第8夜 呵々大笑
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第8夜 呵々大笑
これは少女が家族を失う前のお話。
「ルル姉!まだ!?」
「……気が早い」
起きたばかりでまだなんの支度もできていない姉は、眠たげな目でこちらをちらっと見た。
基本的に無表情な姉だが、目を見れば大体考えていることはわかる。
今の彼女は、おなまーえが急かすことを本気では嫌がっていなかった。
それをいいことに、おなまーえは満面の笑みを向ける。
「だって楽しみだったんだもん。ルル姉と隣町に行けるの!」
「…そう」
素っ気なく言ったが、その数分後、支度を終えた彼女が朝食を食べていないことくらい、おなまーえにはお見通しだった。
おなまーえたちの生まれ育った街は小さく、人口も決して多いわけではない。
そのため生活物資の補給はほとんど隣町から賄っていた。
隣町には駅があるため、服屋や娯楽といったものまで一通り揃っていた。
だが隣町までは相当な距離があるため、頻繁には行けない。
故にまだ13歳の彼女は隣町に行くことが、この上ないほどの楽しみであった。
「遊びに行くんじゃないんだからね。ちゃんと商品の搬入もするのよ。」
「はーい」
この家はハープ作りを代々生業としている。
質素な生活だが、それなりに満足できる程ではあったのだった。
****
街の楽器屋に売りに行くためのハープを抱え、2人は出立する。
丘を越え、薄暗い林を抜け、隣町まで着く頃には昼時だった。
そろそろ祭が近いということで、街は活気付き色とりどりの装飾が施されている。
まず両親に頼まれた、商品の搬入をする。
彼女たちの家には代々守ってきた伝統あるハープがある。
それを模してこれらの商品は作られていたが、どれもこれもその元となったオリジナルには遠く及ばなかった。
「なんでだろう…」
「なにが?」
おなまーえの心の声はどうやら漏れていたようだ。
どんなに形を模しても、オリジナルのような完全な造形にはならず、どんなに音を調節しても、オリジナルのような温かみと芯のある音は作り出せなかった。
両親はこのハープを『神から賜ったもの』と言っていたが、あながちそれも間違いではないように思う。
「いや、うちにあるオリジナルのハープって、不思議じゃない?なんか神々しいような……そんな気しない?」
「しない…」
姉はそれっきり何も言わなかった。
昔から彼女はオリジナルのハープを毛嫌いしていた節がある。
それもおなまーえの長年の疑問であった。
搬入が終わり、自由時間となる。
「ルル姉、お昼何食べたい?」
「なんでも。あなたが選んで。」
「じゃああのお店でいいかな?」
「ええ」
お昼時ということもあって、どの店も混雑している。
おなまーえの選んだお店は大通りから少し外れているため、比較的空いていた。
「あ」
「どうしたの?」
そちらに向けて歩き出したかと思えば、突如雑貨屋の前で立ち止まったおなまーえに、姉の足も止まる。
おなまーえの視線の先には対になっているリボンが陳列していた。
赤色と青色のリボンを彼女は物欲しげに見つめる。
「……買う?」
「いや……いいよ」
ルル姉とお揃いにしたい、と言ったら彼女はなんと言うだろうか。
贅沢は言えないとおなまーえは小さく首を振って、その雑貨店の前を通り過ぎた。
****
「ねぇねぇ、デザートも頼んでいい?」
「いいわよ」
「やったー!」
2人が入ったのは小さな喫茶店。
ふわふわのオムレツと、甘いケーキを堪能し、食後の紅茶まで飲んでいいと許可された。
紅茶に砂糖を一つ入れる。
「なんだかルル姉、今日機嫌いい?」
「なんで?」
「いや、なんとなく」
今日はおなまーえが何をしてもイエスと答える姉に、少し違和感を感じた。
機嫌はどうやら良さそうだが、どこかもの憂いげに宙を見つめていることがある。
「別に。どうせこれで最後だから。」
姉の冷たい言葉と店内のBGMがやけに大きく聞こえた。
「最後…?」
「なんでもない」
彼女はそれ以上話すつもりはないと首を振る。
「え、なんでもなくないよ!?」
不穏な発言におなまーえは動揺して立ち上がる。
だがその瞬間急激に頭に血が回らなくなり、彼女はふらついた。
「な、に……これ……」
立っていられず元の席にドスンと着地する。
あえて例えるなら、睡眠薬か何かでも飲まされたような急激な眠気。
争うことができないほどだ。
「おね、ちゃ……」
目の前で優雅にコーヒーを飲む彼女に助けを求めるが、姉は果敢せずといった顔でこちらを見向きもしなかった。
それが、おなまーえが見た、姉の最後の姿であった。
パタンと意識を失ったおなまーえをみて、姉もといルル=ベルはコーヒーをソーサーに置いた。
「さようなら、おなまーえ」