第8夜 呵々大笑
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目が覚めたのは、それから2時間後であった。
硬い机に突っ伏したままだったので、首や腰に痛みが走る。
「ルル姉…?」
眠気に襲われたときに姉が座っていたはずの目の前の椅子は、空っぽでひんやりとしていた。
机の上には昼食代と思しきお金と、赤いリボンが置いてあった。
それは先の雑貨店でおなまーえが見ていたものだ。
慌てて会計を済ませ、その雑貨店に行くと赤いリボンも青いリボンもすでに売れてしまっていた。
店員に話を聞くと、黒髪の女性が購入したと言う。
(ルル姉に間違いない。けどなんでルル姉は私を置いていったの…?)
急激な眠気の正体はわからないが、眠ったおなまーえを置いてどこかにいくほど彼女は非情な人ではない。
おなまーえは広い隣町を隈なく探したが、姉らしき女性の姿は見かけず、情報も得られなかった。
躊躇した末、彼女は自身の街に戻ることにした。
帰宅する頃には夜になってしまうが、どうしても嫌な予感が拭えなかった。
おなまーえはおぼろげな記憶を頼りに、隣町から自分の生まれ育った街に戻ることにした。
****
丘を登ったあたりからおなまーえは走り出した。
この丘からは街の様子が一望できる。
何キロも歩き詰めのおなまーえは、やっとの思いでこの丘を登りきり、そして目を見開いた。
夜だと言うのに街はとても明るかった。
燃え上がる炎はススを撒き散らし、収まるところを知らない。
父も母もまだ街にいるかもしれないと思った瞬間、走って、走って、おなまーえは火の海と化した街に飛び込んだ。
「お父!!お母!!ルル姉!!!」
人の気配はない。
そもそも火がついていると言うのに、誰も外を出歩いていなかった。
(もうみんな避難したのかな)
そうであったらどれほど良いだろうか。だが街中どこにいっても、人の焼ける匂いが充満していた。
それに気づかないほどおなまーえは鈍くはない。
険しい顔つきで火の間をかいくぐり、自分の育った家に辿り着く。
自宅のあった場所は変わり果てていた。
だが、その中で一際輝いているものがある。
「……なんで、ハープは無事なの?」
家は崩れ、家具はもはや原型をとどめていないというのに、家宝のハープだけは凛とした佇まいで少しも動いていなかったのだ。
父と母らしき黒焦げの人型があったが、彼女はそれを信じたくないとかぶりを振った。
ガラッと何かが崩れる音がしておなまーえは振り返る。
「ルル姉!!よかった、無事だったんだね!」
黒髪の、見慣れた顔の女性。
このどうしようもない状況で姉に出会えたことが救いだった。
今更、なぜ隣町において1人で帰ってきたのかなど、どうでもよかった。
「逃げよう!丘の方なら安全だから、ほら!」
「……なんで戻ってきたの」
「ルル…姉?」
「………」
自信なさげにおなまーえは姉の名を呼ぶ。
だが姉はそれ以上は何も言わず、こちらに背を向けて歩き出した。
「まっ、待って……あつっ」
咄嗟に追いかけようとはしたが、炎が立ちはだかり、とてもじゃないがこの中を歩くなんてことはできない。
「待ってよ!ルル姉なんでしょ!?」
炎に照らされたせいか、それとも何かあったのか、姉の肌は元の透き通るような白い肌ではなかった。
だがあれば間違いなく姉だ。
振り返りざまに見えた黒髪を束ねている髪留めは、おなまーえが持っている赤いリボンと対になっている青いリボンだった。
「っ……」
伸ばした手は届かず、声をかけても返事をくれない。
なぜ街が焼けているのか、なぜ姉が1人でこんなところにいたのか、なぜ彼女は暑さの中でも歩いていけるのか。
幼いおなまーえにはわからなかった。
「ルル姉……!」
彼女とおなまーえの間に建物が倒壊し、姉の姿は見えなくなってしまった。
「きゃあっ!!」
煙が大きく上がる。
咄嗟に逃げ遅れてしまい、背中に熱い空気が襲いかかった。
服が破け、白い皮膚が炙られる。
姉のことが気がかりだが、このままではおなまーえ自身の身も危ない。
(街の外に出ないと…!)
彼女は来た道を戻ろうと振り返った。
そのわずか2メートル先に。
「アラ?マダ生きテル奴イタの?」
「っ!?」
身の毛のよだつような外見の、まさに悪魔と呼ぶに相応しい化け物がこちらを見ていた。
「全部、殺シたと思ッタんだけどナァ…」
「これはあなたがやったの…!?」
「殺シたのは僕ダけど、火をつケタのは僕ジャないヨォ」
悪魔は軽い足取りでこちらに向かってくる。
おなまーえは後ずさりするが、炎に囲まれて逃げることができない。
「僕はネェ、あと少しでレベルアップできルンだヨォ」
「ヒッ…」
「君を殺シたら、上ガルかナァ?」
ニタァという邪悪な笑みが迫る。
おなまーえは神に祈る思いで声を振り絞った。
「た、助けて……!」