19. 幸福よ、夢の中で歌って...
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横たわる兄はとても穏やかだった。
リリィを撃ち抜いた時、彼はどんな気持ちだったのだろう。
無邪気な子供を撃ち抜く度胸は持っていても、この人はそれを平気でできる性格ではない。
「………」
おなまーえを絶望の淵から救ってくれた男もそうだった。
短い間だったが、ファングは誰よりも仲間想いで紳士的な男性であった。
自分が死ぬと言う瞬間も、リリィを庇い、仲間の女性に言葉をかけていた。
「兄、さま…」
ファングが死んだ時、ほんの一瞬ブレイクを恨んだ。
何をしているのケビン、その人は私の恩人なのに、と。
心がブレてしまったのだ。
「ごめんなさい兄様。私、自分がなんなのかわからない。」
おなまーえの中の感情が喧嘩をしていた。
私は誰なのか。
今こうやって思案しているのはルネットなのか、シンクレアなのか。
レイムなら答えを教えてくれそうな気がした。
(……寝てる人間に何を言ってるんだろうね、私)
私は何者なのだろうか。
四大公爵家に楯突いた没落貴族の末娘?
バルマ家に代々使えるルネット家の一員?
パンドラの一構成員?
(バスカヴィルか…)
レイムの眼鏡をキュッキュッと磨いた。
目が覚めた時に彼がすぐに行動できるように。
「……あとは頼みましたよ、兄様」
彼の頭に巻かれている包帯の隙間に、ルーファスから貰ったメモを挟み込み、彼女は部屋を出て行った。
****
続いて向かったのはブレイクが寝かされている部屋。
ルーファスからの許しが出たのでお言葉に甘えることにした。
周囲を確認してからそっと中の様子を除く。
ブレイクはベットの上で横たわっていた。
「起きて、ないよね…?」
念のため頬をペチペチと叩き、彼が気絶していることをしっかり確認する。
「…ぃよっと」
おなまーえは彼の布団の端をまくると靴を脱いでベットに忍び込んだ。
狭いベットに2人きり。
(うわぁ、思ったよりドキドキする、これ…)
仰向けに寝ている彼の腕をぎゅっと抱きしめた。
「起きない…」
ブレイクは今回の病人としてではなく怪我人として運ばれていた。
いつもは帽子屋を使った影響で体にガタが来ていたために運ばれていたが、今回はファングとの対決で体の至る所に切り傷とアザができていた。
「……本当に、目が見えないとは思えません」
あのファングと互角に渡り合っていたのだ。
パンドラ一の剣士は伊達ではない。
「……ブレイク様」
おなまーえはそっと彼の耳元に唇を寄せた。
「貴方はブリジットデイのことを覚えてますか。」
当然返事はない。
それでも、おなまーえはブレイクの頬に手を当てて話し続ける。
「私、最近知ったんです。青い羽根の意味。」
ブリジットデイの羽根の受け渡しは告白と同意義と言われている。
渡す方は「貴方が好き」と、受け取る方は「私もです」と。
おなまーえは自身の首から下げている羽根のネックレスを外した。
シャラっと鳴るそれを枕元に置く。
「イジワルな人………知ってたんでしょう、貴方は」
彼女は上体を起こすとブレイクの顔の両サイドに手をつき、馬乗りの体勢になる。
「……好きです。ずっと前から…50年前から好きでした。」
ここで唇にキスを落とせばロマンチックな告白になったのかもしれないが、おなまーえにそこまでの度胸はなかった。
彼女はブレイクの額にキスを一つ落とすと、ベットから這い出た。
もう思い残すことはない。
扉に手をかけ部屋を出ようとする。
「……ケビン。貴方は貴方の主人を守ってください。でももし、私に気づいたとしたなら、あの時の花詞の返事をください。それがおなまーえ=シンクレアの願いです。」
――パタン
閉じられた部屋には規則正しいブレイクの寝息しか残らなかった。
(自分も相当強がりだな…)
コツコツと廊下を歩く。
これからナイトレイ邸に向かいバスカヴィルと合流しなくてはならない。
おなまーえは何気ない仕草で束ねた髪を持ち上げる。
そして先ほど主人から受け取った剣を当ててお団子の根元をざっくりと切り落とした。
金色の髪が糸のように廊下に散らばる。
彼女の髪は肩につかない程の短さになってしまった。
「あ、そうだ」
おなまーえはふと思い立って自身の目元を触った。
そこには赤い目を隠すための"こんたくと"が入れられている。
「これも、いらないよね」
"こんたくと"を外すとおなまーえはそれを窓の外に放り投げた。
2、3回瞬きをしたあとぎゅっと目を閉じた。
(もう覚悟はできた)
おなまーえはそっと目を開ける。
真紅の瞳が悲しげに揺らめいていた。
end