第12夜 箱舟
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ぐらりと地面が揺れた。
つい戦闘に夢中になってしまうが、ここは崩壊する箱舟の中。
一刻も早く姉を倒さなければならない。
(一か八か、かけるしかない……!)
相手は水。
ならば火を起こすしかない。
"火種がないのであれば、作れば良いのだ"。
そのためにはルル=ベルを陸に誘い出す必要がある。
水中にいられては少々狙いが定まりにくいうえ、発火してくれない。
軋む腕に力を込めて、おなまーえは空に矢を放った。
「
無数の矢が雨のように川に刺さりこむ。
「そんなもの、効かないわよ」
どこからともなく姉の声が聞こえる。
「別にこれは攻撃のためにやったわけじゃない」
「何?」
矢はまだ降り注ぐ。
すると川の流れが徐々に細くなってきた。
無数の矢がダムのような役割をして水を堰き止めたのだ。
おなまーえは池から離れているため、ルル=ベルは攻撃するためには陸に上がらなければならなくなった。
「…何の真似?」
「せっかくの姉妹水入らずの時間、水の中に入られちゃったら意味ないでしょ!」
「水ってその水じゃないと思うけど」
おなまーえはルル=ベルの手に向かって強力な矢を何本も放つ。
もちろんその度に肩からの出血は増していった。
自身も突進していき、積極的に鎌を狙う。
ルル=ベルが何本目かの矢を防いだその時。
――パキン
金属のそれが攻撃に耐えきれず砕け散った。
(もらった!)
おなまーえはすかさずその金属粉を掴み上げ、松の木に向かって投げつける。
そして松の木に向かって矢を一本射った瞬間。
――ボォッ
松の木に火がついた。
「なっ」
ルル=ベルが表情を変えた。
原理としてはこうだ。
粉というものは表面積が多い分、空気と触れている面が多くなるため、少量の水をかけると爆発する性質を持っている。
これを粉塵爆発という。
基本的には粉であれば何でも良いが、特に金属粉は着火しやすい。
加えて松の木は松ヤニという油を豊潤に含んでいるため、非常に燃えやすい。
粉塵爆発と松の木のコラボ。
これでおなまーえは着火を試み、見事成功したのである。
木はどんどん燃え盛った。
矢で他の木にも火をつけると、辺りは炎に包まれる。
「…小癪な真似を」
「これで水分は蒸発する。液体であるルル姉もこれには耐えられないと思うけど。」
燃え盛る炎は姉が消えた日を彷彿させた。
今回はおなまーえが仕掛ける側となったが。
「…ああ、そういうこと」
ルル=ベルは少し考え込む仕草をすると、合点がいったと手を打った。
「おなまーえ、あなた一つ勘違いしてるわよ」
「え」
次の瞬間、ルル=ベルの姿が消えた。
慌てて周囲を警戒するが、もう遅い。
「もらった」
「あぁ!!」
右半身に焼ける痛みが走った。
比喩表現ではなく、文字通り燃えているのだ。
「っ」
傷口を炎で炙られる。
痛みに耐え右側を見ると、炎のような姿をしたルル=ベルがおなまーえの腕を掴んでいた。
「誰が水にしかなれないなんて言ったかしら?」
「っ、確かに聞いてないね、何にでも変身できるなんて…っ」
ルル=ベルはイノセンスに手を伸ばす。
幸か不幸か、彼女はおなまーえを傷つけることではなく、イノセンスを破壊することを目的としているため、あまりこちらに危害を加えて来なかった。
「これさえなくなれば、おなまーえは忌々しいエクソシストではなくなるのかしら」
また揺れが大きくなる。
この部屋の崩壊が始まったのだ。
腕が痛いだの、しのごの言ってる場合ではない。
「……動け、
「っ」
今がチャンスだ。
おなまーえはゼロ距離で矢を放った。
――ギュオン
「…………」
「…………」
ルル=ベルの体に穴が開く。
避けたのではない。
完全に貫いた。
おなまーえは期待を込めて顔を上げた。
彼女は炎から元の生身の人間の姿に戻ると、おなまーえの頭に手を置いた。
「……バカね。ノアは丈夫なのよ。」
「ああ、やっぱり?」
その傷はいとも簡単に閉じていった。
負けた。
勝算はなくもないとは思っていたが、こうも圧倒的な差を見せつけられると潔く諦められる。
ピシィッと地面に亀裂が入った。
「まずは右手」
ルル=ベルは、おなまーえの利き手を潰しにきた。
「あ゛あぁぁ!!!」
骨があり得ない方向に曲がる。
流石に持っていたイノセンスも手放してしまった。
おなまーえは痛みのあまり気絶した。
バタンと砂利道に倒れこむ。
「……それからイノセンス」
ルル=ベルはおなまーえの
これはルル=ベルが、まだただのルル姉だった頃。
おなまーえがこのハープを見たいと駄々をこねて、一度深夜にこっそり保管庫に忍び込んだことがある。
あの時に感じた得体の知れない嫌悪感。
それはルルのノアのメモリーがイノセンスを拒否していたのである。
あと親指と人差し指にほんの少し力を加えるだけで、このイノセンスは壊れる。
利き腕を壊したおなまーえは、エクソシストとしてだけでなくサポーターとしても機能しなくなる。
そうすればこの戦争の最前線から身を引いてくれると思った。
「主の庭が……」
ダウンロードによる箱舟の崩壊と、おなまーえが起こした火事により、この日本庭園はもう元の形をしていなかった。
ルル=ベルは倒れたおなまーえをじっと見つめると、イノセンスを破壊せずに放り投げた。
(わざわざ手を下さずとも、そのうち箱舟は崩壊する。次元の狭間に飲み込まれれば、存在しなくなったも同然ね。それよりかはおなまーえを抱えてここから出た方がいい。)
ルル=ベルはおなまーえを抱え上げようとした。
だがその瞬間。
――パァッ
「なに!?」
先ほど放り投げたイノセンスが輝き出した。
イノセンスはまるで侵食するようにおなまーえの体を覆う。
「これは…」
リナリーを守った結晶と同じだった。
燃え盛る炎と、連れ去られる危険性から、イノセンスは主を守ったのだ。
「チッ」
すでにこの部屋は4割がた崩壊していた。
仮初めの空ではなく、本物の空が見える有様。
今からこのイノセンスを破壊するには時間がないし、これごと運ぶには骨が折れる。
ルル=ベルは泣く泣く、自身のみ箱舟から離脱することにした。
地面からロードの扉が現れる。
ふと目に付いたのは彼女の赤いリボン。
炎に包まれ、もうちぎれてしまっている。
ルル=ベルは自身の髪を結っていた青いリボンを炎の中に放り投げた。
「……さようなら、妹」
それだけ言い残し、彼女は家族の元へと向かっていった。