17. 私は悲しみを口ずさんでただここにいるだけ
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兄はすでに事切れた。
彼はチェインを使うことを躊躇していたようだが、おなまーえを信じてその能力を使ってくれた。
しかしおなまーえのチェインも、決して戦闘能力に長けているわけではない。
赤の騎士の能力は特殊能力のあるチェイン相手に有利に働く。
つまりただ物理攻撃だけをするチェイン相手では太刀打ちできない。
「ほらほらおなまーえ、いつまでそうやって寝てるんだ!」
起きなきゃ。
じゃないと兄の体を守ることもできない。
私はどうなってもいいから、兄だけは――
「ねぇ!」
「っ」
残酷な笑顔で少女は攻撃を仕掛けてくる。
黒い犬は無遠慮におなまーえに襲いかかる。
だめだ、体が動かない。
兄を助けなきゃいけないのに…!
「ねえってば!」
赤の騎士もごめん。
不甲斐ない主で。
いつもいつも、彼はおなまーえの言うことをちゃんと聞いてくれた。
忠義の騎士は膝をつきゆっくりと姿を消した。契約が切れたわけではないが、原型を保てなくなってしまった。
「ほら一緒に遊ぼうよおお!!おなまーえーー!!」
もうダメだ。
黒犬が襲いかかり、彼女は静かに目を閉じた。
――ガキン
黒犬の牙と金属がぶつかる音がした。
「…?」
ゆっくりと目を開けると赤い衣がおなまーえを守っていた。
突如現れた男は大剣を持ってバンダースナッチの攻撃を抑えている。
「ファング!」
「それ以上はいけません、リリィさん」
優しく、それでいて理知的な声。
(ファング…?)
どこかで聞いたことのある名な気がする。
「うっ…」
頭の奥がズキズキと痛む。
この痛みは記憶が戻るときの痛みだ。
おなまーえは力を振り絞って赤い衣を掴む。
「あなた、どこかで……」
彼女が声をかければ、ファングと呼ばれた男は悲しげにこちらを見つめた。
「結局…こちら側にくるのですね」
「え…?」
次の瞬間、ファングはおなまーえの首後ろに手刀を落とした。
「まっ…」
目がチカチカする。
(まだ貴方のことを思い出せてないのに…)
彼女は力なくファングに倒れこんだ。
抱きとめた彼は複雑な表情で金色の髪を見つめる。
アヴィスに一度関わった人間は引かれやすくなる。
それはわかってはいたが、せめて遠ざけるために「チェインとは2度と契約するな」と助言したが彼女はその記憶すら失ってしまったようだ。
「なんでそんな奴に構うのさ!ファングは!」
気絶したおなまーえを抱き上げるファングを見て、リリィが批判の声を上げた。
彼女とおなまーえはよく似ている。
だからこそ、アヴィスの中でおなまーえを見かけたとき放って置けなかったのだ。
「この人はもうボロボロですし、これ以上攻撃する必要はないからです」
「じゃあレイム!レイムなら遊んでもいいでしょ!?」
「だめです。この人は…もう既に死んでいます。」
――カツン
「「!?」」
入口のあたりに足音が聞こえた。
ファングとリリィは警戒の視線を入口に向ける。
そこにいたのは白髪の男。
「レイム?おなまーえさん?返事をしなさい」
彼の視線は確かにこちらを向いているのに、男は状況が飲み込めない様子だった。
「マッドハッター……ザークシーズ=ブレイク!」
部屋の中で動く気配は2つ。
その両方ともブレイクの求める人物の気配ではない。
先ほど微かではあったが、確かにここからおなまーえの声が聞こえた。
「こいつが、レイムの友達…」
まだ幼い少女がボソッと呟いた。
ブレイクは再度2人の名を呼ぼうと口を開く。
「レイ…」
「無駄ですマッドハッター。視ればわかるでしょう。」
"視れば"と言った。
ファングはブレイクの失明のことなど知る余地もない。
それでもこのように表現したと言うことは、それはもう見るも無残な状況だと容易に推測できた。
「おなまーえさんはお返しします。治療すればすぐに良くなるでしょう。しかしこの男性の方は、もう……」
「――っ」
ブレイクは全身の体温が下がるのを感じた。
耳を澄ませば微かに弱々しい呼吸音が聞こえる。
ただ、それも一人分だけ。
(あぁ……全く、あの馬鹿……)
バスカヴィルを利用しようと言う目論見は消えた。
ザァッとブレイクの背後に空気が集まる。
塵のように寄り集まってできたそれはチェイン殺しのチェイン、マッドハッター。
「!!」
ファングとリリィが只ならぬ気配に構える。
「どうした?遊び相手が欲しかったんだろう。そいつらの代わりに私が戯んでやる。来い!」