第7夜 旅立ち
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どのくらいそうしていただろうか。
コンコンと扉を叩く音でおなまーえは意識を浮上させた。
――コンコン
「…………」
――コンコン
「…………」
――コンコン
「……入って」
「入るわよ」
軽い扉が開けられる。
入ってきたのは食堂でしか見かけないジェリーである。
「……どうしたのジェリー」
「アンタが元気ないって聞いたからね。ほら、そんなとこじゃ風邪引くわよ。せめてベットに座りなさい。蜂蜜たっぷりの暖かいハーブティーも持ってきたから。」
「…うん」
彼に腕を引かれ、おなまーえは意外にも素直に従った。
拒む気力もなかったという方が正しい。
ジェリーとはかれこれ4年の付き合いになる。
誰からも愛される彼と意気投合するのに時間はかからなかった。
「ごめんね、何もおもてなしできなくて」
「いいのよ私が勝手にお邪魔してるんだから」
おなまーえはパッと笑顔を取り繕う。
カップを受け取り、ハーブティーを美味しく飲み干す仕草までしたのに、彼は悲しい顔をした。
「神田と何かあったの」
「……うん」
何もかもお見通しな友人の前で、嘘はつけなかった。
カップを机に置く。
ハーブのおかげで張り詰めていた緊張感が緩んだ。
おなまーえは仮面を剥がし、本心を露わにする。
じわっと涙が溢れてきた。
「…力のないやつは嫌いだって、言われちゃった」
「…そう」
「好き…だったんだなぁ…」
改めて言葉にするとあの時の気持ちが蘇ってきた。
溢れる雫は後悔の気持ち。
言わなきゃ良かったと。
気づかないふりをすれば良かったと。
ジェリーはただ優しく頭を撫でてくれた。
何もかも包み込むような大きい手が心地よい。
「自覚、しちゃったから…」
神田に抱いているこの気持ちが恋心だと。
私はこんなに彼のことが好きだったのかと。
今更になって想いが込み上げる。
「でも、あの人は…私のこと…っ、ただの同僚だって…っ」
「………」
「嫌い…だって…」
「……辛かったわねぇ」
戦場に重きを置いている神田は、役に立たないおなまーえを、あまつさえ隣でこんなふざけた考えをしていたおなまーえを良くは思わなかっただろう。
「もうっ…隣に立たせてもらえないかもしれない……」
サポートを口実に隣に居座っていた。
それすらできなくなった自分はただのお荷物、足手まといでしかない。
「………」
戦場に出ないジェリーはどう慰めていいかわからないだろう。
困らせてしまう。
早く泣き止まなければ。
そう思えば思うほど涙は止まらない。
彼のたくましい腕が身体に巻かれた。
「ぇ…」
「……あのバ神田。こんな可愛い子泣かせて、次会ったらタダじゃおかないんだから。」
低い声。
筋肉質な胸。
いつもと違うジェリーにおなまーえは動揺が隠せない。
「ジェリー?」
「いーい?口ではそんなこと言ってても、あの男はアンタにぞっこんなのよ?」
「そんなこと…」
「あるのよ」
腕が解かれ、目と目を合わさせられる。
「だいたい好きでもない相手と一緒に食事する奴が何処にいるのよ。」
「それは、私たちずっと生活共にしてきたから…」
「じゃあマリは?デイシャは?」
「うっ…」
「アンタだけなのよ。神田がいつも連れて歩いてるのは。」
彼の言葉が胸に染み渡る。
まるで乾いた土に水を与えるような優しい言葉。
「隣に立てないのなら、背中合わせで戦えばいい。アンタがこんなところで立ち止まってちゃそれすらできないわよ。」
「背中…」
ハッと視界がひらけた気がした。
隣に立つことばかりに拘っていた。
自分の能力は守護ノ矢しかないと思い込んでいた。
(違う……護れないなら、守ればいいんだ……)
使えない能力はサポート系のみ。
攻撃系の黒い矢は健在だ。
ならば自分ができることは、攻撃力を高めること。
今使える能力を伸ばすこと。
顔色の良くなったおなまーえを見て、ジェリーは微笑んだ。
「まだ17歳なんだから新しい恋の一つや二つ見つけなさいよ」
「ジェリー…」
ふっと心が軽くなった。
相談できる相手がいるというのは、これほどまでに心安らぐものなのか。
「……ジェリーの手は魔法の手だね」
赤い目をこすりながら心からの笑顔を向ければ、彼は困ったように頭をポンポンと撫でてくれた。
「ありがとう。元気出た。」
すくっと立ち上がる。
迷っている時間はない。
こうなったら、一早くディエドールに会ってビシバシ鍛えてもらわなくては。
「……私、もっと強くなりたい。強くなって、背中を任せられるくらいになりたい。」
「いってらっしゃいな。私はまたアンタ専用の坦々麺でも作って帰りを待ってるから。」
おなまーえは吹っ切れた表情で部屋から出て行った。
「……はぁ〜。無用心に男を部屋にあげるんじゃないわよ、全く。」
ジェリーはゴロンと転がる。
おなまーえの匂いが体を包み込んだ。
「そもそも男としても見てないんでしょうね」
母性に目覚めてから、久しくこんな感情を抱くことはなかった。
子供に対する愛情とはたしかに違うソレ。
「なんで神田なんて選んだのよ」
ジェリーの呟きは誰に聞こえるでもなく、暗い部屋に響いた。