-無印篇-
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――あの男の事を思い出した。あれは、そうあの時。
甦る記憶。彼女を目の前で失ったあの日に。
「か、なん……」
目の前で彼女自らその命の灯火を消した。
この手を伸ばそうとも、もう届かない。
血まみれで横たわる最愛の人を抱きしめることすら出来ない。
どうしてこうなった…?
どこで間違えた……?
ただただ呆然と見つめることしか出来ない。
「ああ、死にましたかその女」
放心状態の僕の後ろで声がした。
一人残らず殺したと思っていたのにまだ生き残りがいた事に驚き振り返る。
「よかったですねぇ。化け物の子供の顔を見ずに済んで。愛してたんでしょう?」
暗くて顔が見えない。
愛していた?当たり前だ。命に変えてでも守ると決めた。だからここまで来た。
心から愛していた。それが許されないことだとしても。
「――聞きましたよ。貴方この女の弟だそうですね。初めての女性がお姉さんとはねェ。やっぱり、姉弟で“する”のって具合がイイんですか?」
飄々としたその声は、嘲笑いどこまでも神経を逆撫でる。
うるさい。愛して何がいけない。
血が繋がっているから?双子だから?
僕たちは共に愛し合っていた。静穏な日々を過ごしていた。
それを全て壊したのはお前たちだ。
憎しみと復讐の刃でその男に斬り掛かる。
「ははッ、凄いですね、貴方の瞳。流石城中の妖怪をたった一人で殺しまくっただけのことはある。人間のそれとは思えませんよ……!!」
「…ッが…!!」
お互いの持つ刀で小競り合いをしていると一瞬の隙で僕の腹を掻っ捌いた。
これで彼女に会いに行けると思い死を受け入れていた。
しかし現実はそう甘くなく、男は不敵な笑みを浮かべ近づき僕の血を舐めいた。
「……もしかしたらあの言い伝えは本当なのかもしれませんね。千の妖怪の血を浴びた人間は、妖怪になれるそうですよ」
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「見失ったか――」
清一色と応戦するもすぐにその姿を見失ってしまい三蔵は近くにあった気に背を預けた。
「…まずいですね。悟空達に何かなければいいのですが」
「…いや、おそらく奴はこの近くにいるだろう。今の奴の目的は、お前の前で俺殺すことだからな」
「――そう…ですね」
三蔵は袖からライターを出し加えた煙草に火を灯す。
そんな三蔵に八戒が話しかける。
「最近増えましたね」
「何分イラつくことが多いもんでな」
「あ、それって密かにイヤミですか?」
「言語理解能力のある奴は助かるよ」
静かな皮肉の言い合いもいつもの騒がしい二人がいない分それ以上広がることは無い。
「…三蔵」
「何だ。くだらんこと聞いたら殺すぞ」
「あ、じゃあやめようかなあ」
「喧嘩売ってんのか、貴様」
そう言い放っても反論なく少し間を開けた後、八戒は口を開いた。
「僕はここにいても良いのでしょうか」
その問いに紫煙を蒸した。
そしていつもの口調で話し出す。
「本当にくだらねぇ。二度と聞くなよ。双葉があんだけのこと言ったのに本当にお前、まだまだだな。」
タバコの灰がゆっくりと落ちていく。
「お前も俺を裏切らない。そうだな」
その曇りのない一言が背中を強く叩いてくれる。
「…ずるい人ですね、あなたは」
──そんな風に言われたら、裏切れるわけないのに…
”僕”いう存在をこんなにも信じてくれる人がいる。
「──静かすぎるな」
「ええ。不自然にね」
そう先程から怪しいほどに静寂している森。
気配も感じない、しかしこちらの様子を見ている事は間違いない。
──どこにいる。
警戒をより一層高める中、葉が鳴った。
それと同時に三蔵が銃を向けた。しかし頭上からも音がなる。
気付いた時には遅く二人が、反応するよりも早く点棒が降り注いできた。
「いつの間に…?」
「ククク…どうです、堪能していただけましたか?最期の語らいのひとときは」
投げられた方向に目線をやると妖しい笑みを浮かべる奴がいた。樹から飛び降りて二人に対峙する。
「どうやら貴方達は猪悟能の過去をすべてご存知のようだ」
「悪いか?」
「彼が歪んだ愛情ために無益な殺生を重ねてきたことを」
「それがどうした」
「──良いお友達をお持ちですね、猪悟能。実に失い甲斐があるでしょう」
その言葉に動揺することなく強い意志を持った表情をした八戒が1歩踏み出し、三蔵を庇うように清一色の前に立ちはだかる。
「あなたに何を言われようと僕は一向に構いません。…ただ、この人達にはもう二度とその指の1本さえ触れることは許さない」
清一色は思い立ったように、しかし怪しい笑みを絶やすことなく笑っていた。
「──じゃあ、我が“触れなければ”良いんですね?」
「な…?」
「今までのはほんの前戯にすぎませんよ。──さあ、我に見せてください。あなたが悦びに悶え苦しむ表情を」
「!!」
感情のない深い闇を宿した瞳、その闇に呑まれる感覚を感じた瞬間、八戒に異変が起こる。
脳内に不快極まりない音が響き渡る。
「ぐぅあぁあ、…っあ!」
「――八戒?!おいっ一体どうし「来ちゃ駄目ですっ!!」何?」
八戒の牽制も虚しく、三蔵を押し倒しそのまま八戒の手が三蔵の首を締め上げる。
「あ…ッ」
「腕が…勝手に…!!」
「実に脆い生き物ですねぇ。心の隙間に入り込むのはこんなにも容易い」
「――ッ…、嫌です…!!」
「なぜ?人殺しなんて雑作もないことでしょう?」
三蔵が首を絞められながらも、清一色に殺気を向けた。
「その手を汚す死の数が、また1つ増えるだけですよ…」
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一方その頃、八戒と三蔵を追いかけ森を駆け抜ける三人なのだが…。
「〜〜〜おいッ降ろせってば!!自分で歩くって言ってンだろ!?」
「るせーな、暴れんじゃねーっつの!!」
「そうだよ悟空。危ない…」
足の怪我もあるので悟空をおんぶする悟浄。
「一人じゃ立てもしねークセにわめくな猿ッ!!」
「てめぇだってまだ完治してねぇのに無理してんじゃんっ」
「そー思うんなら少しは大人しくしやがれッ」
「もう喧嘩しないでってば」
いつも止める二人が居ないため必然的に止める係が双葉になる。が、その言い争うを二人のように止めることは出来ない。
「…ったく。それにしてもアイツらどこまで行きやがったんだよ」
「大分進んだはずなんだけど…」
「だいったいさぁ何なんだよ。あの変態ヤローは!!」
あれから結構走って来たが見失った二人を見つけることは出来ていない。
一体どこまで言ったのだろうか…。
悟空の言う通りあんだけの執着心を見せるということはそんだけ八戒と何かしらの繋がりがあると言うこと。
だからこそ今のまま二人だけの戦力にして置くのは心配しかない、相手は何を考えているか分からない変態だ。
「八戒となにがあったか知らねーけどな。気がかりなのはむしろ、八戒の精神的な部分だ」
「……大丈夫だろ、八戒は」
「うん、そだね。」
「あ?」
八戒個人の心配は悟空同様にあまり双葉もしていなかった。そんな二人にはてなを浮かべる悟浄。
「だってアイツが言ったんだぜ。「信じてくれる人がいる限り自分自身を守りぬく」って、自分を恥じたりしたくないからって――だから」
そう続ける悟空は力強い瞳をしていた。
「だから大丈夫なんだよ」
「……」
(あぁ…本当にこの人達の絆って本当に凄いんだな…)
どれくらいの付き合いをしてきたなど聞かなくても分かる。相手の事を自分以上に知っていてどこまでも強い絆で結ばれている。
自分はその中には入れないなっと考えていると悟空が双葉に視線を向けた。
「それに双葉も八戒に伝えた事きっと届いてる」
「え!?わ、私?そんな大したこと言ってないよ」
「いや、きっと今の八戒には凄く効いたと思う」
そこで自分の名前が入るなど思ってもいなかったので驚きと気恥しさで目線を横にづらした。
そんなやり取りを見ていた悟浄が急に速度を上げ走り出し、それと同時に肩に乗っていた悟空が揺れる。
「どわッ!?」
「―― 双葉ちゃん急ぐぜ!!落ちんじゃねーぞバカ猿!」
「〜このクソ河童!!」
「うん!」
腹部から流れる真っ赤な血の色。
これで死ねる、花喃の元へ行けるそう思って薄れる意識を手放そうとしていた時。
「せっかくだから試してみましょうか」
男はまるで新しいおもちゃを手に入れたかのように、楽しそうに僕を見つめながら僕に何かをかける。
生暖かいそれは彼の血だと気づくまで少し時間がかかった。
「私で千人目かもしれませんよ、妖怪大量惨殺者さん」
――ドクン
身体中の細胞が暴れまくると共に脈打つ。
「――はははッ素晴らしいですねェ!!久々にゾクゾクとしますよ!!」
アツイアツイアツイ、クルシイクルシイクルシイ
「聞かせて下さいよ今の感想を…愛する女を犯した、妖怪の仲間入りした気分は…!!」
…その後の事はあまり覚えていない。
ただ覚えているのは先程まで生きていた目の前の妖怪が真っ赤になり倒れ、それと同様に自らの手も同じ赤に染まっていた。
「―――思い出して頂けましたか?我の事を」
そう彼はあの時、自分が生まれ変わった時に立ち会った男。
しかしその時に殺した。
確かに殺したはずだ……
それが何故目の前にいる?
なぜ生きている?
清一色は三蔵の首を締める八戒を見た。
「……ッ!!」
「我はあなたが生まれ変わった刹那に立ち会ったんですよ」
「──あのとき、あなたは死んだはずです!僕が殺した…!!」
「確かに我はものの見事に斬り裂かれましたよ。でもまぁ、事切れる直前に……これ、埋め込んだんですよ。あなたに受けた傷口からこの体の中にね」
そう言って見せたのは“命”と書かれた麻雀牌。
その牌で自分自身を式神にし生き残った。
嫌、それは生きていると言うのだろうか……
「なぜそんなことをしたか分かりますか?あなたに会うためですよ。猪悟能」
ギシギシと三蔵の首の骨が鳴り出す。
「我は元々何事にも執着しない性質でした。他人に興味を持ったのは初めてなんですよねぇ」
「…やめてくださいっ」
「あなたの狂気に歪む顔が見たい」
「…嫌だ」
「悶え苦しむ声が聞きたい」
「嫌です……!!」
「すべてを奪って、壊したい」
「──がはっ」
ゴキィ、と鈍い音が鳴ったと共に三蔵の腕がパタリと地に落ちる。
「──さ、…ん、ぞ…?」
呼びかけてもビクともせず、そのまま三蔵は動かなくなった。
「──……う…うわああああ!!」
遠くで悟浄と悟空、双葉の声が聞こえた。
それすら耳に入れたくないと言わんばかりに体が震え俯いてしまう。
「──おや、お仲間がいらしたようですね。……もう自ら動く気力もないですか?お手伝いしてさしあげますよ」
やれやれと清一色が八戒の手を取り、そっとその甲に口付ける。
「さあ、すべてを失いましょう」
全て清一色の目論見通りに事が進んだ。
思い描いた通り八戒を壊すことに成功した。
これで残りの生き残りを殺した時の事を想像しただけでもゾクゾクが止まらないと言わんばかりに満面の笑みを浮かべた。
ザッ…
「あ…いたっ!!」
「おい平気か八…」
「…え?……三蔵?」
悟空の鼻を頼りにやっと追いついた三人が見たのは、目を疑いたくなる異様な光景だった。
「三蔵?!」
口から血を流して倒れる三蔵、そして俯いてしゃがみこむ八戒の姿だった。
「三蔵──!!三蔵?!」
「どーなってんだよこれ…?!」
「どういうこと…?」
「──僕が」
三蔵に駆け寄り様子を伺う三人に八戒が蚊の鳴くような声を出す。
「僕が殺したんです」
「え?」
「ッ悟空逃げて!!」
その言葉に反応した悟空に襲いかかる八戒が見え双葉が声をかけるも遅く、容赦なく殴り飛ばされてしまった。
「八戒…?!」
「な、何で」
信じられないものを見るような目を向けながら悟浄は動揺を隠せずにいた。
何故三蔵を殺したと言い、悟空を殴った……?
そんな疑問、原因を作ったのは奴しかいない。
「無駄ですよ」
「!!てめぇ…!」
「彼はもう我の人形同然です」
嘘だ。
八戒がこのクソヤローの人形…?
そんな訳ない。
だって、あいつの目は──
「ほら、」
しかし清一色の声と共に、確かに悟空を標的にして八戒は気功を生み出そうし、それを止めるため双葉は悟空の前に武器を出し構え立ちはだかる。
「やめろ八戒ィ!!」
必死で止めようとする悟浄の声が聞こえた時、先程までと違う表情をする八戒に双葉は気がついた。
そこでやはり…と確信した。
その時溜めていた気功が放たれた方向は――
「?!!な…っ」
それは悟空と双葉の目の前を大きく旋回し、八戒の背後へと向かい一直線に清一色に命中した。
その行為にぴくりと口元を動かす悟浄とやっぱりと言わんばかりの顔をする双葉。
気功に寄って血を吐いて地に倒れこんだ男は、訳が分からない信じられないといったように八戒を見た。
「正気…だったんですか?!」
「正気じゃねぇのはこの頭だろ」
先程まで見ていたものとは違い強い意志を宿した緑眼が屍を貫く、そして問いかけた疑問と共に清一色の背後から三蔵は銃口を頭に向け撃ち抜いた。
銃弾を受け倒れる清一色を他所に、三蔵の声に悟空が慌てて起き上がった。
「三蔵!!くっそー!やっぱ演技だったのかよっ」
「やっぱりそうだったのね…」
「そんなこったろうと思ったけどよぉ…」
「うるせぇな」
「あはは。お騒がせしまして」
いつもの余裕でワイワイ騒ぎ出す一行を悔しそうにふらつき立ち上がる清一色。
「悟能の咄嗟の演技に一枚噛んだ、というわけですか」
「指にさほど力が入ってなかったからな。それ以前にこいつは俺を絞め殺すくらいなら、舌噛んで死ぬだろうよ」
どこか勝ち誇った顔をする三蔵に、清一色の脚本を変えた当事者が拍手を送る。
「いやもうほんと三蔵ってば名演技でしたよ。ほんとに殺っちゃったかと思いました。あはは。」
「……いつかまじで殺すぞお前。」
本調子に戻っている八戒に憎まれ口を叩く三蔵。
「我の術にはかからなかったのですか?」
「貴方言いましたよね。心の隙間に入るのは容易いことだと。残念ながら僕の心は隙間を作っとくほど広くないもんで……ま、」
八戒の左手の親指を立て下に向ける。
その表情は――
「見くびるんじゃねぇよ、って感じですね」
爽やかにいつもの笑顔に戻っていた。
ここから先は八戒が手を降す番。
そう皆が思っていたからこそ助太刀せず見守っていた。
「もう一度死んでいただきます」
「…それは構いませんけどね」
体勢を変え構える八戒に清一色が煽るように言葉を続ける。
「気功術だけで我を殺せるとお思いですか?──それとも、制御装置を外して戦いますか?あのときのように」
そう言い終わる前に先に動いた八戒が清一色の正面へと走り出す。いつもの戦闘スタイルではないやり方に戸惑いつつもその行方を見守る。
パシ、とまだある清一色の左腕を逃がさないように掴んだ。
「ははっ、今度こそ血迷いましたか?!」
この状況下でも挑発を辞めない男に冷静にゆっくりと口を開いた。
「制御を外す必要はないでしょう。気功術には、応用編があるんですよ。3年前、僕が斬り裂いたのは“ここ”でしたね」
八戒の手に光が集まりそのまま清一色の心の臓を貫いていた。
「──猪…悟…能……?」
「違いますよ」
清一色の言葉を否定し強い眼差しで向き合った。
手の平で媒介となっていた麻雀牌を握り潰す。
「僕は“猪八戒”です」
媒介を失った体はみるみるうちに崩壊し、よろけながら八戒の方を掴んだ
「……まったく、あなたには失望しましたよ」
「ありがとうございます」
「もっと我を楽しませてくれると思ったのに」
「生憎最近自虐的傾向に飽きたんです。正確に言えば身近な方々に感化されたんですが」
もう迷いを無くした八戒は後ろを振り返った。
「この手がどんなに赤く染まろうと、血は洗い流せる」
清一色だったものはゆっくりとした動作で崩れ砂となっていく。
「そうやって生きていくんです。僕らは」
「──クク、そう来ましたか…やはり我は心底あなたが嫌いですよ、“猪八戒”。あなたのように生きる匂いしかしない、偏屈な偽善者は」
「奇遇ですね。僕もあなたが嫌いです僕はあなたのような、過去も未来もない生き物じゃありませんから」
その顔はもう何者からも縛られない涼やかに晴れていた。