あ?」
三蔵は面倒そうに視線だけ向けた。
「今さらだろ」
その一言に悟浄が絶句する。
「今さらって……」
「見てりゃ分かる」
フン、と鼻で笑い先へ歩き出す。
「行くぞ。置いてくぞ」
「あっ、待って下さい三蔵」
「待てって!」
「お腹空いたー!」
「お前は黙ってろ猿!」
「もう行くよ悟浄!」
賑やかな声を響かせながら、一行は再び西へと歩き出した。
カミサマとの決戦後──
一行は三蔵の危険運転を途中で止めさせ、代わりに八戒が運転をし何とか次の街に到着させることが出来た。無事宿まで見つけ傷を癒すため少しばかりの休暇を取っていた。宿で休むと同時に双葉が催眠術を無理やり解いた後遺症のせいか高熱を出し、やっとこさ熱が下がったかと思えば八戒からは絶対安静を言い渡されることに。そんな大人しく部屋で寝ているであろう双葉の元へ見舞いに向かった悟浄。ノックの後扉を開けると──
「あーた、なぁにしてんの?」
「あ。…あは?」
部屋の窓に片足をかけ今にも脱出しようとしている双葉の姿。それを危ないよと言わんばかりに心配そうに止めようとするジープとクロガネ。
「病み上がりがどこ行こうとしてんだ?」
「うーん…散歩?」
特に目的もないようでとりあえず外に出ようとしていたのだった。何日も寝ていればそれも飽きることは分からなくもない。はぁぁとため息は吐いた後、双葉の体を抱き抱える。
「えっちょ!?悟浄!?」
「長くはダメだからな。後で八戒にドヤされっから」
「!その時は一緒に怒られてね?」
悟浄に抱えられ宿屋から少し離れた場所にあるベンチに座らせられる。
数日ぶりの外の風を全身に感じながら伸びをする。
「んんー!!風が気持ちいー」
「連れ出して言うのもあれだけどよ。体はもう大丈夫なのか?」
「うん!もう元気だよ。八戒が過保護なだけ」
「あー、まぁ…うん。」
高熱に魘される双葉の傍を片時も離れようとせず看病をし、下がれば下がったで世話焼きがいつもの倍はすごい事は見ていて分かるが、そうなる理由も分かるため何も言えない。
「それで?悟浄お兄ちゃんは何かお話でもあった?」
「…まぁ、な。その、改まって言うのもあれなんだがよ。……俺の…髪と瞳を見たらさ、何を想像する?」
珍しく歯切れが悪くこちらを見ずに吐き出された台詞に改まって何を言われるのかと構えていたが、まさかそんなことを聞いてくるとは考えながら頭に浮かぶものを呟く。
「…うーん…りんご?」
「……は?」
思ってもいなかった斜め上の回答に呆気にとられた声を出し、双葉の顔を見る。
双葉は空を見ながら赤い物を想像する。
「いちごにパプリカ、トマトに唐辛子?」
「いや食べ物ばっかじゃん。猿かよ」
「じゃあ夕日。それともロウソクの火?」
「じゃあって…」
全然構えていた答えとは違うものが次々と出てくるため体をガクッと落とす悟浄にクスクスと笑って見せた後、悟浄の顔を覗き込む。
「残念だけど悟浄の望んでる答えは言ってあげない」
「!!」
本当は悟浄が何と言って欲しかったのかなんて何となく想像は出来ていた。だから最初から別の赤いものを沢山並べた。赤はそれだけの色じゃないから。
それに──
「うーんっと言うか私が人様の容姿をとやかく言えた義理じゃないんだよ。…こっちでは言われることなかったけど、元の世界では色々言われてたから」
「色々って?」
「化け物。呪いの子。呪われた子ども」
「は?」
この少女がそんな事を言われていたと言う事に驚きと素直に怒りを覚えたが、双葉曰く元の住んでいた国では生まれた時から黒か黒茶の髪と瞳が一般的で時折親の影響で金髪の子が生まれる事がある。しかし紫の髪にエメラルドグリーンの瞳はどの世界でも産まれることなんてないと言う事を教えられた。
「気持ち悪いなんて日常茶飯事だった。でもそんな事どうでもよく思ってた。…育ててくれた人がね、周りから言われることを気にしないぐらい毎日のように言ってくれてた事があるの。この髪も瞳も天からの恵みものだって…周りがなんて言おうと私は1番好きだって言ってくれた。」
「そっか…」
それでも周りからの言葉など気にせずにいられた理由を懐かしそうにでもどこか自慢げに話す双葉に悟浄も微笑む。
「だからね、悟浄。私があなたに言ってあげられる答えはね、あなたのその赤好きだよ。」
「ッ!!」
「私の好きな色は赤なんだよ」
「……やだね、うちの妹君さんは。惚れちゃいそうなほどかっこいいわ。」
空に似合うほどの満面な笑みを見せる双葉。
あれだけ表情が動かなかった事を悩んでいたとは思えないほどに綺麗に笑うようになった。
「クスクス、さぁ帰ろ!八戒にバレたら怒られちゃうよ!」
「そうだな」
今度は抱き抱えるのではなくおぶって、ふたり仲良く宿までの道を返った。宿屋に着いて怖い笑みを浮かべる八戒が待ち構えていたのはまた別のお話。
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「うぅぅ八戒怖かった……」
「病み上がりで抜け出すからだろ」
あの後宿屋の前に黒い笑みを浮かべ仁王立ちする八戒に震えながら怒られた双葉と悟浄。
双葉は八戒により強制的にベッドへと戻されることとなった。そんな双葉を悟空が椅子に座りながら哀れみの目で見てる。
「だって、ずっと寝るの飽きたんだよ」
「まぁ分かるけどさ、双葉 めっちゃ心配かけたんだから仕方ねぇよ」
それはカミサマとの最初の喧嘩の時。
みんなを逃がすため一人残って殿を勤めようとしたこと。あの後再度カミサマの元へ行くまで安否が分からず、再会出来たかと思えば催眠術にかけられ一行に攻撃をしようとしたのだ。その事を出されてはぐぅのねも出ない。
「うっそれは 本当にごめんね」
「いや 違くてさ…謝るのは俺らの方だよ。一人にしたのは事実だし」
「それは!!私が自らそうした事であって悟空たちが謝ることじゃないんだよ!だから、うん。この話はこれで終わりにしよ!」
本当に気にしていないし、なんなら心配かけた事は本当に悪いと思っているがした行為に関して未だに悪かったとは思っていない。しかしこの話をするとお互いが謝罪の繰り返しになるのでこれで終わりにする。
「でもさ……あーなんて言うか、」
「ん?」
これまた悟浄と同じく歯切れの悪い悟空に顔を傾げる。俯き一人何かと葛藤を繰り返し最後に気合いを入れたような声の後、バッ!!っと顔をあげる。
「あのさ!聞いていいか分かんねぇけど。アイツに中途半端に聞いてそのままにするのも良くないと思うからさ、聞いてもいい?」
「っ…」
悟空の言葉に息を飲む。
その話が何のことを指しているかすぐに分かった。
双葉の過去の話。誰にも、カミサマがあんな事を言わない限り今のところ話すつもりなどなかった。
しかしここまで来れば、もう皆に話してもいいかなとも考えていた。なので「…うん」と答えた後、他の皆も呼んできて貰うようにお願いをする。
すぐに部屋から出て行った悟空だったが数分も経たずに他の三人を連れて戻ってきた。
皆、それぞれ椅子に座るなり地べたに座るなりと話を聞く体制に緊張しながらも唇を動かす。
「悟空から聞いたかもだけど、カミサマが言ってた話を自分の口から皆にちゃんと話そうと思って。えっと…つまらないですが聞いてください。」
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物心ついた頃から家族と言うものは既に壊れていた。
後々知った事だったが両親は駆け落ちで結婚し、双葉を自宅で出産した。
しかし、自分を産んですぐに亡くなった母親。
母が全てだった父は母の死を受け入れられず壊れてしまった。駆け落ちで結婚したため頼れる人もおらず、ほぼ育児放棄をされていた双葉。
5歳の年になるまで外の世界に出たことがなく、ずっと家という狭い世界で生きていた。
そんな日々も急に終わりがやって来る。
ある日いつもの様にブツブツとどこかに何かを話す父親がフッと双葉を見た後、外へと出て行った。
それから数時間後ふらっと戻ってきた父親は双葉の目の前に行き「お前さえ居なければ。」そう呟くと自分の首に包丁の刃を滑らせて自殺した。
吹き上がる血を浴びる幼い双葉は何が起こったのか理解が出来ず、ただただその父親だった亡骸をぼーっと眺めることしか出来なかった。
それからどれくらい経ったのか分からなかったが、家の扉が開く音とともに一人の女性が部屋へ入ってきた。その女性は転がる亡骸を見た後、幼い双葉に手を差し伸べた。
「私と一緒においで?」
それは生まれて初めて自分が話しかけられた言葉だった。差し伸ばされた手を遠慮気味に、戸惑いながら小さな手で掴んだ。
その後、警察やらなんやらと慌ただしそうだったが双葉はよく分かっていなかった。双葉は養護施設へと預けられカウンセリングを受けたりとしていたが何にも興味を示そうとしない様子に職員も困り果てている様子だったことは覚えている。
数ヶ月後、あの時手を差し伸べてくれた女性が養子縁組を結んでくれてその人と家族になる事に。
その人からたくさんのことを教えてもらった。
外の世界をたくさん見せてもらった。
たくさんの愛情を注いでもらった。
しかし幸せな生活も11年で終わりを告げた……
育ててくれた女性は仕事の出張で乗った飛行機で事故に遭って亡くなった。遺体は見つからなかったものの、遺留品などから死亡扱いとなった。
それから外の世界を遮断し誰とも関わろうとせず家に引きこもっていたが何となく学校に行こうと通学路を歩いている時に引かれそうな子犬を助けて自分も事故に遭い死んで観世音菩薩によってこちらの世界に来ることになった──
「……っとまぁこんな感じ、かな…。ざっくりとはしてるけど私の話は。」
「……え?」
ここまで黙って聞いていた四人だったが最後の話にそれまでの沈黙が破られる。
「待てよ…今の話を聞くに双葉は……死んだってことか…?」
「観世音菩薩が言うにはらしいよ?自分も直前のことは何となくしか覚えてないし、あー死んだって思ってたから」
「らしいよって…」
自分事のはずなのに他人事のように話す双葉とは対象的に衝撃のあまり驚き過ぎて思考が追いつかないでいる四人。しかし、三蔵は今の話を聞いて最初から不思議に思っていた事との辻褄があったかのように呟く。
「だから今まで帰る手立てを探そうとしなかったのか。」
「…そうだね。向こうに帰ったとしても死んじゃってるからね」
「……あッ……まって じゃあ俺、前にすげぇ無神経なこと言った…よな」
『双葉っていつか元の世界に帰るのか?』
『帰りたいとか思わねぇの?』
「あぁ、全然気にすることないよ!別に帰りたいとか思ってなかったし、死んだなんて話も最初からしてなかったんだから悟空が気にすることないんだよ」
「…」
「納得してない顔してる…」
「まぁともかくよ。なんであれ今ここにこうしている双葉ちゃんは生きてんだし?ある意味2回目の人生みたいなもんなんだからこの際やりたいことやって生きればいーんでないの?」
「うん!もとよりそのつもりだよ」
悟浄の言葉に嬉しそうに笑顔で返す
本人からしたら本当にそのつもりで吹っ切れているので外野がとやかく言ったところでなのだ。
「気になっていたことがあるんですけど…いつも大事そうにしてるアルバムはその方とのものですか?」
「よく見てるね八戒。…そうだよ。」
八戒から問われたアルバムをバッグから取り出し、その中に大切に入れていた写真を1枚四人に見せる。
「この人が私を育ててくれた人。花南って言うの。名前、花喃さんに似てるよね」
「えっ!!!双葉のねぇちゃん見れんの!!?」
「あらーべっぴんさんじゃねぇの」
「──っ」
写真を見た瞬間。八戒が驚いた顔で固まる。
それに気がついた三蔵と悟浄が声をかけた。
「八戒?」
「どうしたんだ?」
「あ…いえ……その、花喃にそっくりと言うか…瓜二つだったので、驚いてしまって……」
「…名前は似てるなとは思ってたけど、そこまで瓜二つなんだ…」
確かに初めて花喃さんの話を聞いた時、名前が凄く似ていて驚いたがまさか姿まで瓜二つとか思ってもいなかった…
「…… でも花南さんの方が目元にほくろがありますね」
「うん。花南のチャームポイントだって言ってた。」
写真を見ながら懐かしそうな寂しそうな表情を浮かべる双葉。
写真の中の花南は嬉しそうに笑っていて見れば見るほど寂しさが溢れる。そんな様子に悟空が話しかける。
「なぁ、今まであんまり聞かないようにしてたけどさ。その姉ちゃんの事とか向こうの世界の事とか聞いてもいい?」
「いいよ」
「双葉の住んでた所とこっちって違いとかあんの?」
「違いかぁ…街並みは少し違うかな。私が住んでた所は日本って言う島国でね、伝統文化があったり…あ!空飛ぶ乗り物があったよ」
「へぇ……じゃあ食べ物は?」
「お前はまた食いもんかよ」
「あははっ食べ物は対して変わらないかな…逆に同じものばかりで驚いたもん」
「お前驚いてたのか…」
「じゃあさ、双葉を育ててくれた姉ちゃんってどんな人だった?」
「うーん、優しくて天然でふわふわしてて愛情深くて…賭け事が得意だった。」
「……ん?」
「か、賭け事?」
懐かしみながら話しているかと思えば素っ頓狂な事を言うので力が抜ける
「うん。ほんとに凄いの。トランプゲームなんてやったら百発百中で負けるの。後は料理が壊滅的に下手だった」
「だから双葉、料理上手なんですね」
「花南にやらせるとキッチンが火事になりかけるし、爆発されるしで大変だったから私が作るしかなかったの」
「確かにそりゃやらせらんねぇな」
それからも今まで話してこなかった事を沢山話し、三蔵の睡魔がやってきた頃に解散となった。
夢の中へと船を漕ぎ出した三蔵を悟空が引っ張って部屋まで連れて行き、悟浄も風呂に入るからと部屋を後にした。
「僕もそろそろ部屋に戻りますね」
双葉に布団を掛け直し、部屋を後にしようとした時。
「……八戒」
呼び止められて振り返る。
双葉が遠慮がちに服の裾を摘まんでいた。
「どうしました?」
「……もう少し、一緒にいて欲しい」
一瞬だけ言葉を失う。
そんなことを言われて断れるほど器用ではない。
「…分かりました。でも病み上がりなので少しだけですよ?」
「うん。八戒 ありがとう」
柔らかく笑う双葉に、思わず苦笑が零れた。
「いいんですよ。不良園児たちを見るよりも双葉を見てる方がいいですから」
「三人とも不良園児なんだ」
「えぇ。手がかかって仕方がありません」
「それは大変だね。」
八戒がベッドの横に置かれていた椅子に腰掛けると双葉も上半身を起こして起き上がる。
本当に困ったものだ。
もう少しだけ。
そう思うのは、自分の方なのかもしれない。
そう思う八戒を他所に双葉は本当はまだ話せていなかった事があったからだ。
「……あのね…カミサマが言う通り花南が死んだって知った時…私泣けなかったの。悟空の言う通りどうやって泣けばいいのか 泣き方が分からなかった。これからも涙を流せないんだって思ってた。」
「でも、あの時双葉はちゃんと涙を流してました。」
「皆のおかげだよ。あの時皆の声ちゃんと聞こえた。……前に八戒に言った『大切な思い出を忘れない限りどんな形であれずっと一緒に居られる』ってね、私がそう考えないとこれ以上にもっと壊れるって思ってたの。花南が居なくなった時、引き裂かれるぐらい痛かった。凄く生きてる心地がしなかった……一人になるぐらいなら私も一緒に死にたかった…!」
「双葉…」
「花南にもう一度会いたいッ!!…会いたいよぉ」
布団を強く握りもう叶うことのない悲痛な叫びを零す
双葉の姿に八戒は言葉を失った。
――会いたい。
その一言が痛いほど分かった。
自分も同じだったから。
失った人に、二度と会えない人に。
会いたいと思わない日はなかったから。
だからこそ何も言わずにただ静かに双葉を抱き寄せた。
「八戒?」
「…泣いていいですよ。泣けなかった分、沢山泣いていいです。僕しか見てませんから。」
「…ぁ、ッふぅ…!!…」
その言葉に今まで泣けなかった分を出すかのように八戒の背中に手を伸ばし沢山沢山泣いた。
どれだけ一人で抱えて生きてきたのか、この小さな少女には抱えきれない程の思いを考えれば言わずには居られなかった。
「……僕は双葉の傍にずっといます。何があってもあなたを守ります。一人にはしません……僕はあなたが好きなんです。」
「…八、戒」
「……本当はまだ言うつもりなかったんですけど、どうも僕は双葉のことになると予定通りにいかないみたいです。」
抱きしめていた腕をゆっくりと緩める。
それでも目を合わせる勇気がなくて、八戒は小さく苦笑した。
その姿を見て八戒の手にそっと触れ呟く。
「……人を好きって言う気持ち、私にはまだ良く分からない…」
「…」
「でもね…八戒と一緒にいると安心して心がぽかぽかするの…これが好きって言う気持ちなんだとしたら…私も八戒と同じ気持ちなんだと思うの。」
「双葉…」
「八戒の隣にいさせて下さい」
その言葉に八戒は一瞬だけ目を見開いた。
それから困ったように笑う。
本当に。
どうしてこの子はこうも真っ直ぐなんでしょうね
「はい。こちらこそよろしくお願いします。」
握った手は双葉が眠りに着くまで離れることはなかった──
───────────────────────
翌朝──
「そう言われたら服どうしよう…」
出発を言い渡されていたので準備をしようとした時、着るものがないことを思い出した。
カミサマに捕まっている間は黒いドレス。
ここ数日は悟空から借りていた服。着ていた制服はそもそも攻撃を受けてボロボロになっていたし今頃瓦礫の下敷きなっていることだろう……なんて考えながらベッドから起き上がり机の上を見ると、
「え?」
そこに置かれていた物は新しい制服。
それも通っていた高校の夏仕様の制服が2着と置き手紙
頑張れよ──
「菩薩さま…」
なぜだかその送り主が観世音菩薩からであると思った。制服に袖を通す。さすがに半袖は嫌だったのでタートルネックを下に着てみる。
「…うん。いいかな?」
「キュー!」
「わん!」
姿鏡で確認する双葉に返事するようにジープとクロガネが嬉しそうに返す。
「ありがとうジープ、クロ。よし!じゃあみんなの所に行こっか」
二匹を抱えて四人のいるであろう部屋へと向かう。
「おはようみん、な………どうしたのその格好」
開けた扉の先にいた四人がお笑い芸人の格好をしているため、その姿を見て固まった。
「あ、双葉おはようございます」
「なんで双葉ちゃんだけちゃんとした格好してんだよ!!?」
「俺やだよ!こんな格好!!」
挨拶を返す八戒とは裏腹に悟浄と悟空は抗議の声を上げ、三蔵もハリセン片手に怒りマークが出ている。
「これまでの旅で服もズタボロになった事ですし、新調するならここは僕達らしくお笑い芸人風にと思いまして」
「なんでそうなったの?」
「…ツッ込み処は満載なんだがな。とりあえず、勘弁してください」
八戒の考えにツッコまずには居られなかったが本人は至って真面目なようで
「動きやすさを重視した全身タイツなんかも用意しましたけど?」
「『芸人』からはなれろ。」
「普通のになっちゃいますよ」
「普通ので、いいんだよ」
「てゆーかこーゆー服、どこで買ってくるんだろう」
「分かんないけど、こういう時の八戒の行動力ってすごいよね…」
──で。
「おーーマトモなのもあるんじゃねぇか。さっきに比べれば」
「ま、今までとほとんど変わってませんけどね。」
「あれ、三蔵は全然かわってねーのな」
「当然だ。この法衣は『三蔵法師』の伝統的な正装だ。易々と新調するような物じゃねぇよ。…行くぞ」
カツカツと聞こえてくる足元はちゃっかりおしゃれにブーツを履いていた。
「あ、三蔵はブーツにしたんだ」
「(ブーツ!!?)」
「(ブーツはアリなんスか三蔵法師様!!?)」
「似合ってると思うよ?」
「当然だ」
「肯定しやがった!!」
三蔵のブーツに固まる二人を置いて先に歩み出した八戒を追いかけて並んで歩き出す。
「双葉も制服変わりましたね」
「うん。朝起きたら机の上に菩薩様が置いてくれてたの」
「その制服もよく似合ってますよ。可愛いです。」
「えへへありがとう」
「……なーに甘い雰囲気漂わせてんだよ」
「え?ああ。僕達お付き合いすることになったんです」
少し茶化すつもりで言った悟浄だったが、双葉の肩に手を添えて返ってきた台詞にその場の空気が固まった。
「…………はぁ!!!?」
「えっ!二人とも付き合ってんの!!?」
「……マジか」
「えぇマジですよ。」
「……マジ、です」
「そっか!八戒も双葉もおめでとう!」
「ありがとう悟空」
「ありがとうございます」
和やかに返す二人とは対照的に、悟浄は未だに固まったままだった。
「……」
「……悟浄?」
「……」
「悟浄?」
「……待て待て待て待て待てッ!!」
突然頭を抱えて叫び出した。
「いつだよ!!」
「昨夜ですね」
「昨夜ァ!!?」
即答した八戒に悟浄の声が裏返る。
「早ぇよ!!」
「そうでしょうか?」
「そうだろ!!」
「えっ、じゃあ昨日まで付き合ってなかったのか?」
悟空がきょとんと首を傾げる。
「そこ驚く所じゃねぇからな!?」
「だって二人ずっと一緒にいたじゃん」
「それはそうなんですけどね」
八戒が苦笑する。
「だから今朝から妙に機嫌良かったのか!!」
「あっ!」
悟空が大きな声を上げた。
「確かに!」
「何が確かにだ!!」
「朝から鼻歌歌ってた!」
「歌ってましたね」
「歌ってたな」
「お前ら見てたなら教えろよ!!」
悟浄が頭を抱える。
八戒は肩を竦めた。
「別に隠していた訳じゃありませんし」
「隠してねぇならもっと早く言え!!」
「聞かれませんでしたから」
「ぐっ……!」
正論だった。
反論できずに言葉を詰まらせる。
そんな様子を見ながら双葉は小さく笑った。
「悟浄」
「あ?」
「そんなに驚く?」
「驚くだろ普通!」
即答だった。
「だってよ、お前ら見てっとその……」
言いかけて、何故か言葉に詰まる。
「?」
「?」
二人が同時に首を傾げた。
その顔を見た悟浄は盛大に顔をしかめる。
「~~~もういい!!」
「何なんですか」
「言ってよ」
「知らねぇよ!」
そのままぷいっと顔を背けた。
そんなやり取りを見ていた三蔵が煙草を咥え直す。
「騒がしい馬鹿どもだ」
「三蔵は驚かねぇのかよ!?」
「あ?」
三蔵は面倒そうに視線だけ向けた。
「今さらだろ」
その一言に悟浄が絶句する。
「今さらって……」
「見てりゃ分かる」
フン、と鼻で笑い先へ歩き出す。
「行くぞ。置いてくぞ」
「あっ、待って下さい三蔵」
「待てって!」
「お腹空いたー!」
「お前は黙ってろ猿!」
「もう行くよ悟浄!」
賑やかな声を響かせながら、一行は再び西へと歩き出した。
