hollow ataraxia《転》
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「……そうだね。辛くないと言ったら嘘になるけど、けど――」
おなまーえは自身の隣に視線を送る。
ランサーは神妙な顔つきをしていた。
「――この人が楽しそうにしてたから、わたしも楽しかったかな」
おなまーえの第五次聖杯戦争では、ランサーに辛い思いをさせたことも多々あった。
望まぬ命令に従ってくれた彼は、どれほど無念だったことだろうか。
自分では英雄クー・フーリンを扱いこなせなかった。
彼を楽しませることはできなかった。
それを見せつけられて、心が折れていないと言ったら嘘にはなるが、彼の生き生きとした姿が見れただけでも本望だ。
この世界にも、もう悔いはない。
「……あんた、やっぱりいい女だな」
「ふふっ、小僧に褒められても嬉しくはありませんよー」
おなまーえは悪戯っ子のように笑った。
ああ、この顔を横の男に見せてやれないのが至極残念だ。
ケルト中の女神が嫉妬してしまいそうな、とてもとても愛らしい笑顔なのに。
「衛宮くん、一個だけお願いがある」
「いいよ。俺も散々質問しちゃったからな。」
おなまーえは先ほどのはつらつとした笑顔とは打って変わって、今度はもじもじと視線を逸らした。
まるで初めて友達になろう宣言されたときのような表情だ。
「あ、あのね……ランサーに『 』…なにが欲しいか聞いてほしいの」
「は?正気か?今10月だぞ?」
「あなたにとってはね。私は半年前の2月13日で時が止まってるから。」
「あ」
季節は秋。
そろそろ厚手の上着が恋しくなってくる季節だが、彼女は彼女の第五次聖杯戦争の2月13日のまま時が止まっているのだ。
「ダメ?」
「……はぁ…いいよ。聞いてやる。」
少年はランサーに向き合った。
「おい、ランサー」
「話は終わったのか?」
「いや、アンタに質問があるんだとよ」
「…いいぜ」
ランサーはそれなりの質問を覚悟する。
聞かれる質問はいくつか思い浮かぶ。
どうして自分のことを忘れたのか。
なんで呼びかけに応えてくれないのか。
返答に困る問いかけではないのだが、そのいずれの回答も彼女を傷つけるであろう言葉だ。
だが数秒後、彼の覚悟は空振りに終わる。
「バレンタイン、何が欲しいのか聞けってさ」
「は?」
――ポカン
拍子抜け。
「いやいやいやいや、冗談はやめろ、小僧」
「む。俺は通訳してるだけだっつーの。」
「いやいや…」
「……ちょ、俺に当たるなって。文句があるならランサーに言え!」
「……なんつってんだ?」
「『ひどい、そういうこと言うなら今度釣りに行ったとき、魚が寄り付かない結界もっと強くしてやる』ってさ」
「あ!?あれアンタのせいだったのか!?」
「お、俺に言うなって!」
ランサーはよく波止場で釣りをしている。
どうやらその邪魔をしていたのはおなまーえだったらしい。
道理でケルトの大英雄がオケラだったわけだ。
「……ったく…」
ランサーは頭をガシガシとかく。
「質問は、それだけなんだろうな」
「……ああ、そうらしい」
「ならもういい。小僧は席を外せ。」
「あ?それだとおなまーえはお前の言葉を認識できても、お前は――」
「構わねぇ」
少年は困ったようにおなまーえに意見を求める。
「……いいよ。それ以上何か言うつもりもないし。欲しいもの聞いたところで、私は用意してあげられないし。」
「……わかった。じゃ、俺は先にお暇させてもらう。」
ここからは1人の男と女のお話だ。
自分は邪魔者だと、少年は潔く退散することにした。
「坊主」
「なんだ」
花屋を出る直前にランサーに声をかけられる。
「先に礼を言っておく。ありがとな。」
「……ああ」
少年はなんて事のない顔で、商店街の賑やかな声に溶け込んで行った。