ジャーファルと使用人のお話
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冷静に考えて船に飛び乗ったのは考えなしだったと反省している。こう、もっと可愛らしく自室とか、森とか(この際森が可愛いかどうかは別として)、人に心配をかけないような場所にすべきだった。
(今頃みんな心配してるかな……)
約束の時間になっても現れないおなまーえを、ピスティとヤムライハは不審に思ってくれるだろう。城を探して、街を探して、そこで初めて目撃証言で私が船に飛び乗ったことがわかる。
(……失恋ごときでちょっとやりすぎたかな)
失恋ごとき、されど失恋。初恋は実らないとは、誰の言葉だっただろうか。思い出すとまた涙が出てくるので考えないように頭を振った。
(船が停まったら船長に掛け合ってシンドリアまで返してもらおう。)
目を擦る。泣き疲れて眠くなってしまったようだ。少しだけ、少しだけと言い聞かせながら彼女は意識を落としていった。
****
カンカンと鐘を鳴らす音で目が覚めた。男の人の怒号も聞こえる。
「ん……?」
「………!!!」
「……!?……!!」
「ーーーーー!!」
鐘の音はけたたましく鳴り響き、男たちはばたばたと忙しない。
どのくらい寝ていたかわからないが、おなまーえは寝ぼけた頭で周囲の状況を確認した。
「南海生物だー!!」
「ちくしょう、これ以上スピードは出ないのか!」
「これが最大速度だ!!」
南海生物。それは年に数回シンドリアに襲いかかる巨大な生物だ。八人将が仕留め、謝肉宴が開かれる、本来ならば楽しいお祭りの食材。
「っ!!」
だが、今最後尾にいるおなまーえには足元にいる巨大なソレがなんなのかよくわかる。船のスピードに振り落とされることなくついてくるそいつ。
状況は緊迫したものだった。
中型の舟では大きなターボは積まれておらず、そこそこのスピードしか出すことができない。
「ぃや……」
死ぬ。このままでは確実に死ぬ。まだ夢の何一つも叶えられないまま死ぬ。
「ぁ……」
足が震える。南海生物の牙がこちらに照準を合わせた。嫌だ。嫌だ。嫌だ。けれど逃げられない。
「助けて……ジャーファル様……!!」
咄嗟に叫んだのは恋人だった彼の名前。ここで彼が助けてくれて、ハッピーエンド。私とジャーファル様の関係も元通り。
――そんな夢話ならよかったのに。城にいるはずの彼が、沖合に出た船に追いつくはずもなく。
(あぁ、もう死ぬんだなぁ)
観念して目を閉じたその時。
「オイ、助けてやろうか?」
男の人の声がした。まだ声変わりしきっていない、青年の声。
ハッとして顔を上げると、不思議なことに空中に黒髪の男の人が立っていた。彼はニヒルな笑みを浮かべてこちらを見下ろしている。この際彼が誰だとか、どうして空中に浮いていられるのだとか、そういうことは二の次三の次だ。
「お、お願いします!助けてください!!」
なりふり構わず彼に懇願した。
「いいぜ。その代わり、オレの言うことを一つ聞いてもらおうか。」
「っ、なんでも!なんでも聞くから!」
「ハッ。その言葉、忘れんなよ。」
次の瞬間おなまーえの体が宙に浮いた。襟の部分を仔猫のように持ち上げられたのだ。
「ぅえ!?」
不思議と苦しくはなかった。これが魔法の力なのだろうか。みるみるうちに船から遠ざかっていく。
「っ!ちょっと待って!」
「あん?」
「船の人たちは!!?他の人たち!!」
「ンなもん知らねぇよ。オレが用のあるのはアンタだけだ。アンタ以外助ける通りはねぇよ。」
「そ、んな…!」
南海生物の巨大な体に船が半分食われる。落ちていく船員。見ていたくなくて、おなまーえは咄嗟に目を背けた。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!)
ヤムライハのように魔法が使えれば。ピスティのように動物を操れれば。ジャーファルのように頭が切れれば。私に力があれば、彼らを救えたかもしれないのに。
彼らの悲鳴が聞こえる。
目だけではなく耳をも塞いだおなまーえを見て、ジュダルはつまらなさそうに赤い目を細めた。