エピソード記録
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【神田とアルマがマテールの街に行くシーン】
――ドサッ
神田と、上半身だけになったアルマが意識を失い倒れる。
アルマは最早原型を留めず、核となる梵字の書かれた玉だけになっていた。
彼らの横に膝をついたアレンは悔しそうに拳を握る。
暴走したアレンの左眼はおなまーえにも"あの人"の魂を見せた。
儚げで、とても美しい女性。
「……っ」
おなまーえは3人に駆け寄ることができなかった。
アルマは教団や神田への復讐のためにアクマになったわけではなかった。
アルマの魂は神田が愛していたあの人だったのだ。
(…先輩)
アレンは力強く地面を叩く。
「どうして…神田はどうなる!何も知らずこの9年間生きてきた神田は!!」
「……言えないよ。僕があの人だってわかったらユウはもう探してくれない。でもあの日の約束…ユウがあの人との約束に縛られてる限り、彼はずっとあの人のものなんだ。ずーっとね。」
わかっていた。
「……」
神田が生前の記憶の約束に囚われていることも。
彼の心がおなまーえに向いていないことも。
あの、体を交わらせた一夜が幻想であったことも。
(でも、私はそれでも幸せだった)
アルマの言葉を聞きながら、おなまーえは自身の心の整理をつける。
この後に及んで、神田に対して憎いだとか、悔しいという感情はない。
むしろ、叶うなら彼と"あの人"が結ばれるエンディングを望んでいるくらいだ。
(我ながら相当末期かもね…)
おなまーえはゆっくりとアルマに近づいた。
核さえあればセカンドエクソシストは再生できる。
アルマはすでに上半身が回復していた。
「ユウの体、どこ?どこにある?ユウの傍に行きたい…」
再生したばかりの手を一生懸命に使って、アルマは地面を這う。
見えない目で神田を探すために。
だがアルマの向かった方角は神田のいる方とは正反対の方。
「ユウ……どうしても、この人だけは失いたくなかった!」
「……」
おなまーえはゆっくりと彼に近づき、その上半身を持ち上げた。
「…何?」
「先輩はこっちです」
「……」
「そんなに警戒しないで。先輩の愛する人は生涯をかけてアナタだけ。先輩の愛する人ならば、私もまたアナタを愛します。」
「なに、それ…」
「先輩は、ずっとあなたのことを探していましたよ」
嘘偽りなく、それは事実だ。
死の間際に彼が呟くのはいつも"あの人"のこと。
彼女に会うまでは死ねないといつも言っていた。
「……優しいんだね」
アルマは戸惑ったように呟く。
先程まで敵意を向けていた相手に親切をされれば、誰だってそうなるだろう。
消え入りそうな声でアルマは続ける。
「……そんなに優しい人だから」
ユウも君のことを愛したんだろうね。
――ぶわっ
次の瞬間、突如アルマの体から赤黒いものが生えてきた。
「なっ!?」
「おなまーえ離れて!」
アレンの切羽詰まった忠告を聞き、おなまーえは一瞬躊躇したのち、アルマの体を離した。
赤黒い肉塊はどんどん増殖していく。
「何が起きたの!?」
「ダークマターがまだ残ってたんだ!」
「そんな!?」
「くそ!アルマの魂を食いつくすつもりか!」
先ほど破壊しきったと思ったダークマターはアルマの核にも侵入していたようで、みるみるうちに膨らんでいく。
ダークマターは人の死から出来上がる胎盤。
悲劇の温床。
「あれどうなるんだい?千年公」
「どうにも。じきシャボン玉みたく弾けて消えるでしょう。」
ノアにとってもこの状況は不測の事態だったようだが、奴らはアルマを程のいい駒程度にしか思っていないようで、やはり救う気はない。
「どうすれば!?」
「くっ…」
破壊してもその身体は朽ちることがなく、例え破壊できたとしてもアルマの魂は望まない形で成仏する羽目になる。
実質我々には手の出しようがない。
アレンとおなまーえはギリっと奥の歯を噛んだ。
「……モヤシ」
だが、そんな2人の耳に、微かな声が聞こえた。
神田が意識を取り戻したのだ。
「……」
「神田…」
アレンは神田の体を持ち上げた。
彼の目は、自分をアルマの元へ連れて行けと告げていた。
「わかりました」
「アレン、お願い」
おなまーえは痛む右腕を精一杯引き、矢を放って道を作る。
アレンは千年伯爵にクラウンベルトを巻いた。
落ちそうになった彼を、ワイズリーとシェリルが慌てて抑える。
それを利用してアレンは神田を抱えて空高く舞い上がった。
「アルマ!」
体は既にダークマターに飲まれながらも空に手を伸ばすアルマに、神田が呼びかける。
「ユウ…?ユウの声が…」
弱々しいがアルマの声ははっきりと聞こえる。
まだ辛うじて意識はあるようだ。
いや、神田の声だけには反応すると言った方が正しいだろうか。
「俺達が初めて行った任務先、覚えてるか?」
神田は小声でアレンに問いかける。
「はい」
「あそこなら当分見つからない」
初めて3人で組んだ任務。
アレンのエクソシストデビュー戦。
忘れもしない、マテールの歌姫・ララ。
確かにあの廃墟ならば、しばらくの間は身を潜められるだろう。
「レニーさんが言ってました。アルマを助けられるとしたら神田だけだって。僕もそう思う。」
「……礼を言う、アレン・ウォーカー」
神田が初めてアレンの名を呼んだ。
彼は驚き目を見開く。
アレンの手を離し、神田がゆっくりと落ちていく。
このまま落ちていけば、神田はアルマとともに遠くに行ってしまう。
もう二度とおなまーえは彼と会うこともないだろう。
「先輩」
最後の悪あがきと、おなまーえは精一杯の声で彼を呼んだ。
神田はこちらを振り向いてくれた。
(私が今こんなこと言っても、叶わないのはわかってる)
神田の目にはもうアルマしか写っていない。
でもほんの一瞬でも、自分のことを見てくれたから、彼女は最後の望みを口にする。
「もし、ずっと一緒にいたいって言ったらどうしますか?」
離れたくない。
でもそれは自分とアルマのどちらかを選べと言ったわけではなく、願わくばあなたたちと共に行きたいという願望。
神田とアルマには幸せになってほしい、そしてその最期を見届けたい。
神田は悲しげに目を細めた。
ここからの旅路決して安全なものではないことは明白。
だがイノセンスは教団サイドに居場所がバレる危険があるので持っていけない。
六幻を置いていく今、彼女を守りきれる自信はない。
ならば、せめて教団で安全に過ごしてほしい。
「……そォだな」
神田はふっと笑った。
「俺も、ずっと一緒にいたかった」
「っ」
それは連れてはいけないという宣告。
ダメ元の望みは、やはり叶うことはなかった。
おなまーえは涙を飲んで彼の最後の姿を目に焼き付ける。
神田はおなまーえから目をそらすと、まっすぐにアルマを見据えて彼の元へ落ちていった。
力強く抱きしめ、小声で囁く。
「アルマ、一緒にここから逃げよう。イノセンスも教団もない所へ。今度こそ一緒に。」
二度、2人は教団によって引き裂かれた。
一度目はユウとアルマになる前の記憶。
二度目はアルマが暴走した時の記憶。
アルマが"あの人"だと、神田はもうわかっていた。
「話……話…聞いてたのかよ…!」
「丸聞こえだ、バカ」
もう人体として機能していないはずのアルマの目から涙がこぼれた。
パキンとアルマの体がダークマターから離れる。
「箱舟ゲート!」
着地したアレンは空に手をかざしてゲートを開く。
神田とアルマをマテールの地へ送るために。
「しっかり掴まってろ、アルマ」
「……」
「アルマ…!?」
神田はアルマを抱きしめ、ゲートに飛び込んでいく。
「さよなら、先輩」
もう二度と会うことのない彼に、おなまーえは別れの言葉を告げる。
神田に力を教えてもらった。
仲間を教えてもらった。
愛を教えてもらった。
(……彼らのために、私は)
彼女は決意を固めた。
****
――ピシャン
誰もいない、誰も来るはずのないマテールの街に一筋の光が落ちた。
アルマを抱えた神田は荒い息を整える。
箱舟の白いゲートは少しずつ綻んでいく。
「ゲートが、崩れていく…」
アルマを横に寝かし、雪のように降ってくるゲートの破片を手に取れば、それは炎のように燃えて消えた。
アレンがゲートを破壊して、教団やノアからの追跡を絶った証である。
「モヤシ…」
「……可哀想な子」
弱々しくアルマは呟いた。
「僕にはわかる千年伯爵の分身であるアクマには感じるんだ。あの子はノアだよ。」
「っ!」
「それもひどく伯爵と…ウッ!ぐあっ!」
アルマの体はすでに限界を迎えている。
呻いた彼を神田は抱き起す。
「もう喋んな、バカ」
「ユウ…このまま見てて。イノセンスは使わないで。僕の魂がダークマターに潰されるまで…」
アルマという存在を最期まで見ていてほしかった。
あの黒い髪の女ではなく、自分のことを。
「今でも教団が許せない。憎くてたまらないよ。でも僕は泥に沈むべきだ。僕は殺した…沢山……伯爵にまで力を貸して。」
「わかってる、わかってるから。ずっと見ててやる。」
アルマを抱きかかえ、神田はただただ俯いた。
「……ユウはあの子のどこを好きになったの?」
「……おなまーえのことか?」
「うん」
「……強いて言うなら、うざくねぇとこか」
「はは、辛辣」
憎い相手を思い、アルマはくすくすと笑う。
(でもユウがうざくないって感じるってことは、それはもうあの子のことが好きだってことだ)
人付き合いの良くない彼が、他人と共に行動することを許す時点で特別なのだ。
おなまーえという人物は、それほどまでに他とは異なる存在だったのである。
「あの子のこと、僕は嫌いだ」
「ああ」
「でもあの子は僕のことを愛してるって言ってくれた」
「…ああ」
「好きな男が愛した人だから、自分も愛するんだって。わけわかんないよ。」
「……もういいから喋んな」
「……うん」
神田はアルマを抱きしめる。
どのくらいの時をそうしていただろうか。
優しい光が、まるでスポットライトのように2人を照らす。
『あははっ』
不意に子供の笑い声が聞こえて、神田は顔を上げた。
「っ」
蓮の花の中を歩いていく、女性とアルマの後ろ姿。
2人は仲睦まじく、親子のように楽しそうに歩いていく。
これは幻覚か何かの類なのだろうか。
神田にとってはどちらでもよかった。
『ユウ……次は…幸せに…』
そしてアルマの声を最後に、ぽしゃんと砂の中に溶けていった。
地面が水面のように揺れる。
彼らの消えていった場所には銀色に光るボタンが1つ落ちていた。
「…?」
見慣れたそれをそっと持ち上げる。
裏にはローマ字で『おなまーえ』と彫られている。
以前マテールの街に来た時に彼女が落としたものなのだろう。
『先輩!』
ああ、どうして守りたいものに限って、手のひらから落としてしまうのだろうか。
「…っ……」
神田はそれを拾い上げると生まれて初めて涙を流した。
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ボタンについては「第5夜 師弟」に伏線張ってました。
《終》