6. 薔薇は死に秘密は苦痛の中に隠されました
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シャロンの部屋に向かう道すがらに話してくれたのは昨夜の出来事の委細。
おなまーえもシャロンの看病をしたとはいえ、詳細は教えてもらっていなかった。
昨晩、やはりブレイクはヴィンセント=ナイトレイの元を訪れていた。
奴に案内されて見た光景は、苦しそうな顔を浮かべるシャロンとエコー。
すぐに毒を盛られているとわかった。
ヴィンセントはエコーを使って解毒剤の有用性を示すと、交渉を持ちかけてきたという。
それを承諾し、いざ薬をよこせと言ったところ、薬をテラスから投げ捨てようとしたらしい。
「そ、それで薬は…」
おそるおそるレイムが問いかけた。
おなまーえも結果を知っているとはいえ不安そうな顔をする。
ガチャっとシャロンが寝ている部屋のドアを開ける。
「シャロンちゃん!」
「ご無事だったのか」
そこは今朝と変わらず、落ち着いた様子のシャロンが横たわっていた。
「ええ、私も一瞬ダメかと思いましたけどね…」
聞くと、エコーがテラスから身を乗り出して解毒剤をキャッチしてくれたらしい。
「エコちゃんが!?」
「ええ、私も驚きましたヨ。ヴィンセントの命令をただ聞くだけの人形だとおもっていたのですが……あの時のヴィンセントの顔ったらたまりませんでしたネェ。」
くっくっくっくっとさも愉快そうに笑う。
主人の意に背いた行動をとったエコー。
当然ヴィンセントが許すはずもなく、殴られそうになった彼女をブレイクが保護した。
そして『出て行け』というヴィンセントの言葉に従ってそのままシャロンを連れて出て行ったという。
「「で、出ていっちゃったの!?」」
何もせずに出て来たブレイクに、おなまーえとオズは突っ込んだ。
「そりゃそうですヨー、一刻も早くお嬢様を休ませたかったしぃ」
「あー、それで昨晩あんな悔しそうな顔してたんですね」
「まぁ一発ぶん殴ってやろうかとも思いましたが、それこそ益々面倒なことになりかねませんから」
ブレイクはテーブルに腰をかける。
おなまーえとオズもソファに腰をかけた。
レイムがメガネをくいっとかけなおす。
「賢明な判断だな。レインズワース女公爵は今回のことは公にされないおつもりだから。」
「シャロンちゃんが死にかけたのに!?」
「結果的には無事だったので問題ないということなのでしょう」
「そうですねぇ、できることなら四大公爵家の間で争いを起こすべきではないですからね」
「根掘り葉掘り審問された場合、レインズワースにもやましいことがないわけじゃありませんカラ」
「…なんか複雑だね」
四大公爵家と呼ばれる地位についているのにはそれなりに理由がある。
どの家も綺麗なことばかりやっていけるわけではない。
もちろんバルマも、そしてレインズワースも例外ではないのだ。
「……ん」
「シャロンお嬢様」
ベットからシャロンの声が聞こえた。
一同は揃って立ち上がる。
「もう体は大丈夫なんですか?」
駆け寄ったのはブレイク。
彼女は無言で起き上がった。
「……」
「ああ、まだ無理しないで」
「ブレイク…」
次の瞬間、一同はぎゅっと目を瞑った。
――バチーン!!
ゆっくり目を開けると左手を腰に当て右の手のひらを振り切ったシャロンと、それに叩かれ頬が赤くなっているブレイク。
「この、大馬鹿者!!」
ヒリヒリする頬をブレイクが抑える。
「なぁにが『いいんだ…』ですか!!全くよくないでしょう!!」
枕、布団、花瓶に至るまで、彼女はありとあらゆるものを彼に投げつけた。
「今回のことは私が…!貴方の側にいなければ自分の身すら守れなかった私の弱さに責任があるのです!」
シャロンは止まらない。
おなまーえとレイムとオズはソファの後ろに隠れて「あわわわ」とオロオロしていた。
「それなのに貴方は、私のためにあんな!!格好つけるのも大概にしなさい!!」
――バシーーンッ
ひときわ大きい音は平手打ちなど優しいものではない。
どこから持ち出したのか、彼女はハリセンを振った。
見ていた3人は震え上がる。
「くくく」
しかしハリセンに吹っ飛ばされた当の本人は面白そうに笑う。
「あハハハハ!自惚れないでくだサイ、お嬢様。」
水の滴る髪を大きくかきあげた。
「貴女のため?違いますヨ。私はいつだって自分のためにしか生きられない人間です。私が君を助けたのは自分の命が惜しかったカラ。」
「?」
「君に何かあったらシェリー様に…君のお母様に殺されてしまうからネェ」
「っ!」
シェリー様。
おなまーえがまだ使用人見習いの頃に若くして亡くなった、シャロンの母君。
「…そんなの、ズルイです。私は、ザクス兄さんの役に立ちたくてここにいるのに…っ、なのにっ…」
彼女は上げた拳をゆっくりとおろした。
ゆっくり膝から崩れ落ちるとブレイクに抱きつく。
「……う、うっ〜うあぁぁあぁぁあぁあ」
隠れている3人に向かってしっしっとブレイクは手を振った。
泣き崩れる彼女をこれ以上見ているのも失礼だ。
3人は四つん這いになって静々と部屋を出た。
レイムがパタンと扉を閉めるとシャロンの鳴き声はもう聞こえなくなった。
オズが声のトーンを元に戻して問いかける。
「『ザクス兄さん』?」
「ああ、ブレイク様のことですよ」
「昔はそうお呼びになっていたんです。もちろん本当の兄弟ではありません。小さい頃から一緒にいるので兄のように慕っていらっしゃるのでしょう。」
「ふーん、ブレイクって昔からあんな感じなわけ?」
「違うらしいですよ。昔のブレイク様なら兄様のほうが詳しいかと。」
おなまーえは唇を尖らせ、いじけるように言った。
「ええ、昔はもっと無愛想でしたよ。何があってもニコリとも笑わないやつで、まさに…手負いの獣といった感じでした」
かつてのブレイクを思い出しているのだろう、レイムは額に青筋を浮かべて話した。
「そんなあの男を変えたのがシェリー様、シャロン様の母君にあらせられます。シェリー様のその大らかな人柄に感化されたのでしょう、ザークシーズも少しずつ心を開いていき、今ではちゃんと笑えるようになったのですよ。」
「そうだったんだ…」
おなまーえは無愛想だった頃のブレイクのことを知らない。
彼の心を開いてくれたシェリーにはもちろん感謝している。
故にブレイクがシェリーを特別に思っていることも理解しているし、そこに嫉妬の感情は抱いていない。
(けど何だろう、このモヤモヤ……)
まるで彼が自分のものでなくなったかのような、言いようのない不安に包まれる。
最初からブレイクはおなまーえのものでもないというのに。
(……ヘンなの……)
end