第10夜 冥界の歌姫
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「おかえりーん」
街に戻るとティエドールとマリが出迎えてくれた。
街にも数体アクマがいて襲ってきたらしいが、2人で漏れなく撃退したという。
「宿は好きなように泊まってくれて構わないとのことだ」
「ありがとう」
あの頑固そうな主人と交渉をしてくれたマリに礼を言う。
「さて、互いに情報共有しようか」
「そっちはどうだった?」
「アクマが出たこと以外は特になにもありません」
「私と先輩で手分けして探したんですけど、残念ながら」
アクマによって随分荒らされていたため、事件当時の様子は分からなかった。
得られた情報も特にない。
「こっちは少しだけ進展があったよ」
「早速で悪いが、付いてきてくれ」
マリとティエドールを先頭に、一行は港の方向へと進んだ。
やはりどの店も営業せずに戸を立てている。
観光地にとって風評被害ほど怖いものはないだろう。
「UrrAaaaaーー」
港に近づくにつれ、微かに声が聞こえてくる。
まるで獣のような、おぞましい声。
「これは…」
「例の唸り声だ」
海の底から這い出てくるようなこれがどこからともなく聞こえてくるとなると、不気味に感じてしまう。
波止場でマリは足を止めた。
他の人も同様に歩みを止める。
(……あれ、これ………)
かすかに聞こえてた唸り声は、ここまでくるとはっきりと聞き取ることができた。
どこか規則正しいその唸り声に、おなまーえは思い当たる節があり、ハッと胸元にしまった楽譜を取り出し、じっと見つめる。
それには気づかず、ティエドールとマリは成果報告を始める。
「やはり大きな船は借りれなかったよ」
「この手漕ぎボートなら、壊れても構わないと貸してくれたが…」
「こんなボロ船、本当に動くのか?」
「まぁ仕方ないよ。彼らにとって船は命綱だからね。」
漁業と観光の二つで成り立っていたこの街は、今や手前の海で取れる魚だけがこの街の貴重な資源であった。
漁師にとって船はかけがえのない財産。
おいそれと突然やってきた旅人に貸し出せるものでもない。
「これで沖合まではさすがに出られないな」
「…待て」
ここで神田に一つ疑問が浮かんだ。
「そもそも何故アクマは沖合にしかいないんだ?」
通常、アクマはイノセンスに触れることはできないが、基本的にはその周りに寄ってたかっているはずである。
アクマの出没情報の高いところにはイノセンスのある可能性が高くなると行っても過言ではない。
「歌声が沿岸でしか聞こえないということは、イノセンスは浅瀬にあるということだ。だがアクマは沿岸には出没せず、沖合に現れている。」
「確かに…」
「妙だと思わないか?」
マリは納得したように手を打った。
ティエドールは神田の推理をじっと聞いている。
夕陽が地平線に触れ、オレンジ色の光が神田の横顔を照らす。
(仮にイノセンスがアクマを退けているのだとしたら、それはまるで――)
「適合者かもしれないって?」
神田の考えを引き継ぐようにティエドールが述べた。
「残念ながらね、私もそう思うよ」
彼は眼鏡をくいっとあげる。
「もしその娘さんがイノセンスの適合者なのだとしたら、寄生型だったんだろうね」
歌声は自身の力量もあっただろうが、イノセンスの影響も確かにあったのだろう。
残念なことにエクソシストに成り得た彼女は命を落としてしまったが、死してもなおイノセンスが発動し続けていて、主の声で歌い続けているのだとしたら、辻褄もあう。
適合者を探すという一行の旅は彼女が生きているうちには間に合わなかったが、せめてイノセンスだけでも回収しなくてはならない。
ティエドールは桟橋にかけてあるオンボロな手漕ぎボートをじっと見つめた。
「この船はちょっと不安だが泥舟よりはマシかな。ひとまず明日はこれに乗って声の発生源まで行ってみよう。」
「わかりました」
「船には私と…どっちがいく?」
マリは2人に向かって問いかけた。
小船の定員はせいぜい2人まで。
音を聞き取れるマリは確定として、もう1人はおなまーえと神田のどちらかしか乗せられない。
「………」
「おや?」
だがおなまーえは紙をじっと見つめていて、こちらの話を聞いている様子ではない。
マリの戸惑いに、神田も振り返る。
「……おい」
「………」
どうやらメモに夢中なようで、一向にこちらに気づかない。
何やらブツブツと独り言も唱えている。
「おなまーえ」
「………」
「おなまーえ」
「………」
しびれを切らした神田はつかつかと歩み寄って、彼女の持っていた紙を取り上げた。
「わっ!」
「聞いてたか?」
「へっ?…あ……」
どうやら最初から最後まで聞いていなかったようで、おなまーえは申し訳なさそうに「ごめん」と小さく呟いた。
「船に誰が乗って行くかという相談だ。私は確定だが、もう1人くらいなら乗れるからな。」
彼女は少し考え込む。
神田は取り上げた紙を見た。
それは楽譜のようであったが、当然芸術に関して疎い彼には全く読めない。
「……じゃあ…私行ってもいいですか?ちょっと試したいことがあるんです。」
「構わないが…神田もそれでいいか?」
「……ああ」
おなまーえの試したいことというのがわからないが、彼女がここまで真剣な表情をするということはなにか策があるのだろう。
かくして、明日はおなまーえとマリが海上を探索し、ティエドールと神田が陸でそれを追いかけるという形で決まった。