第10夜 冥界の歌姫
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宿の自室に戻り、バサッと上着を椅子にかける。
「さてと…」
おなまーえはところどころ破れている紙を机に広げた。
楽譜は手書きで、父親から娘へのプレゼントであると言う趣旨のメッセージが添えられていた。
歌詞は書かれていない。
音符を一つ一つなぞっていく。
声に出して音を確かめていくと、とても美しく繊細な曲であることがわかった。
「……やってみるか」
おなまーえのイノセンスはもともとハープであったもの。
形は変われど弦はそのまま利用されているため、音を奏でることはできるだろう。
はじめの音を出す。
エクソシストになってから音楽を嗜む暇などあまりなかったため、久々の音出しだったが、弦は小刻みに震え正しい音を出しだ。
(案外いけるかもしれない)
体が指の動きを覚えている。
所々つっかかりながらも、楽譜通りにメロディーを弾くことはできるようだ。
曲を奏でる楽しさを久しく忘れていたが、たまにはこういうのも悪くはないと彼女は音を紡いだ。
****
「昨晩はいい曲を聴かせてもらった」
翌朝。
マリがボートを漕ぎ、歌の聞こえる位置までつれてってくれていたときのこと。
彼はおなまーえの抱えている
「あ、ごめん。マリには迷惑だったかな?」
「いや、おかげで心地よく眠れたよ」
「ならよかった」
なるべく小さめの音で練習していたのだが、耳の良いマリには聞こえてしまっていたみたいだ。
辺りには地の底から響くような唸り声が、今もなお聞こえている。
音の発生源に向かっているということもあり、それはだんだんと大きくなってきた。
「……この辺りだな」
マリがボートを漕ぐ手を止めた。
ここは断崖絶壁の真下。
おそらく娘はここに落ちて亡くなったのだろう。
確かに寄生型のイノセンスと考えるとこの場所が一番可能性が高い。
「おーーい」
頭上からティエドールの声が聞こえた。
隣には神田の姿もある。
「ここねー、屋敷の前にあった丘をずっと横に来たところだよ」
「じゃあ娘さんはここまで走って逃げたんですね」
家族を殺され、殺人鬼に追いかけ回された彼女の恐怖とは、一体どれほどのものだっただろうか。
おなまーえには計り知れなかった。
おなまーえは足を広げて、ハープをその間に置いた。
「……さてと、やってみますか」
「何か手伝うことはあるか?」
「じゃあこの楽譜持っててくれると助かる」
「わかった」
そっとおなまーえは指先で弦を横に流した。
タララランと音出しをして、感覚を調整する。
「…止まった」
不思議なことに、彼女が音を出した途端、唸り声はピタリと止んだ。
まるでこうして楽器を持っている人が来るのを待っていたかのように。
「やっぱり…」
おなまーえはそれだけ言うと、なだらかな手つきで曲を奏で始めた。
蒼い波の雫 照らす月は冷たく
まるで海の底から湧き出づる水のように、透き通った清廉の歌声が辺りに響き渡った。
「歌った…!?」
マリはあっけに取られて周囲を確認する。
ティエドールや神田も聞こえているようで、2人とも驚きおなまーえを見つめた。
大きな岩場の
唸り声からは想像がつかないほどの美声。
これぞまさに、街の皆から愛された娘の歌声であった。
聴いて 嫌や 聴かないで 空を呪う歌声
恨み唄 いや 憾み唄 海を渡る歌声
音を奏でるおなまーえの脳裏にとある情景が浮かんでくる。
それは必死に走って逃げる少女の姿。
追いかけるのは武装した男が1人。
「……そう…その人が犯人なのね……」
眉を顰めて彼女は呟いた。
娘を殺した犯人がわかったのだ。
楽しければ笑い 悲しければ泣けばいいでしょう
けれど今の私には そんなことさえ赦されぬ
慣れない演奏のため、多少音程がズレることもあるが、それすらも気にならないほどおなまーえは一生懸命に指を動かした。
私はもう
少女は心優しい人物であった。
自分のイノセンスのせいで街がアクマに襲撃されるのをわかっていて、彼らを守るためにずっとここでイノセンスを発動し続けていた。
だが肉体がなくなった今、彼女の歌声はただの唸り声にしか聞こえず、街の人たちはその唸り声がアクマを呼び寄せていると勘違いしていた。
「……大丈夫。私たちが必ずイノセンスを本部に持って行くから、そうすればアクマも襲ってこない。あなたはもう、休んでいいんだよ。」
『…本当に?』
少女はイノセンスに適合しながらも、教団の手が届かず亡くなってしまった。
今度こそ、我々の手で回収してあげなければ。
「うん。神様に誓って。もうこの街の人をアクマに襲わせたりしない。」
パァっと辺りが明るくなる。
海の底からイノセンスが浮上してきた。
『……ありがとう』
イノセンスは水面を突き破ると崖を登り、ティエドールの手に収まった。
「お疲れ様」
光が徐々に収まる。
辺りは波と風の音しかしなくなった。
もう街の人たちは唸り声に怯えることもないだろう。
神田はティエドールの隣でそれをじっと見ていた。
だが、ただならぬ殺気を感じハッと海の向この地平線を睨みつける。
「…これは」
マリも沖合の方を向いた。
彼の耳に届くのは無数のノイズ。
「そうか。イノセンスによる加護がなくなったために、アクマがここまでこれるようになったのか。」
「………」
「おなまーえ?」
イノセンスを回収してから一言も発していない彼女を不審に思い、マリは声をかけた。
おなまーえはじっと
「……そういうことなのね」
彼女は何かわかったかのように、弓をそっと撫でた。
「まったく、私のイノセンスは意外と寂しがり屋さんなんだから」
苦笑いしておなまーえは空に向かって弓を絞る。
「第二解放、
キュオンと矢が空に引き込まれていく。次の瞬間、空と海の双方から無数の矢の雨が降り注いだ。
海上を進めない分、遠戦においてはおなまーえの矢は最大の戦力となる。
「先輩!師匠!今のうちに街へ!」
「わかった」
「その前に…」
彼女はもう一度矢を振り絞る。
その手には白い矢が現れた。
「意地張ってすみませんでした、先輩」
「……ああ」
白い矢は神田に吸い込まれるように溶けていった。
彼はふっと笑うと、いつもの倍のスピードで走り出し、港に上陸したアクマを撃退しに行った。