第12夜 箱舟
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歌が聞こえる。
ピアノと、女性の声が。
そして坊やは眠りについた
息衝く 灰の中の炎
ひとつ ふたつと
(ああ、そうか私落ちたのか)
浮かぶふくらみ 愛しい横顔
大地に垂るる 幾千の夢 夢
体が冷たい。
指一本動かせない。
死とは心に先行して、まず体に依存する感覚から朽ちていくようだ。
銀の瞳の揺らぐ夜に 生まれ堕ちた 輝くおまえ
幾億の年月が いくつ祈りを土に還しても
これは子守唄なのだろうか。
心が洗われ、魂が還っていく感覚がする。
ワタシは祈り続ける
どうかこの子に愛を
つないだ手にキスを
「……ーーーっ!!!」
知っている少年の声がする。
私の名前を呼んでいる。
起きなきゃ。
みんなが、待っている。
****
「僕の…僕の望みは……」
ピアノの前に立たされたアレンの目が揺れた。
自分が箱舟を動かす資格を持っていて、自分の望むように動かせることはわかった。
師匠の言う通り、あとは自身の望みを言うだけである。
「僕の、望みは…箱舟を……ダウンロードを……」
アレンはしどろもどろに単語を発する。
だがそのどれもが、自分の本当の望みではないように感じて続かなかった。
『思いつかないかい?』
突如彼の中でコムイの言葉が蘇った。
『みんなが帰ってきたら、まずは「おかえり」と言って肩を叩く。で、思いっきりリナリーを抱きしめる。』
「僕の、望みは…」
それはただの夢物語。
空想に過ぎない。
『アレンくんにはご飯をたくさん食べさせてあげて。ラビはその辺で寝ちゃうだろうから毛布を掛けてあげないと。』
「消えるな…」
これはみんなが生きて帰れる平和なお話。
でも――
『大人組はワインで乾杯したいね。どんちゃん騒いで眠ってしまえたら最高だね。』
「方舟…っ」
決して叶わない希望ではない。
『そして少し遅れて、おなまーえちゃんに無理やり引きずられながら、神田くんが仏頂面で入ってくるんだ』
「僕の…」
始めに神田が残った。
次いでおなまーえ、クロウリー。
さっきまで一緒にいたラビとチャオジーも落ちていってしまった。
「僕の仲間を返せ!」
――ダンッ!!
鍵盤を強く叩く。
「消えるな、箱舟えぇーーー!!!」
アレンの叫びが箱舟中に響き渡った。
****
「………」
神田は自身の身に、いやこの箱舟に何が起きたのか皆目見当がつかなかった。
崩れたはずの床は綺麗な平になっており、入口の扉も出口の扉も無事形を残している。
崩壊した箱舟が元に戻っている。
夢でも見ているのだろうか。
「…………」
とりあえずこのままここにいても、しかたない。
ひとまずアレンやおなまーえが潜っていった扉を抜けるのが正解だろう。
砕けた六幻の破片を拾い集め、神田はレンガの建物の扉を潜った。
****
「おい…」
次の部屋で神田が見たものは、美しい日本庭園と、血まみれで倒れているおなまーえの姿であった。
神田は足を引きずりながら彼女に駆け寄る。
おなまーえは仰向けに倒れ、右半身にやけどを負い、右腕の骨はありえない方向に曲がっていた。
だがそんな状態ではあるが、胸に耳を押し当てれば、微かに腹部が上下しているのがわかった。
すぐにも処置をしないと、彼女はここで死ぬ。
「っ――」
そう認識した瞬間、どうしようもなく背筋が凍りついた。
最早なりふり構ってはいられなかった。
神田は自身の唇を噛みちぎった。
痛烈な痛みが走るが、気にせずおなまーえの顔に覆い被さった。
滴る赤い血を彼女の柔らかい唇に垂らす。
だがこれでは足りない。
彼は自身の唇を押し当てる。
舌を絡め、血を舐めとらせる。
初めての接吻は鉄の味だった。
「くっ…」
左胸が疼く。
梵字の刺青が淡く光った。
くちゅっと艶かしい音を立てて唇を放す。
するとおなまーえの体の傷がみるみる塞がっていく。
右腕も元どおりになり、火傷跡も残らない。
この能力はセカンドエクソシストとしての副産物である。
以前、戦闘で失明し再起不能となったマリに、偶然自分の血を与えたことで傷が治り回復した。
視力だけは戻らなかったが、傷は塞がったのだ。
もちろん、これは神田自身にも大きな負荷がかかる。
自分の命を削って他人を生かすとでも言えば良いだろうか。
「ぅ…」
「起きれるか」
おなまーえが唸った。
神田は彼女の体を横向きに抱き上げる。
団服は焼けてしまい、むき出しの二の腕と生足の柔らかさがダイレクトに伝わる。
「………」
「…先輩?」
「これ持ってろ」
神田は六幻の破片を詰めた袋を彼女のお腹に落とした。
砂と汗と血でベトベトになった神田の胸に、おなまーえの頭がコツンと当たる。
神田はそのまま歩き出した。
「私…」
箱舟とともに死んでしまったのでは?
そう言おうとしても言葉が出てこなかった。
それを察して神田が先に告げる。
「なんで箱舟が元に戻ったかはわからねェ。一先ずあいつらのとこに行くぞ。」
「……うん」
ゆらゆらと揺れる彼の腕が、まるでゆりかごのように優しかった。
なるべく神田に負荷をかけないように、おなまーえは彼の首に捕まった。
2人は車庫のような空間に出た。
上から下まで本がびっしりと敷き詰められている。
幸いこの部屋は広くはないようで、次の扉も中央にそびえ立っている。
辺りを見渡すと、雰囲気のあるアイアンメイデンの前に人が倒れていた。
「…クロウリーが落ちてる」
もう歩けると言い、おなまーえは降ろしてもらった。
どうやらクロウリーは気を失っているようだ。
彼もまた、アレンたちに先を託してここに残ったのだろう。
「チッ」
神田は舌打ちをすると彼を担ぎ上げた。
何だかんだ、仲間のことは見捨てないところが彼の良いところだ。
おなまーえは先導して次の扉をくぐった。