23. 枯れない花の中に私たちはいたはずなのです
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地下室はひんやりとしていて気持ちがわるい。
特有の湿気と匂いにも馴染んできた頃合いである。
「……一通り文句を言ったらスッキリしました。じゃ、これで私は戻りますね。」
早速彼を助ける算段をつけなければ。
バルマの秘密通路の全てを把握できているわけではないが、きっとこの地下牢につながっている道もあるはずだ。
それからおそらくレインズワースの人たちは皆捕まっているはずだから、どうにかして外に連れ出さなければ。
思案しながらくるりと後ろを向いて牢屋から出ようとした時。
「待ってくだサイ」
ブレイクに呼び止められた。
「私の質問にも答えてくだサイ」
「…いいですよ」
「もちろん本心で」
「はい」
紅い目がじっとこちらを見つめた。
「貴女は、私を憎んでいますか?」
「…いいえ。だって憎んだってあの日々が帰ってくることはありませんから。」
それは本心だった。
憎み、恨みといった感情は持つだけ意味がないと。
だがそれと同時に今までおなまーえのことを忘れてのうのうと生きていた彼への怒りの感情は、心の奥底にくすぶっていた。
だから、というわけでではないが許した。
それがブレイクにとって一番辛いことと知っているから。
「やはり貴女は許すのですね…」
「……」
『私にとってこの罰は救いですから』
これは目が視えなくなった時の彼のセリフ。
だとするならば、ブレイクには生きてほしい。
生きて、生涯後悔し続けてほしい。
(罰なんて与えてあげない)
それがおなまーえの精一杯の意地だった。
ブレイクは自嘲気味に笑うとふうっと一つ溜息をついた。
「おなまーえさん、お願いがあります」
「…なんですか?」
「私のことは構わないでください」
「え…?」
「私は貴女の助けなど必要ありません」
ガッと頭に血が上った感覚がした。
『私を忘れろ』とそう言われたように感じた。
実のところ、おなまーえを危険にさらすことを危惧したブレイクが彼女を遠ざけるために放った言葉だったのだが、その気遣いはまさに余計なことであり、おなまーえを侮辱する行為でしかなかった。
「……なんで、そんなことを言うの」
震える声で問いかける。
真紅の瞳が不安げに揺れた。ブレイクは一瞬躊躇した後に、迷わず答えた。
「……貴女がもう私の使えるべき主人ではないからです」
「っ…!」
一番言われたくなかった言葉を言われた。
ハンマーで頭を殴られたようにガンガンと耳鳴りがする。
夢か現実かの区別がつかない。
それほどまでにおなまーえはショックを感じた。
「以前私はオズ君に聞きました。『君は一体どこにいるんだい』と。今の貴女は前までの彼と同じです。」
「……」
「いい加減お子様からは卒業ナサイ。もうケビン=レグナードはいません。」
それはもはや言葉の暴力であった。
「もう一度言いマス。私は、貴女の従者ではありません。」
火に油をぶっかけられたように、わっと感情が湧き上がる。
今の一言で幼い頃の恋心だとか想い出だとか、そういったもの全てが否定された。
普段は温厚な性格のおなまーえだが、この時ばかりは我慢ができなかった。
「……たに…」
「どうされました?おなまーえ=ルネット」
とうとう堪忍袋の尾が切れた。
「っ!」
憎しみのこもった目でおなまーえは彼をキッと見つめる。
――パシンッ
乾いた音があたりに響いた。
彼の頬が赤く腫れ上がる。
「貴方に!何がわかるっていうの!?」
二度、貴方に恋をした。
誰よりも近くにいてくれる貴方が好きだった。
記憶がない状態でも貴方を愛しいと思った。
けれど、一度目は貴方に置いていかれ、二度目では貴方はすでに別の人のものだった。
心のどこかでいつか彼が自分の元に帰ってくると信じていたのに、今その想い全てが否定された。
おなまーえは悔しさに唇を噛む。
(私の悲しみを、絶望を!貴方は理解できるはずはない!)
おなまーえは激情を抑えきれなかった。
「貴方に置いていかれた私の悲しみを、ちょっとでも考えたことある!?」
「えぇ、ずっと後悔していましたよ」
「っ!」
言ってしまった。
(私、今なんてことを…!)
彼の顔をまっすぐ見ることができない。
途端激情していた自分がとても恥ずかしくなった。
「っ…!」
涙を堪えながら牢屋を飛び出す。
「おなまーえっ!」
すれ違いざまにリリィが声をかけてきたが「ごめん」と短く告げ、横を通り過ぎた。
今は誰の顔も見たくなかった。
残されたブレイクは誰に聞こえるわけでもなく、小さな声で呟いた。
「そう、それでいいんです。貴女は私を恨んで、そしていつか素敵な人と結ばれて、全て忘れてください。」
幼い頃の約束なんて、花詞なんて、もう忘れて幸せになってくれ。
end