hollow ataraxia《転》
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「…………」
「…………」
沈黙が続く。
彼はこの話を信じたのだろうか。
今の一連の話を、少年の夢物語だと一蹴してしまうのは簡単だった。
あるいは、少年の話を信じた上で、おなまーえのことを気持ち悪いストーカーだとドン引きするだろうか。
(どっちも怖いなぁ)
気難しい顔をしているランサーをじっと見つめた。
「………」
ランサーはパイプ椅子から立ち上がった。
錆びた音が小さく鳴る。
「さぁて、バレンタインときたか」
「うん。ランサーは何が欲しい?私には用意できないけど、せめて知っておきたくて。」
「……そうさな。俺は甘いもんは特段ダメというわけじゃないが、どっちかってんなら辛党だからな。肉とか貰えると嬉しいかねぇ。」
「なにそれ。バレンタイン関係ないじゃん。」
「でもま、あれだろ。バレンタインっつーのは、ようは日頃の感謝の気持ちってやつだろ。」
そう言うと彼は店内を物色して、花を数本見繕い始めた。
粗野な性格に相対し、意外なことにそのセンスは決して悪くはない。
かすみ草を中心に、白い花をかき集め、端に赤い薔薇を二本添えた。
それを器用にクルクルと水色のリボンで巻きつけ、彼は机の上にポンっと置く。
「ほら」
「……これは?」
「気持ちはもらったからな。貰ったものにはきちんとお返ししなくちゃならないだろ?」
「…え…」
彼女が想像していなかった対応だった。
おなまーえは恐る恐る、赤い薔薇に細い指をのばす。
――スカッ
だが彼女の指が柔らかい花弁に触れられることはなかった。
ランサーが自分のために花束を見繕ってくれた。
それはとても嬉しいのに、ただ触れられないだけで、こんなにも哀切が極まるのか。
「…………」
「……悪りぃがな、俺は嬢ちゃんのことは知らない」
「……うん」
「でも、一度だけ夢を見たことがある」
「…夢?」
「エーテルの体で夢を見ることなんてまずないんだがな」
彼は苦笑した。
「姿形はわからなかったが、小せえガキに迫られる夢だった。この俺が欲求不満かとも思ったが、どうも違う。……これ、アンタなんだろ。」
「……ほんの少しでも覚えていてくれてるのは嬉しいけど、そんな限定的なところだけ覚えられてても素直に喜べない。え、ランサーの中で1番印象に残ったところってそこなの??」
「ま、お前さんの姿はわからないが、あの小僧の言い振りだと俺と嬢ちゃんは恋仲だったんだろ?」
「……恋仲じゃないけど」
「別世界とやらの俺もヤキが回ったのかねぇ。ガキ相手に欲情するなんざ。」
「だからそんな印象で覚えられてるってすごく複雑なんだけど」
おなまーえはランサーの言葉を聞き取れるが、ランサーは何もない空間に独り言を話しているだけ。
かみ合っているようで、微妙にかみ合っていない会話だ。
「ほら、だからほれ、受け取れ」
ずいっと再度花束をおなまーえに押し付けた。
そして、女の頬があるであろう位置にそっと手を添える。
「俺が惚れた女だ。さぞかし良い女なんだろうな。」
「…それは、期待外れになっちゃうんだけど」
おなまーえは机の上の花束を大事そうに抱え込む。
「……ありがとう。大事にする。」
ホロリと目の淵から涙がこぼれた。