第6夜 千年の騎士
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神田はその後、三日三晩目を覚まさなかった。
すぐにコムイに連絡したところ、アレンとリナリーには帰還命令、おなまーえには待機命令が下された。
これはおなまーえに気を使っての温情措置だと言うことはすぐにわかった。
今は神田の側にいるのが、彼にとってもおなまーえにとっても良いことだとコムイは判断したのだ。
もちろん神田が目を覚ましたらすぐに次の任務に行くという条件付きだが。
「でも私のイノセンス、今調子悪いんだよね……」
遺跡に入る前に、おなまーえは神田に守護ノ矢をかけることを提案した。
彼もそれには賛成だったようで、素直に矢を受け入れる体勢をとった。
だがしかし。
『あれ…?おかしいな……』
『どうした』
『ちょっと白い矢が出てこなくて…』
おなまーえの矢はサポートが白、攻撃が黒とわかりやすく分かれている。
守護ノ矢は白色のはずなのだが、いつもと同じ調子で弦を引っ張っても矢が出てこない。正確には、輪郭だけは形成されるが、形が整わない。
『あれ?』
初めての現象におなまーえは動揺した。
こんなことは初めてだった。
今まで矢が形成できないなんてことは一度もなかったはずだ。
『無理はするな』
『うん……ごめんなさい、先輩』
原因不明の不調に、おなまーえはただ謝ることしかできなかった。
試しに攻撃系の黒い矢を生成してみるが、そちらは問題なく作り上げることができた。
イノセンスの調子が悪いのだろうか?
それともシンクロ率の問題か。
彼女は眉をしかめた。
彼が目覚めるのを待っている間、おなまーえは自身のイノセンスのサポート能力が使えなくなっていることを本格的に確信した。
どんなに頑張っても守護ノ矢は形を成さない。
焦れば焦るほど、矢は崩れやすくなっていった。
「……焦っちゃダメだ。私が何を守りたいのかイメージしなきゃ」
心を落ち着かせるため、おなまーえは目覚めない神田をただ見守っていた。
「………」
彼女は神田の手を握る。
リナリーが教えてくれた。
誰よりもおなまーえのことを心配してくれていたのは神田だったと。
「……私がサンドラ姫だったなら、私は先輩と婚姻することになってたんですね」
ビットリオとサンドラ姫の伝承をおなまーえも聞いた。
『ビットリオに勝つことのできたこの世で一番強い男と結婚する』とサンドラ姫は仰った。
彼に勝てた唯一の男、それは神田だった。
結婚など考えたこともなかったが、神田とならば案外悪くない生活ができるかもしれない、と少しでも思ってしまったのはなぜなのだろうか。
おなまーえは、この胸の奥を押し付けられるような感情をまだ処理しきれなかった。
「先輩……」
彼はいつも自分を守ってくれる。
ビットリオに敵わないと判断したなら、私など見捨てて素直に応援を呼びに戻ればよかったのだ。
だが彼はそうしなかった。
魅入られた状態では、おなまーえは自身のイノセンスを使えない。
すなわち丸腰状態だということだ。
いくらビットリオが強いとはいえ、アクマからおなまーえを守りながら戦うことは難しい。
神田はおなまーえを守るためにここに残ることを選択した。
「マテールの時も、そうでしたよね…」
トマに化けたLv.2の最初の一撃はおなまーえに向かっていた。
ララとグゾルに守護ノ矢をかけていたために、おなまーえは避けることができなかった。
覚悟を決めて攻撃を受け入れようとしたその時、神田が2人の間に割って入りおなまーえの身代わりとなったのだ。
「………なんで守ってくれるんですか、先輩。これじゃあ私――」
勘違いしてしまいそうになる。
彼の守りたいものの中に自分が入っているなどと、淡い期待を抱いてしまう。
「……あなたの守りたいものの中に、私は入っていますか」
眠っている相手に何を言っているのか、とおなまーえが手を離そうとした時。
おなまーえが放すより先にパシッと手が弾かれた。
「先輩…?起きたんですか?」
神田は目を開けずに仰向けになったままである。
だがこの手はたしかに意識を持って弾かれた。
まるで拒絶されるかのように。
「先輩?」
「……自惚れんじゃねぇ」
「え?」
想像以上に低い声におなまーえは動揺した。
彼はそのままの体勢で話し続ける。
「イノセンスに魅入られたのはテメェの心が弱かったからだ。弱えやつは嫌いだ。弱えくせに守るだのなんだのほざいているやつはもっと嫌いだ。」
「っ!」
「まだ守護ノ矢も使えねぇなら、おまえは足手まといになる」
ぐりっと心が抉られた。
一番言って欲しくなかった相手に、一番言われたくない言葉を告げられた。
"あの時"から、エクソシストになると決めた日から、なんの成長もしていないと。
白い矢を扱えなくなっているのは自身の心が弱いからだと。
「勘違いすんな。オレとお前は同僚だ。それ以上でも以下でもない。」
胸に浮かんだ淡い感情は、神田にはお見通しだった。
「……なに言ってんですか、ちょっとした冗談ですよ」
辛そうな表情を見せたくなくておなまーえはパッと笑顔を取り繕う。
だが緩む涙腺は誤魔化せない。
「無事目覚めたってコムイさんに報告してきますね。"神田さん"はまだ休んでてください。」
一刻も早くこの場から離れたくて、おなまーえは部屋の外に飛び出した。
(ああ、余計なことなど言わなければよかった。そうすれば今までと変わらず接してもらえたのに。)
自覚してしまった恋心は早くも打ち砕かれた。
いっそ気づかずにいられたのならどんなに幸せだったのだろうかと、後悔せずにはいられなかった。
****
おなまーえの飛び出していった病室の中で神田は1人唇を噛んだ。
「………ガキか、オレは」
守りたいものの中におなまーえは入っているかなど、そんなの――当たり前ではないか。
「…………」
"あの人"を探すためだけに生きてきた。
そんな自分に、いつのまにか隣にいて当たり前の存在ができていた。
おなまーえがビットリオの額にキスをした時、今まで味わったことのない感情が込み上げてきた。
この気持ちがいわゆる嫉妬であるということはすぐにわかった。
だが神田はそれを認めたくなかった。
認めてしまえば、おなまーえのことを好きだということになる。
明日があるかもわからないこの戦場で、余計な感情を抱きたくはない。
『せーんぱいっ!』
おなまーえが自分のことをどう思っているかなどは知らないし、さして興味もない。
だがこの気持ちを悟られたくなく、冷たい言動で彼女を突き放した。
たとえそれが今の彼女を余計に傷つけることになったとしても。
窓の外の月は細く、明日には新月になるだろう。
辛うじて見える黄色い線を神田は指でなぞった。
「………"神田さん"、か」
4年ぶりに聞くその響きは、とても無機質なものに感じた。
《第6夜 終》