4. あなたの声は夢よりも甘く響きました
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「ブレイク様、待って…!」
おなまーえとて体術の訓練などは怠ってはいないが、いかんせん相手がブレイクレベルの男性となると追いつくことができない。
階段を駆け上がり長い廊下を走り、やっと手が届くというところで彼は一つの部屋に入っていった。
バタンと扉が閉められ、ご丁寧に鍵までかけられる。
「ちょっ」
おなまーえの記憶が間違っていなければここはブレイクの自室のはず。
息を上がらせた彼女はドアを叩くことしかできない。
「ブレイク様!どうされたのです!?ザークシーズ=ブレイク!!」
ドンドンと叩いても返事は返ってこなかった。
(ブレイク様…?)
しばらくするとガタンという音がしてブレイクが部屋から出てくる。
険しい顔。
「少々行かなければならないところが。すみませんが、部屋の片付けお願いします。」
「えっ…と」
「くれぐれも余計なことはしないように」
冗談を言える空気ではなかった。
それほど彼から発せられる殺気は鋭いもので、たとえ自分に向けられたものでなくともおなまーえは体がピリピリとするのを感じた。
パンドラの制服を翻し、ツカツカと廊下を進んで行く彼を、兄と同じ表情で呆然と見送る。
一体この部屋で何があったのだろうか。
ガチャっとドアノブを回した。
――ブワッ
むせ返るような甘い香り。
目の前に広がったのは荒らされた部屋と散りばめられた黒い薔薇の花びら。
横に倒された机の側にはチェスのナイトの駒が。
(…これは…エクエス…!で、こっちの薔薇は……)
パンドラの中で黒い薔薇が咲いているのは一画しかない。
(ヴィンセント=ナイトレイ…!!)
****
おなまーえは言われた通り大人しくブレイクの部屋を片付けていた。
薔薇の花をかき集め、破かれたカーテンを外す。
本は破けてしまってはいるがどれが必要なものかわからないので、痛めないように丁寧に積み重ねておいた。
家具はほとんど傷つき、そのどれもが鋭利な刃物の跡であった。
(……この切り跡は…間違いなくエコー…)
ふとタンスに目がいった。
そのタンスだけは傷がつけられていなかったためである。
「……」
そう、傷がなかったから。
断じてやましい気持ちではない。
「…………」
もう一度言う。
断じてやましい気持ちではない。
「……………」
おなまーえは伸ばした右手を左手でおさえつけた。
(……いや、ダメだ!いくらはじめてのブレイク様のお部屋とはいえ、こんなストーカー紛いのことなんて…!)
葛藤の末、タンスには触れずに部屋の片付けに戻る。
ある程度見れる形になると、カーテンと花びらを手に部屋の外に出た。
名残惜しいが、本人不在で勝手に漁るのは彼女のセオリーに反する。
おなまーえはまだ芳醇な香りの残る部屋に蓋をするように扉を閉めた。
パンドラの内部はてんわやんわしていた。
仕事で、と言うよりは噂話で持ちきりとでも言うのだろうか。
10年前、アヴィスに堕とされたオズ=ベザリウスが黒うさぎと契約することで生還していていた。
尚且つ彼はかの有名なサブリエの悲劇の英雄ジャック=ベザリウスの"生まれ変わり"だという。
(生まれ変わりねぇ…)
ほとんどの者がオズ自身ではなく、その後ろのジャックを見ている。
黒うさぎと契約したのは彼自身の成果だというのに、それすらもジャックのおかげなどと言い出す輩もいた。
そんなパンドラ役員を尻目に、おなまーえはレインズワース家のシャロンの部屋を訪問した。
ブレイクからの指示だと言えば、日頃から2人の仲を祝福(おなまーえヴィジョン)してくれているメイドたちは、快く主人のいない部屋に通してくれた。
シャロンがヴィンセントに誘拐されたとしたなら、決して無事では済まないだろう。
ベットメイク、それから用意できるだけの医療品とお湯のスタンバイをする。
(ブレイク様が向かわれたんだ、必ず帰ってくる)
そう信じて待つこと一刻。
汗だくのシャロンと悔しそうな顔のブレイクが戻ってきた。
「シャロン様!?」
「ああ、待っててくれたんですね、ありがとうございます」
ブレイクはおなまーえに礼を言うとシャロンをベッドの上に寝かせた。
彼女は時折苦悶の表情を浮かべている。
「一体何があったんですか?」
「どうやら毒を盛られていたみたいで…」
「え!?」
「もう解毒剤は飲ませましたから大丈夫デス」
彼は医者の手配をするために外に出た。
おなまーえはシャロンの体を丁寧に拭いていく。
ぬるま湯につけたタオルを絞ってシャロンの額や首元に当てる。
「シャロン様…」
上品でお淑やかなのに、芯の通った強い女性。
(……彼女が羨ましい)
おなまーえはきっと疲れていた。
事態の渦中に片足を突っ込んでいるのだ。
だからこそ、うとうとと微睡む中でふとそんなことを思った。
end