ジャーファルと使用人のお話
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「以上です。何か質問のある人は?」
「………質問じゃないけど、これって…」
「ヤムライハ、それ以上は言わないでください。分かってますから。」
一同はジャーファルの顔色を伺った。彼は目を伏せて耐えるような顔を指していた。
「私も、今相当堪えてるんですから。」
「…………」
一番辛いのはジャーファルなのだろう。なにせこの計画書は明らかに1人をターゲットに書かれている。おなまーえ。彼女が船で飛び出したのが1ヶ月前。国内の治安が悪化して来たのも1ヶ月前。執務室や玉間に出入りする彼女が機密情報を盗み見るのも訳ないだろう。
「個人的な感情は挟みたくありませんが、これで彼女の無実が証明できればと、私は願っています……」
おなまーえに限ってそんなことするはずがないと信じたい。ただ、状況証拠だけ見れば彼女が一番怪しい。
「…………」
「…………」
目を伏せた彼に一同はかける言葉がなかった。
****
人は脆い。悩みを持つ人は絶えず世界中にいる。
「うぅ…グスッ……辛いよ……」
「…………うんうん、そうだよね、辛いよね。」
そうした人の話を丁寧に聞いてあげて導いてあげるのが私の役目。あのお方から与えられた使命。
彼女は泣いている男の肩にそっと手を触れた。2人の視線が合う。
「あなたがそんなに辛い思いをしているのって一体誰のせいなんだろうね……」
「そんなの、あいつのせいに決まって…」
「じゃあその人を野放しにしているのは一体誰?」
「……え?」
彼はきょとんと目を丸くした。
「あなたにこんな酷いことしたのに、その人はのうのうと幸せな暮らしをしているんでしょう?それって残酷なことじゃない?」
「………ぁ…」
だんだん彼の目が虚になっていく。
「ねぇ……彼を生かしてあなたに救いの手を差し伸べないだなんて、この国は本当に使えないと思わない?」
「…この……国……」
「そう。だからね…」
官能的に唇を耳元に寄せた。
「私と一緒にシンドバットを倒しましょう。あなたが英雄になるの。私に、あそこからの景色を見させて?」
「…………」
がくりとうなだれる。男は完全に堕ちた。これは一種の催眠効果だ。
(上々っと……)
おなまーえは立ち上がって紙を一枚差し出した。
「その気があるのならここに来なさい。志を共にする仲間がいるわ。彼らはあなたのことを除け者なんかにはしない。……よく考えてね。」
うなだれる男を放置しておなまーえはすたすたと歩き出した。月明かりが彼女を薄青く照らす。
「順調そうじゃねぇか」
「……はい、ジュダル様」
脳内に直接話しかけられた。今のおなまーえが崇拝するジュダルだ。彼の恩恵のおかげで、おなまーえは今心地よい闇に包まれている。
「あぁ、本当に素敵……」
指先から溢れ出る黒いルフ。おなまーえはそれをうっとりと見つめた。
「……親父ども曰く、期待以上だとよ。このまま裏切らねぇようにな。機嫌悪くなると面倒だからよ」
「はい。全てはジュダル様のために……」
「………お前、前にも増してキモチワリィな」
プツンと通信は途絶えた。おなまーえは静かに目を瞑る。今夜も船が一つ沈むだろう。
****
おなまーえの様子がおかしいと気付くのは、彼女が船で国を飛び出してから数日後だった。
そもそも彼女はなぜ船に飛び乗ったか覚えていないという。どうやって帰って来たかという質問に対しては「素敵な人に助けて頂いた」の一点張りだった。その時の頬を赤らめて恥ずかしがる姿は、ジャーファルにとっては面白くはなかった。まさに恋する乙女。そんな様子であった。
数日後不安になって問いかけてみた。「私とお付き合いしていて楽しいですか」と。正直彼女に恋人らしいことは何一つできていない。この仕事が終わったら、区切りが良くなったら彼女との時間を作ろうと、そう思い続けて1年以上が経った。楽しいはずはないだろう。
ところがおなまーえは屈託のない笑顔で「はい」と微笑んだ。そのとき、得体の知れない恐怖を感じた。これが初めて感じた違和感であった。
船に乗る前と後では人が変わったように彼女は明るくなった。もともと大人しい性格というわけではなかったが、特段目立つような子ではなかった。だが今の彼女の明るさは執務室でも評判が良く、その度にジャーファルは羨ましいと言われるほどだ。
(何かある……)
彼はそう感じていた。
そして彼女の帰還に合わせて各地で頻発するようになった小規模なテロ。国の要である船の沈没、略奪。どうしても無関係には思えなかった。
(その疑いも今日で晴れる……)
彼女は無実だとジャーファルは信じて、シンドバットとともに船に乗り込んだ。