-無印篇-

──雨音が、耳鳴りみたいだ

ザァァァァァァア

貴方を救うために百眼魔王の城へと乗りこみ、一人残らせる事無く次々と殺めていった。


「──ヒィッ、だ……誰か…!」


ドス……

名も知らない妖怪に刃物で腹を貫く。
これで何人目かも分からない程に沢山沢山殺めてきた。ここに来るまでに作った死体の数など知らない。


「き…っ貴様…一体…!?」


死ぬ間際に縋り着いてくる妖怪の手を、振り払い崩れ落ちるのを見つめる。
その時静かな雷の響き。
それは僕を表すかのように。
この悲惨な現状をも白く照らす。
雷の音さえも雨音に勝って聞こえなく感じる。


──耳鳴りが酷くて気が狂いそうなんだ


隠し通路のような所から下に下る。
ここに貴方はいるのだろうか…
もうどこを探しても見つからなかった。
最悪な想像をする頭を振り払い声を出す。


「──花喃、ここにいるのか?」
「悟能…?」


声が帰ってきた先には檻の中で座り込む愛おしい人の姿。どれだけ会いたかっただろう。
最悪な想像をしその都度、吐き気に襲われた。
でも、あぁ…あぁ…!!
やっと、やっと見つけた…!!
檻に駆け寄り貴方を間近で見つめる。


「花喃…!!」
「悟…能、悟能なの…?」
「──生きてたんだ良かった…!!」
「その右目…どうしてここに…!?」


僕の右目の怪我を心配してくれる貴方。
そんな事どうだっていい。
それよりも抱きしめてその存在を確かめる。


「ごめんこんな目にあわせて。帰ろう花喃、僕が守るから…」
──えぇ、悟能。帰りましょ、私達の家へ


そう返ってくると。
そう返事をしてくれると思っていた。
会えた、生きていた嬉しさと喜びのあまりその変化に見落としていたんだ。
顔に影を作った貴方はいつもの優しい笑顔を作ってくれなかった。


「…もう遅いよ、悟能」
「花喃?」


スル……
抱きしめた腕からゆっくり離れた時、腰に差していた刃物を抜いてゆっくりと貴方は自分の首に掛けた。


「――!何を……?」
「このお腹の中にはね、あの化け物の子供がいるの」

あぁ、やめて…ッ!

「……だから…」

その続きを言わないで…ッ!

「さよなら、悟能」

誰かこの時間を止めて…!!

──誰か、殺して。


儚く綺麗に笑う貴方を、止めようと手を伸ばしても檻のせいで届かない。


「花喃…!!」


目の前を冷たい赤が飛び散る──
…僕は一体何がしたかったのだろう……
彼女が好きだと言ってくれた両手を血に染め、彼女を守れず何故…何故僕は……生きているの…?



──僕を殺して──

 

─────────────────────
 

ガゥン!

森に響いた銃声音によって現実に引き戻され、八戒は小さく声を漏らす。
威嚇射撃によって清一色が腰掛けていた岩のすぐ横に穴を開けた。

「──悟空と双葉はどこだ。次は当てるぞ」
「さて、どうしたと思います?1人はこの霧の中をさ迷い歩いているか、あるいは……熊のエサになっているかもしれませんねぇ」

ガウンッガウンッ!

クククと気色悪く含みを持った笑みで言う。
飄々とした態度を崩さずに交わし、木の上に登った。

「ククク。やれやれ、短気なお人達だ。カルシウム不足ですかね?」
 
ザザザザ……

そう言うとパチンと指を鳴らし、どこからともなく音が響き辺り一面に虫の大群が地を這い三人を囲む。

「?!何だこりゃあ!」
「ムカデか…!!チッ、どこから湧いて来やがるんだ…!」

気付いたときにはすでに遅く、ムカデは三人の足元から纏わりつき登ってくる。
払い除けてもキリなく大量に登って来るため、下半身は既にびっしりムカデの大群が襲ってきていた。

「百眼魔王はムカデの妖怪でした」

そんな三人を前で清一色が語りだし声が森に響く。

「ムカデは大顎に持つ毒液で、昆虫を捕らえるんです。──ホラ、早く逃げないと、それだけの量に咬まれれば命にかかわりますよ?」
「――っ」
「八戒!!」

清一色の話に従うように、八戒の体をムカデが容赦なく襲いかかる。

「憎しみが足りませんか?」

清一色が八戒に近づき顎を掴み、無理やり顔を上げさせたかと思うと自分の顔と対面させる。

「──それではこんなのはどうですか?」

そう言うと霧の中から三人の前に表したのは、根のような物で縛りあげられ気を失っている双葉の姿だった。

「双葉ッ!!」
「チッ!」
「おいおい…また偽物とかじゃねぇだろうな」
「残念ですが紛れもない本物ですよ」

気を失っているの事をいいことに双葉の長い髪をすくい上げ口元に寄せる。

「私考えたんですよ。あんなに啖呵切って貴方に何かしたらタダじゃおかないと言っときながら、このムカデ達に犯されればこの方はどんな顔をするでしょう。それを目の辺りにする貴方はどんな悲痛の顔に歪ませるのでしょう。」
「や、やめ」

八戒には儚くも綺麗な顔を浮かべる最期の最愛の人の姿と双葉が重なって見えた。
少しずつムカデの大群が双葉の元へと向かう。
その光景を見るだけで頭が真っ白になり心臓の鼓動が響く。

「さあ、よぉくご覧なさい──貴方の姉を陵辱し、孕ませた、ムカデ野郎の息子の顔を。そして貴方の姉のように犯される彼女の姿を!!」

その言葉と共に八戒の目が見開く。
憎悪の瞳で清一色を睨みムカデの大群から腕だけを払い上げて拳を振るった。

「おっと」

そんな攻撃など清一色は軽くあしらいその勢いで、八戒の鳩尾に肘打ちを入れた。

「あ…がはっ──!」
「八戒……!!」

八戒は顔を歪ませるもそのまま清一色から頭を地面に押さえつけられ左手を掴んで馬乗り状態になる。
そんな状況に悟浄が名を呼んでも聞く耳を持たない八戒は清一色を殺意と憎悪な瞳で睨みあげる。

「──ああ、だんだんイイ顔になってきた。咎なき命まで奪った贖罪のつもりか知りませんが、貴方の健気なまでの偽善者ぶりは嫌いじゃありませんけどね。でも」

清一色は厭らしい笑みで舌なめずりをし言葉を続ける。

「貴方の痴態と殺意だけが、ワタシの心を満たしてくれる」
「──それ以上喋るな。耳障りなんだよ」

そんな二人の憎悪を消すかのように割って入った三蔵に我に返った八戒。

「俺がこの世で嫌いな物ベスト3のうち、二つ教えてやろうか」
「是非お伺いしたいですねぇ」
「変態と虫ケラだ」

その言葉と共に経文を発動させてムカデを一匹残らず消し飛ばした。
その時双葉を縛り上げていた根も一緒に消え、支えをなくし倒れる所を三蔵が抱きかかえた。
経文によって起こった風から清一色は片腕で顔を隠したが、その隙に悟浄の錫月杖が襲いかかる。
その三日月型の刃によって清一色は肩ごと切り落とされる。

「…なんかさー、久々にブチ切れそーだわ。スゲーな、この温厚な俺がよ?」

悟浄は挑発的な笑みを浮かべるも、その瞳には怒りが見てわかる。

「──おい、平気か八戒…八戒?」

三蔵が座り込だまま動かない八戒に呼びかけるも、反応がない。その様子を見て悟浄は舌打ちをし八戒の肩を両手で掴んだ。

「ッおい!しっかりしやがれ!お前は“猪八戒”だろうが!!」

悟浄の怒号に八戒に意識を戻した。

「──ッ!?大丈夫です。スミマセ、」
「危ねェ!!」

その時三蔵の声が響き気付いた時には悟浄の後ろに倒れていた筈の清一色が悟浄の頭を鷲掴んだ。

「な…ッ!!」
「悟浄!!」

2人が悟浄を助けようと時、空から一直線に清一色の顔目掛けて小さな竜が翼を羽ばたかせて襲いかかった。

「ジープ…?」

ジープは清一色の顔を一生懸命つついたり引っかいたりと戦う。その緩んだ隙に悟浄は逃げ出した。

「大丈夫か!?」

森の中から足を引きずりながら来る悟空の姿。
それを見た瞬間、清一色は舌打ちをした。

「悟空…!」
「悪ィっ、待たした!!」

片手を上げていつものように笑う悟空に悟浄が近づいていく。

「おっせーんだよてめーわ!!」
「しょーがねーだろ足折れてんだから!!ムチャクチャ痛ェんだぞコレでもっ」

いつものよう言い合う二人、そんな時途端に悟空の腹の虫が鳴り響きその場に座り込んだ。

「腹減ったしもーサイアクッ」
「…──これだよ」
「あははは悟空以外の何者でもありませんねえ」

真偽を疑わずとも本物の悟空に、八戒と悟浄は自然に顔がほころんだ。
そんな中、三蔵は抱えていた双葉を八戒に渡しす。

「──悟空」
「え?」
「このバカ猿!!」

三蔵に呼ばれた悟空が振り向いたものの頭に強い衝撃が走った。衝撃を与えたのはどこから出たのか良くわからない三蔵のハリセン。
気を抜いていたため悲鳴をこぼした。

「ぎゃっ~~~何すんだよイキナリ!?」
「──よし。」

痛がる悟空をよそに三蔵は満足げに頷く。
訳が分からない衝撃を与えられ与えは本人は満足している姿にキレだす悟空。

「『よし。』ぢゃねーだろ暴力タレ目!!」
「安心したならそー言やぁいいのに。カワイイ奴っ」

これまたいつものやりとりに悟浄が笑ったが、三蔵に睨まれ目を逸らす。

「うっ…」
「!!双葉!分かりますか?」

気を失っていた双葉の意識が戻り、それに気がついた八戒が呼びかける。
ぼんやりした表情を浮かべながら焦点を合わせる。

「八、戒?…あれ?私……そうだ。清一色と戦ってそのまま捕まったんだ…」
「ケガはないですか!?」
「う、うん大丈夫。捕まっただけで何もされてない」
「っ!良かったぁ!!」

まだ覚醒しきってない頭を動かし気を失う前の出来事を思い出したが、八戒の勢いに驚く。
八戒も無事を知り双葉の両肩を掴み項垂れた。

「双葉ちゃんが無事で良かったよ」
「うん。ごめん、心配かけて」
「本当だ。くそ娘。」

安堵の声をあげる中、似つかない声が聞こえてくる。

「──あーあ、キレイに取れちゃいましたねえ。ま、足よか幾分マシですけど」

清一色は切り落とされた切り口を痛くもないと言わんばかりにましてや、興味深そうに見ていた。
それの気色の悪い光景に悟空は三蔵の後ろに隠れて言った。

「三蔵、やっぱりアイツなんか変だ。だって“生きてる臭い”が全然しない」
「──!」
「…どういうことだそれは」
「わかんねーけどッ!腕もげても平気な顔してんなんて絶対フツーじゃねーじゃん!」
「おい、ちょっと待てよ。じゃあ何か?清一色が幽霊か何かだとでも言うのかよ?」
 
──…そうだ…思い出した。
僕が殺した──この男を
あの時確かに僕が殺したんだ…

その言葉に八戒はある事を朧気な記憶から少しずつ思い出して行く。
そんな事お構い無しに清一色は斬られた腕をいじり飽きた後、後ろの茂みに自分の腕を放り投げた。

「──さて、雑談もそのくらいにして頂きましょか。我もねェ考えたんですよ。どうしたら猪悟能に喜んで貰えるのかなと。至極簡単なことでした。“お友達”をいたぶるのが有効だとね」
「うあ最ッ低──」
「ククッ、最ッ高の褒め言葉ですよ!!」

悟空の言葉に満足そうな顔をし清一色は隠し持っていた点棒を悟浄の胸と悟空の足に目掛けて投げ放つ。
しかし二人はギリギリで交わす。

「赤い髪のお兄さんと、金眼の坊やには遊ばせて頂きましたが」

そして三蔵と双葉にも点棒を投げるも3本ともクナイで弾き落とす。

「次は───本当に彼のお友達が減ってしまいますね」
「やってみろよ」
「まだ何かするんだったら容赦しない」

三蔵と双葉は殺意のこもった瞳で睨みつけ挑発的な言葉を放つも、清一色は快楽の笑みを浮かべる。
そのやり取りを見ていて八戒の中で忘れていた記憶がやっと再生されていく。

──思い出した…あの声、あの眼。
この男は──
 
「おいッ、この最低野郎!!」

その殺気立った中を悟空が叫ぶ。

「三蔵に何かしてみろ。タダじゃ済まねえかんな!!」
「おやおや。お宅のペットは忠誠心があついですね。しかし……よく吠える」

投げた点棒を今度は避けきらずに悟空の足に刺さってしまう。

「!!──ッつ…!!」
「悟空…!?」
「立っているのもやっとの状態で、よく強がりが言えますねぇ」

いつもならあんな攻撃すぐに避けるはずが本当に足が折れているのだと分かり、三蔵と悟浄は驚いて唖然としていた。

「…お前本当に骨折してたのか」
「だから最初っからそー言ってるだろ!?」
「うわぁ、足変な方に曲がってる。イヤーン」
「悟空大丈夫?」
「双葉だけじゃん。まともに心配してくれてんの…」

応急処置と言わんばかりに悟空の骨折している足に太めの枝とハンカチで結び固定する双葉。
その姿を見ながら清一色は次の企みに出る。

「そうだ双葉さん。貴方は断りましたが、私が勝手に話させていただきますね。」
「は?」
「悟能のことですよ。」
「…え?」

その名に八戒は反応し一瞬にして血の気が引き、一気に身体の力が抜け地面に座り込む。
そんな八戒の変化に気づきながら清一色はニタァと気色悪い笑みを浮かべつらつらと話し出した。
復讐に駆られ沢山の命を殺めた事、沢山の罪を。
愛した人が自分の双子の姉であったことを止めどなく話し続けた。
途中清一色を黙らせようと動いた悟浄と悟空を三蔵が止めた。
驚いて三蔵を見るも何か強い意志のある表情に黙って見守ることしか出来なかった。

「歪んだ愛。そんな事の為に多くの命を奪ったんですよ。双子が恋人同士だなんて気持ち悪いでしょ?穢らわしいでしょ?そんな馬鹿げた復讐のせいで彼は人間から妖怪に変貌を遂げたんですよ!バカバカしいでしょう?貴方は何も知らずに何も教えてもらえないまま妖怪の彼と共に行動をしていたんです。」

八戒のいる角度からは双葉の表情は見て取れない、しかしずっと黙っている事に恐怖を感じた。

──知られた…双葉だけには知られたくなかった、過去の話…
「で?」
「……は?」
「!?」

八戒の気持ちとは裏腹に双葉が発した言葉に驚いた八戒と清一色。

「だから、何?…悪いけど今話したのはアンタのただの独り言。私言ったはずよ。本人から聞いた話しか信じないって。アンタの言うその猪悟能って人が八戒だったとしてもそれが何?何度も言うけど私は猪悟能なんて知らない。私が知ってるのは、見てきたのはここにいる猪八戒だけ」

力強く言い放つ双葉に三蔵はフッと笑ってみせる。

「そもそも妖怪だから何?妖怪とか人間とか括り付けてしょうもない。そんな事どうでもいい。大事なのはその人がどんな人物か。優しい人間も妖怪もいる。その人たちをあんたみたいなクソ妖怪と一緒にしないで」

その言葉に反応したのは八戒だけでなく悟浄と悟空も息を飲んだ。
清一色に言い返すだけ言い返し、双葉は八戒の同じ目線になるようにしゃがみこみ手を握り包み込む。
それはあの日八戒がしてくれたように。

「ねぇ八戒…私まだ分からない事も知らない事もたくさんある。でも私が知ってる事は周りに目配りしたり、見ず知らずの私なんかにも気を使ってくれてる優しい人。それでいて自分の事になると途端に器用貧乏になっちゃう…そんな貴方しか知らない、そんな貴方を知ってる。」

まだぎごちない表情筋を必死に動かし少しほんの少し微笑んで見せた。

「それにね、八戒が教えてくれたんだよ。この手は汚れてない、汚れても洗い流せる。そうでしょ?」
「…ふ、たば……」

八戒の瞳に光が戻る。
しかしその状況を面白く思わないものが一人。
清一色は舌打ちと共に二人に向け点棒を投げるも、それにいち早く気がついた八戒が双葉の腕を引き逃げる。

「つくづく面白い方だ…やはりあの時、死体にして突き出す方がダメージがありましたね。」

思ったようにならなかったことへの腹立ちか、少し余裕を無くす姿を見せる。
そんな清一色を他所に八戒は三蔵に耳打ちをした。

「──三蔵。二手に別れましょう」
「……フン、成程な」

八戒の意図を理解し、三蔵は清一色に向けて引き金を引いた。

「不意討ちとはまた姑息ですねえ?」
「貴方に言われたかないですよ!」

銃弾と気功術を軽々と避け清一色そ森の奥へと消えていった。

「──追うぞ八戒!」
「悟浄、悟空と双葉を任せましたよ!」
「あッ、オイ!?」
「八戒、三蔵!」

三蔵と八戒は清一色を追いかけるべく森の奥へと走って行き、残りの三人は置いてけぼりを食らった。

「い、行っちゃった…」
「~~アイツらわざと俺ら置いてきやがったな!?」
「マジかよ、ふっざけんな!!」
「清一色はそんなに生易しい相手じゃねぇ。追うぞ!」
「おう!」
「うん」

悟浄は骨折している悟空を背負い走りだそうとした時だった 、昨夜の胸の傷の痛みで思わず足を止めた。

「悟浄?」
「大丈夫?」
「昨日の傷、治りきってねーの?」

悟浄は痛みで黙るが、沈黙は肯定だ。
そんな悟浄に対して声をあげる悟空。

「使えねー奴ッ!!見失っちまったろーが!!」
「てめーにだきゃあ、言われたくねぇよ!この骨折猿!!」
「猿サルゆーなエロ河童!!」
「もう、こんな時まで喧嘩しないで」

言い争う声が森に響きながら二人が消えていた方へと足を進めて行った。



──────────────────────
 

──あの男の事を思い出した。
あれは、そうあの時。
甦る記憶。彼女を目の前で失ったあの時。

記憶が押し寄せてくる。雨音と共に──

「か、なん……」


目の前で彼女は自らその命の灯火を消した。
この手を伸ばそうとも、もう届かない。
血まみれで横たわる最愛の人を抱きしめることすら出来ない。
どうしてこうなった…?
どこで間違えた……?
ただただ呆然と見つめることしか出来ない。


「──ああ、死にましたかその女」


放心状態の僕の後ろで声がした。
一人残らず殺したと思っていたのにまだ生き残りがいた事に驚き振り返る。


「よかったですねぇ。化け物の子供の顔を見ずに済んで。愛してたんでしょう?」


暗くて顔が見えない。
愛していた?当たり前だ。
命に変えてでも守ると決めた。だからここまで来た。
心から愛していた。それが許されないことだとしても。


「──聞きましたよ。貴方この女の弟だそうですね。初めての女性がお姉さんとはねぇ。やっぱり、姉弟で“する”のって具合がイイんですか?」


飄々としたその声は、嘲笑いどこまでも神経を逆撫でる。
うるさい。愛して何がいけない。
血が繋がっているから?双子だから?
僕たちは共に愛し合っていた。
誰にも迷惑をかけず静穏な日々を過ごしていた。
それを全て壊したのはお前たちだ。
憎しみと復讐の刃でその男に斬り掛かる。


「ははッ、凄いですね、貴方の瞳。流石城中の妖怪をたった一人で殺しまくっただけのことはある。人間のそれとは思えませんよ…!」
「…ッが…!!」


お互いの持つ刀で小競り合いをしていると一瞬の隙で僕の腹を掻っ捌いた。
これで彼女に会いに行けると思い死を受け入れていた。
しかし現実はそう甘くなく、男は不敵な笑みで近づき僕の血を舐めいた。


「ああ。もしかしたらあの言い伝えは本当なのかもしれませんね。千の妖怪の血を浴びた人間は、妖怪になれるそうですよ…」



──────────────────────




「見失ったか──」

清一色と応戦するもすぐにその姿を見失ってしまい三蔵は近くにあった木に背を預けた。

「…まずいですね。悟空達に何かなければいいのですが」
「…いや、おそらく奴はこの近くにいるだろう。今の奴の目的は、お前の前で俺殺すことだからな」
「──そう…ですね」

三蔵は袖からライターを出し加えた煙草に火を灯す。
そんな三蔵に八戒が話しかける。

「最近増えましたね」
「何分イラつくことが多いもんでな」
「あ、それって密かにイヤミですか?」
「言語理解能力のある奴は助かるよ」

静かな皮肉の言い合いもいつもの騒がしい二人がいない分それ以上広がることは無い。

「…三蔵」
「何だ。くだらんこと聞いたら殺すぞ」
「あ、じゃあやめようかなあ」
「喧嘩売ってんのか、貴様」

そう言い放っても反論なく少し間を開けた後、八戒は口を開いた。

「僕はここにいても良いのでしょうか」

その問いに紫煙を蒸した。
そしていつもの口調で呟く。

「…本当にくだらねぇ。二度と聞くなよ。双葉があんだけのこと言ったのに本当にお前、まだまだだな。」

タバコの灰がゆっくりと落ちていく。

「お前も俺を裏切らない。そうだな」

その曇りのない一言が背中を強く叩いてくれる。

「…狡い人ですね、貴方は」

──そんな風に言われたら、裏切れるわけないのに…

「──静かすぎるな」
「ええ。不自然にね」

そう先程から怪しいほどに静寂している森。
気配も感じない、しかしこちらの様子を見ている事は間違いない。

──どこにいる。

警戒をより一層高める中、葉が鳴った。
それと同時に三蔵が銃を向ける。
しかし頭上からも音が響く。
気付いた時には遅く二人が、反応するよりも早く点棒が降り注いできた。

「いつの間に…?」
「ククク…どうです。堪能していただけましたか?最期の語らいのひと時は」

投げられた方向に目線をやると妖しい笑みを浮かべる奴がいた。樹から飛び降りて二人に対峙する。

「どうやら貴方達は猪悟能の過去をすべてご存知のようだ」
「悪いか?」
「彼が歪んだ愛情ために無益な殺生を重ねてきたことを」
「それがどうした」
「──良いお友達をお持ちですね、猪悟能。実に失い甲斐があるでしょう」

その言葉に動揺することなく強い意志を持った表情をした八戒が1歩踏み出し、三蔵を庇うように清一色の前に立ちはだかる。

「あなたに何を言われようと僕は一向に構いません。…ただ、この人達にはもう二度とその指の1本さえ触れることは許さない」

清一色は思い立ったように、しかし怪しい笑みを絶やすことなく笑っていた。

「──じゃあ、我が“触れなければ”良いんですね?」
「な…?」
「今までのはほんの前戯にすぎませんよ。──さあ、我に見せてください。あなたが悦びに悶え苦しむ表情を」
「!!」

感情のない深い闇を宿した瞳。
その闇に呑まれる感覚を感じた瞬間、八戒に異変が起こる。脳内に不快極まりない音が響き渡る。

「ぐぅあぁあ、…ッあ!!」
「──八戒?!おいっ一体どうし「来ちゃ駄目ですッ!!」何?」

八戒の牽制も虚しく、三蔵を押し倒しそのまま八戒の手が三蔵の首をギリギリと締め上げる。

「あ…ッ」
「腕が…勝手に…!!」
「実に脆い生き物ですねぇ。心の隙間に入り込むのはこんなにも容易い」
「──ッ…、嫌です…!!」
「なぜ?人殺しなんて雑作もないことでしょう?」

三蔵が首を絞められながらも、清一色に殺気を向けた。

「その手を汚す死の数が、また1つ増えるだけですよ…」


──────────────────
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─────────



一方その頃、八戒と三蔵を追いかけ森を駆け抜ける三人、なのだが…。

「〜〜〜おいッ降ろせってば!!自分で歩くって言ってンだろ!?」
「るせーな、暴れんじゃねーっつの!!」
「そうだよ悟空。危ない…」

足の怪我もあるので悟空をおんぶする悟浄。

「一人じゃ立てもしねークセにわめくな猿ッ!!」
「てめぇだってまだ完治してねぇのに無理してんじゃんっ」
「そー思うんなら少しは大人しくしやがれッ」
「もう喧嘩しないでってば」

いつも止める二人が居ないため必然的に止める係が双葉になる。が、その言い争うを二人のように止めることは出来ない。

「…ったく。それにしてもアイツらどこまで行きやがったんだよ」
「大分進んだはずなんだけど…」
「だいったいさぁ何なんだよ。あの変態ヤローは!!」

あれから結構走って来たが見失った二人を見つけることは出来ていない。
一体どこまで言ったのだろうか…。
悟空の言う通りあんだけの執着心を見せるということはそんだけ八戒と何かしらの繋がりがあると言うこと。
だからこそ今のまま二人だけの戦力にして置くのは心配しかない、相手は何を考えているか分からない変態だ。

「八戒と何があったか知らねーけどな。気がかりなのはむしろ、八戒の精神的な部分だ」
「……大丈夫だろ、八戒は」
「うん、そだね。」
「あ?」

八戒個人の心配は悟空同様にあまり双葉もしていなかった。そんな二人にはてなを浮かべる悟浄。

「だってアイツが言ったんだぜ。「信じてくれる人がいる限り自分自身を守りぬく」って、自分を恥じたりしたくないからって――」
 
そう続ける悟空は力強い瞳をしていた。

「だから大丈夫なんだよ」
「……」
(あぁ…本当にこの人達の絆って本当に凄いんだな…)

どれくらいの付き合いをしてきたかなど聞かなくても分かる。相手の事を自分以上に知っていてどこまでも強い絆で結ばれている。
自分はその中には入れないなっと考えていると悟空が双葉に視線を向けた。

「それに双葉が八戒に伝えた事きっと届いてる」
「え?私?そんな大したこと言ってないよ」
「いや、きっと今の八戒には凄く効いたと思う」

そこで自分の名前が入るなど思ってもいなかったので驚きと気恥しさで目線を横にずらす。
そんなやり取りを見ていた悟浄が急に速度を上げ走り出し、それと同時に肩に乗っていた悟空が揺れる。

「どわッ!?」
「──双葉ちゃん急ぐぜ!!落ちんじゃねーぞバカ猿!」
「〜このクソ河童!!」
「うん!」



───────────────────────

 
腹部から流れる真っ赤な血の色。
これで死ねる、花喃の元へ行けるそう思って薄れる意識を手放そうとしていた時。


「…──おや。深く入っちゃいましたか。やはり人間は脆くて行けませんねェ。そんなに早く死なれたら面白味に欠けますよ?」
「がはっゴホッ」
「……ああそうだ。せっかくだから試してみましょうか」


朦朧とする意識。呼吸は既に虫の息だった。
男はまるで新しいおもちゃを手に入れたかのように、楽しそうに僕を見つめながら僕に何かをかける。
生暖かいそれは彼の血だと気づくまでそう時間はかからなかった。


「私で千人目かもしれませんよ、妖怪大量惨殺者さん」

──ドクン

身体中の細胞が暴れまくると共に脈打つ。

「おや。効き目あはですか」
「──あッはあッ!が…ッ!!」
「──はははッ素晴らしいですねェ!!久々にゾクゾクとしますよ!!」



アツイアツイアツイ、クルシイクルシイクルシイ


「聞かせて下さいよ今の感想を…愛する女を犯した、妖怪の仲間入りした気分は…!!」


…その後の事はあまり覚えていない。
ただ覚えているのは先程まで生きていた目の前の妖怪が真っ赤になり倒れ、それと同様に自らの手も同じ赤に染まっていた。


────────────────
──────────
────


「──思い出して頂けましたか?我の事を」

そう彼はあの時、自分が生まれ変わった時に立ち会った男。
しかしその時に殺した。
確かに殺したはずだ……
それが何故目の前にいる?
なぜ生きている?
清一色は三蔵の首を締める八戒を見た。

「が……っ」
「……ッ!!」
「我はあなたが生まれ変わった刹那に立ち会ったんですよ」
「──あのとき、あなたは死んだはずです!僕が殺した…!!」
「確かに我はものの見事に斬り裂かれましたよ。でもまぁ、事切れる直前に……コレ、埋め込んだんですよ。貴方に受けた傷口からこの体の中にね」

そう言って見せたのは“命”と書かれた麻雀牌。
その牌で自分自身を式神にし生き残った。
嫌、それは生きていると言うのだろうか……

「…何故そんなことをしたか分かりますか?あなたに会うためですよ。猪悟能」

ギシギシと三蔵の首の骨が鳴り出す。

「我は元々何事にも執着しない性質でした。他人に興味を持ったのは初めてなんですよねェ」
「…やめてください」
「あなたの狂気に歪む顔が見たい」
「…嫌だ」
「悶え苦しむ声が聞きたい」
「嫌です……!!」
「すべてを奪って、壊したい」
「──がはっ」

ゴキィ、と鈍い音が鳴ったと共に三蔵の腕がパタリと地に落ちる。

「──さ、…ん、ぞ…?」

呼びかけてもビクともせず、そのまま三蔵は動かなくなった。

「──……う…うわああああ!!」

遠くで悟浄と悟空、双葉の声が聞こえた。
それすら耳に入れたくないと言わんばかりに体が震え俯いてしまう。

「──おや、お仲間がいらしたようですね。……もう自ら動く気力もないですか?お手伝いしてさしあげますよ」

やれやれと清一色が八戒の手を取り、そっとその甲に口付ける。
 
「さあ、すべてを失いましょう」

全て清一色の目論見通りに事が進んだ。
思い描いた通り八戒を壊すことに成功した。
これで残りの生き残りを殺した時の事を想像しただけでもゾクゾクが止まらないと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。

ザッ…

「あ…いたっ!!」
「おい平気か八…」
「…え、三蔵?」

悟空の鼻を頼りにやっと追いついた三人が見たのは、目を疑いたくなる異様な光景だった。

「三蔵?!」

口から血を流して倒れる三蔵。
そして俯いてしゃがみこむ八戒の姿だった。

「三蔵!!──三蔵ッ!?」
「どーなってンだよコレ…!?」
「どういうこと…?」
「僕が」

三蔵に駆け寄り様子を伺う三人に八戒が蚊の鳴くような声を出す。

「僕が殺したんです」
「──え?」
「ッ悟空逃げて!!」

その言葉に反応した悟空に襲いかかる八戒が見え双葉が声をかけるも遅く、容赦なく殴り飛ばされてしまった。

「八戒…!?」
「な、何で」

信じられないものを見るような目を向けながら悟浄は動揺を隠せずにいた。
何故三蔵を殺したと言い、悟空を殴った……?
そんな疑問、原因を作ったのは奴しかいない。

「無駄ですよ」
「!!てめぇ…!」
「彼はもう我の人形同然です」

嘘だ。
八戒がこのクソヤローの人形…?
そんな訳ない。
だって、あいつの目は──

「ほら、」

しかし清一色の声と共に、確かに悟空を標的にして八戒は気功を生み出そうとする。
それから守るように双葉は悟空の前に武器を出し構える。

「やめろ八戒ィ!!」
 
必死で止めようとする悟浄の声が聞こえた時、先程までと違う表情をする八戒に双葉は気がついた。
そこでやはり…と確信した。
その時溜めていた気功が放たれた方向は――

「!!?な…ッ」

それは悟空と双葉の目の前を大きく旋回し、八戒の背後へと向かい一直線に清一色に命中した。
その行為にぴくりと口元を動かす悟浄とやっぱりと言わんばかりの顔をする双葉。
気功に寄って血を吐いて地に倒れこんだ男は、訳が分からない信じられないといったように八戒を見た。

「正気…だったんですか!?」
「正気じゃねェのはこの頭だろ」

先程まで見ていたものとは違い強い意志を宿した緑眼が屍を貫く、そして問いかけた疑問と共に清一色の背後から三蔵は銃口を頭に向け撃ち抜いた。
銃弾を受け倒れる清一色を他所に、三蔵の声に悟空が慌てて起き上がった。

「三蔵!!くっそー!やっぱ演技だったのかよッムカツク!!」
「やっぱりそうだったんだ…」
「そんなこったろうと思ったけどよぉ」
「うるせぇな」
「あはは。お騒がせしまして」

いつもの余裕でワイワイ騒ぎ出す一行を悔しそうにふらつき立ち上がる清一色。

「悟能の咄嗟の演技に一枚噛んだ、というわけですか」
「指にさほど力が入ってなかったからな。それ以前にこいつは俺を絞め殺すくらいなら、舌噛んで死ぬだろうよ」

どこか勝ち誇った顔をする三蔵に、清一色の脚本を変えた当事者が拍手を送る。

「いやもうほんと三蔵ってば名演技でしたよ。ほんとに殺っちゃったかと思いました。あはは。」
「……いつかまじで殺すぞお前。」

本調子に戻っている八戒に憎まれ口を叩く三蔵。

「我の術にはかからなかったのですか?」
「貴方言いましたよね。心の隙間に入るのは容易いことだと。残念ながら僕の心は隙間を作っとくほど広くないもんで……ま、」

八戒の左手の親指を立て下に向ける。
その表情は――

「見くびるんじゃねぇよ、って感じですね♡」

爽やかにいつもの笑顔に戻っていた。
ここから先は八戒が手を降す番。
そう皆が思っていたからこそ助太刀せず見守っていた。

「──もう一度死んでいただきます」
「…それは構いませんけどね」

体勢を変え構える八戒に清一色が煽るように言葉を続ける。

「気功術だけで我を殺せるとお思いですか?──それとも、制御装置を外して戦いますか?あの時の様に」

そう言い終わる前に先に動いた八戒が清一色の正面へと走り出す。いつもの戦闘スタイルではないやり方に戸惑いつつもその行方を見守る。
パシ、とまだある清一色の左腕を逃がさないように掴んだ。

「ははっ、今度こそ血迷いましたか!?」

この状況下でも挑発を辞めない男に冷静にゆっくりと口を開いた。

「制御を外す必要はないでしょう。気功術には、応用編があるんですよ。3年前、僕が斬り裂いたのは“ここ”でしたね」
「!」

八戒の手に光が集まりそのまま清一色の心の臓を貫いていた。

「──猪…悟…能……?」
「違いますよ」

清一色の言葉を否定し強い眼差しで向き合った。
手の平で媒介となっていた麻雀牌を握り潰す。

「僕は『猪八戒』です」

媒介を失った体はみるみるうちに崩壊し、よろけながら八戒の方を掴んだ

「……まったく、あなたには失望しましたよ」
「ありがとうございます」
「もっと我を楽しませてくれると思ったのに」
「あいにく最近自虐的傾向に飽きたんです。正確に言えば身近な方々に感化されたんですが」

もう迷いを無くした八戒は後ろを振り返った。

「この手がどんなに赤く染まろうと、血は洗い流せる」

清一色だったものはゆっくりとした動作で崩れ砂となっていく。

「そうやって生きていくんです。僕らは」
「──クク…そう来ましたか…やはり我は心底あなたが嫌いですよ、“猪八戒”。あなたのように生きる匂いしかしない、偏屈な偽善者は」
「奇遇ですね。僕もあなたが嫌いです。僕はあなたのような、過去も未来もない生き物じゃありませんから」

その顔はもう何者からも縛られない涼やかに晴れていた。



──────────────────
────────────
─────────

 

「おいっ、エロ河童!!何しやがんだよッ!ヤメロって!」
「クククッ、おー、カックイー♡」
「やめなよ悟浄。二人とも一応怪我人でしょ…いい加減にしないと雷落ちるよ」
「〜〜ってめぇ!!ざけんなよクソ河童ァ!?」
「やかましい!!」
「ほら、言わんこっちゃない…。」

悟空のギブスに悟浄が落書きをし騒ぎ出す。
それを見かねた双葉が止めるも聞くことなく予想通り三蔵の雷が落ちる。
そんないつもの光景を八戒は地図から目を離し眺めていた。

「あー楽しかった」

先程まで主犯格だったのに満足した様子で近づいて来る悟浄に、呆れたように口を挟む。

「元気ですねぇ。自分だって怪我人のくせに」
「俺は体もアソコも丈夫に出来てンの。お前こそ、憑き物が落ちたような顔してんじゃん?」
「!」

皆無事でいつもの日常が帰ってきてようで、居心地の良さを感じていたので悟浄の言葉に少し驚く。

「──そうですね。“彼”はある意味、もう1人の僕でしたから。過去を引き摺り続けて生きてきた、僕自身の亡霊、だったのかもしれない。」
「………」

悟浄が黙って、空を見上げ口を開いた。

「双葉ちゃんに話さなかったのは、そう言うのも全て見せたくなかったからだろ。まぁお前の場合デリケートな部分だからそう軽々しく話すことでもないけどさ。」
「そう、ですね…。清一色が現れた時が話すタイミングだったんだと思います。でもそれが出来なかった、拒絶されるのが怖かった。」
「俺もバカ猿も妖怪だってこと話せてないのも似たようなもんだしな。」
「…でも双葉の言葉を貰ってちゃんと話そうって決心が着きました。」
「!…そうだな。……なぁあの時、お前が聞いた質問の答え今でもいいか?」

その言葉に八戒は返事をするように小さく頷いて見せ悟浄はその日の出来事を思い出すかのように話し出す。

「…三年前のあの日、どしゃ降りの中お前は俺を見上げて殺してくれって眼をしてた。──だから助けたんだよ。俺は死にたがってる奴を簡単に殺してやる程優しい男じゃあナイの」
「悟浄……」

気になっていた答えはやはり、優しくて彼らしく期待を裏切らないものだった。

「──で、今はどーなワケ?いつ死んでもイイって顔にはみえねぇけどな」
「今は…そうですね」

その質問に微笑み、八戒は右手を高く上げ良く晴れた空に向けた。

「この生命線が、もう少し長かったら良かったなぁと思います」

許されるなら花喃。
──あともう少しだけ、自分の為に生きてみたいと思うんだ。

そう思っていたのもつかの間
 
「えー何、八戒、生命線短いの?」
「あ、ほんとだ」
「うわっびっくりしたぁ」
「ふーん。じゃあさ、コレでいーじゃん」

八戒の背後から音もなく手のひらを覗き込む悟空と双葉に驚く。
何かを思いついたのか悟空が八戒の右手にマジックで生命線を書き足していった。

「おい猿!!散らかした物ぐらい片付けろ!」
「うわ!ヤベッ」
「ははっバッカでー」
「だから片付けたらって言ったじゃん」

三蔵に怒られる悟空を眺めながら双葉は八戒の横に腰掛けた。
反応のない八戒に悟浄と双葉が振り返ると、呆然と書き足された生命線を見つめる八戒。

「……参ったなぁ。油性ペンですよコレ」
「油性だな」
「油性だね」
「落ちないじゃないですか」

言葉と裏腹に全く困った素振りなど見せず、どこか少し嬉しそうな八戒に悟浄がふっと笑って見せた。

「落ちねェな……いーんでない?」
「だね」
「そぉですね。」

そんな二人の温かさを感じながら、双葉は目を閉じた。この後近くの小さな町で休憩も兼ねて2日滞在することに。
町に着きすぐに「飯ー!!!」と騒ぎ出すため食事も早々に済まし宿屋へと向かった。
生憎この日は三部屋しか取れず三蔵が一人部屋を何も言わせず勝手に獲得し悟浄と悟空、そして八戒と双葉の部屋割りとなった。

「ジープお疲れ様」
「キュー」

ジープを抱き上げベッドへと背中からダイブする双葉を見てやはり歳相応だなと八戒は改めて感じた。
そして決意していた心が揺るぐ前に話をすると決めていた。

「双葉、お話があります。」
「?どうしたの改まって…」
「その…僕の過去についてなんですが、清一色から聞いたとしてもやはり自分の口からちゃんと話がしたくて…」
「…うん。」

話し始める八戒を待つも一向に口を開かず俯く。
今ならと思ったもののどう話すべきか本人を目の前にし、また悪い思考が頭を巡ってしまう。
そんな八戒に気付いた双葉が優しく語りかける。

「ねぇ八戒?別に無理して話そうとしなくていいよ?話せないってことはきっと今その時じゃないんだよ」
「…双葉は優しいですね」
「うぅん、私は優しくなんてないよ。」
「いえ、優しいです。あの時言ってくれた言葉、凄く嬉しかったんです。だからこそ上手く話せないかもしれないけど聞いて欲しい。」

そう言って今度こそゆっくりあの頃を思い出しながら、そして時より詰まりながらも八戒は話した。
話し終え双葉の顔を見ながらずっと思っていた事を聞いてみる。

「こんな話…本当は軽蔑します、よね」
「どうして?」
「…清一色が言っていた愛した人が双子の姉、ではなく双子の姉だから花喃を、愛したんです。」
「それがダメなことなの?」
「!」

復讐で関係のない命も奪い、守りたかった人も守れず自分は妖怪に変貌してしまうなどあまり気持ちのいい話ではない。
ましてや双子の姉弟なのにこんな話、世間的に考えたらご法度だろう。
例えそれが本当に愛していたといても許されることなどない。

「私そんな事で軽蔑しないよ。…だって花喃さんも八戒もお互い愛し合ってたんでしょ?二人が幸せだったならそれを周りがとやかく言う資格も好き勝手言う資格もないんだよ。」
「…」
「辛い事がいっぱいあったけどそれが今の八戒に繋がってる。今もこれからも進むのは猪八戒だもん。」

──あぁこの人はどれだけ欲しい言葉をくれるんだろうか…

「それに花喃さんだって八戒が二人の大切な思い出を忘れない限りどんな形であれずっと一緒に居られる」
「双葉…」

軽蔑されてもおかしくないはずなのに八戒の話を、双葉はちゃんと受け止め優しい言葉を紡いでいく。
例え表情が上手く動かずともその瞳を見ただけで、嘘偽りがないことなど分かる。

「それにね、妖怪だとしても八戒は八戒だもの。何も変わらないよ。」
「…ありがとう。双葉」

──その言葉だけでどれだけ僕が救われるか貴方はきっと知らない。

「色んな事があったけど、八戒…おかえりなさい」
「!!」

きっと双葉は猪八戒として戻ってきたことへの言葉だったのかもしれない……
それでもその言葉はあの日。
扉を開け最愛の人から返ってくるはずだった言葉。
もう返ってくることはないと思っていたのに……。

「ただいま…」

照れくさそうに、でも嬉しそうに八戒は微笑んだ……
それから少ししていつものように嵐が騒ぎを起こしながらやってきた。
バン!!
勢いよく扉が開いたかと思えば同室のはずの悟浄と悟空が喧嘩をしながら身を乗り出しながら入ってくる。

「八戒、双葉!!やっぱり部屋変わってくれよ!悟浄のいびきうるさいんだよ!!!」
「んだと!?バカ猿!!お前のいびきのが鼓膜破れそうになるぐらいうっさいわ!!!」
「なんだと!!?悟浄だって!」

喧嘩しながら入ってくる悟浄と悟空に二人で顔を見合わせクスリと笑みがこぼれる。

「はいはい、喧嘩しない。」
「だってよ〜八戒!」
「分かりましたから。周りのお客さんの迷惑になりますから、お部屋に帰りましょうね〜」
「俺らはガキか!?」
「そんな感じじゃないですか。」

いつもの調子で保父さんスイッチが入った八戒が二人の間に入り喧嘩を収め部屋へと誘導していく。

「双葉、二人を部屋で寝かしつけた後、三蔵とルート確認等をしてきますのでゆっくり休んいてくださいね」
「〜〜〜だから寝かしつけって俺らはガキか!!?」
「うん、分かった。ジープは預かっておくね」
「はい。お願いします」

ぎゃあぎゃあ騒ぐ二人の背中を八戒が押しながら部屋を出ていくのを見送った後、ジープを抱きかかえ部屋の窓から見える月を眺めた。

「……花喃さん、か。」
──貴方と名前が似てるから少し驚いちゃったよ…花南(かな)

思い出すのはいつでも笑顔を向けてくれていた大好きな人。もう二度と会う事が出来なくなってしまった大切な人。
寂しそうな顔をする双葉を心配そうに見つめるジープ。そんな視線にも気づかず、見つめる月にはゆっくりと闇のような雲が覆いかぶろうとしていた。
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