エピソード記録
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【神田が帰ってきて、結晶型になった後のところ】
「…あいつは?」
自分が戻ってきたと聞けば真っ先に飛びついてきそうなおなまーえの姿が見えない。
先ほど彼女はアジア支部にいるとリナリーも言っていた。
いくら広いアジア支部とは言え、彼女が迷うということもあるまい。
神田は辺りを見回した。
「その、神田……落ち着いて聞いてほしいの」
リナリーの暗い表情に、ただならぬ気配を感じた神田は顔をしかめる。
「その…」
「どうした?言え」
歯切れの悪いリナリーに少し苛立つ。
コムイが彼女の肩を掴んで後ろに下げさせた。
「僕から話そう」
「………」
「おなまーえちゃんは、今結晶型になるための実験を行っている」
「…何?」
結晶型は望んでなれるものではない。
イノセンスと十分に理解しあって、互いの目的が一致しなければ進化できはしない。
だが教団がそんな悠長なことを待っていられるはずもなく。
装備型を強制的に結晶型にする実験を、おなまーえは行なっていた。
「……お前らの考えそうなことだ」
ジロリとルベリエを睨みつけて、低い声で唸る。
戦力になると判断したのなら非人道的な手段まで厭わないのが、彼らのやり方だ。
「勘違いしないでいただきたい。我々はあくまで協力を求めたのだ。彼女はそれに同意した。これは互いに合意した上での実験なのだよ。」
「…この外道が」
おなまーえがそんな怪しい実験に自ら志願するはずがない。
「……オレに追っ手が来なかったのはそういうことか」
「………」
どうせノアの姉のことや、逃亡した神田をダシに、彼女が断れないように仕向けたのであろう。
「これは彼女から出された条件でね。『実験に協力する代わりに、神田の自由を保証する』ことを約束させられたよ。まぁそれも、君が戻ってきたことで無意味になったがね。」
「……あいつはどこにいる?」
「それは言えな――」
「東棟の地下7階だ」
ルベリエと神田の会話に割って入ったのはコムイだった。
この件を止められなかったことの、せめてもの贖罪。
彼はリナリーを守ることに精一杯で、おなまーえにまで手を回すことができなかった。
「……」
ルベリエはコムイを睨みつける。
「行ってあげてくれ」
「……フン」
神田は踵を返してズゥの部屋から出て行った。
「コムイ室長」
「……相応の罰を受ける覚悟はあります。ですが神田が戻ってきた今、戦力に不足はないでしょう。彼は元帥にもなれるほどの実力の持ち主。ここでおなまーえを傷つけて信用を失えば、今度こそ我々は彼を敵に回すことになります。」
「………」
コムイの意見は一理ある。
非合理的で、ルベリエには到底理解できない言い分だが。
「……愛だの恋だのと、戦場でよくもまぁ青臭いことを…」
「………」
守りたいものがなければ人は戦えない。
それをどうしてもこの人は理解できなかったようだ。
****
実験は至極シンプルなものだった。
リナリーがそうだったように、イノセンスを体内に流し込むのである。
せめて無味なら良かったものを、イノセンスは泥のような、まるで水銀を飲み干しているかのような苦い味がした。
飲み込むと、程なくして体に異変が起きる。
まずは目眩。
ガンガンとハンマーで殴られるような痛みが続く。
そのうち腹部が痛くなる。
転がりまわって助けを求めても、科学者は手を貸してはくれなかった。
さすが中央庁。
被験体はあくまでモルモットでしかないと徹底しているらしい。
「っ、うっ…!」
最後は嘔吐。
イノセンスなんて神がかった石を飲み込んで、人間の体内で消化できるわけがない。
苦しみを緩和させるために壁と床に頭を打ったせいで、おなまーえの体はボロボロだった。
それでも彼女は死なない。
なぜならば彼女はすでにセカンドエクソシストの加護を受けているからである。
1日に5回。
非番の日は毎日実験が行われる。
見兼ねたコムイが彼女の任務をあえて増やしても、いつのまにかルベリエの計らいで非番になっていたりする。
「……んっ…」
『被験体、まもなく目を覚まします。覚醒まで残り10秒……9……8……』
目覚めは常に苦痛から始まる。
日の当たらない黒い夢から、日の当たる現実に引き戻される。
ボロボロの体。
目の下のクマも、カサカサの肌も、枝毛だらけの髪も、もう気にならない。
死に瀕する命になんとか火を灯して、おなまーえは再びこの世に意識を戻す。
『…被験体覚醒しました。実験を再開します。』
「っ、はぁ」
ゆっくりと体を起こす。
この前リナリーに言われた。
おなまーえさえ拒否すれば、この実験を中止させるだけの準備をコムイは整えていると。
それは嬉しい。
自分のために、リナリーやコムイが動いてくれている。
彼女にはそれだけで十分だった。
『大丈夫。私の身一つで先輩を守れるなら、私は喜んで差し出すから。』
そう言ってのけた自分を、リナリーはどう思っただろうか。
好きな男に置いていかれた、哀れな女?
モルモットになって自ら破滅していく、悲劇のヒロイン?
『っ…』
リナリーは何も言わないでくれた。
ご丁寧に細かくすり潰されたイノセンスがグラスに入れられて差し出される。
「……」
痛い。
辛い。
もうやめたい。
弱音をあげそうになるたびに、おなまーえは大好きな人を心に思い浮かべる。
今、きっと彼はアルマと無事に添い遂げてくれているだろう。
2人きりで、あのマテールの街で。
『!?なんだお前は!うっ…!』
『やめろ!』
『貴様何をしている!』
実験室の外。
研究者たちのいる部屋が騒々しい。
仲間割れかだろうか。
マイクの音量くらい切っておいてほしい。
おなまーえはイノセンスの入ったグラスを手に取る。
これを飲み干すのも何十回目だろうか。
20を超えたあたりから数えるのをやめた。
傾ければサラサラと流れる砂状のイノセンス。
この子はどうしても、おなまーえの願いに応えてくれない。
アクマを倒したい、その目的は一緒のはずなのに。
(いや、私が"違う"な…)
誰のためにこの実験を引き受けたのか、それすらも曖昧になりつつある。
そんな自分に、どうしてイノセンスが応えてくれるだろうか。
(でも、飲まなきゃ)
おなまーえがコップのふちに唇をつけたその時。
『随分ヒデェ顔だな』
とうとう幻覚まで聞こえた。
自分も相当末期だというのか。
構わずグラスを持ち上げようとする。
『幻覚じゃねぇ。おい、こっち見ろ。』
科学者のいるモニター室とおなまーえのいる実験室はガラス板で隔たれている。
彼女は恐る恐るモニター室に目を向ける。
「っ…なんで?」
『久しぶりに会ったってのに、第一声がそれか?』
ニヒルな笑みを浮かべてマイクに口を寄せている男が、こちらを見つめていた。
「せん、ぱい…」
『ああ』
「…アルマは?」
『死んだ』
「……じゃあなんでここにいるんですか」
アルマが死んだのであれば、神田は教団を憎んで当然だ。
ここに戻ってこなくたって誰も責めたりはしない。
『忘れもん拾ったからな。届けに来た。』
「忘れ物…?」
――プシュン
モニター室と実験室を隔てていたガラスが解除された。
よく見ると本来システムを管理している科学者は皆、神田に鳩尾を殴られてうずくまっていた。
こうしてガラスの隔たりがなくなっても、未だに神田が目の前にいる実感がない。
記憶にある神田よりずっとたくましくなった彼が、おなまーえを軽々と抱き上げた。
「…忘れ物って?」
おなまーえはぼんやりと尋ねる。
「ん」
銀色の小さなボタンがおなまーえの目の前に突き出された。
裏には『おなまーえ』と書かれている。
おなまーえの、旧団服のボタンだった。
「これ、どこで?」
「マテールの街だ。あそこでアクマと戦った時に落としたんだろ。」
「あ…」
そうだ。
すっかり忘れていた。
たしかボタンがないことに気づいたのがアレンの来た後で、ミランダの師を引き受ける時に団服を新調してもらったんだった。
「お前を迎えに来た、とでも言えればよかったんだがな」
「…先輩がそんなロマンチックなこと言ったら、槍が降りますよ」
「ハッ、そぉだな」
彼はおなまーえを横抱きにしたまま、白い実験室を出る。
彼女の手に握られているグラスの中でイノセンスが波打った。
サァッと風が吹く。
神田特有の石けんの香りが鼻孔をかすめた。
「……やらなきゃならねぇことがある」
「……はい」
「お前にも協力してもらいたい」
「……私が断ると思いましたか?」
「はっ」
小馬鹿にしたように神田は笑い、遠くの空を見つめた。
2人の間にそれ以上の会話は不要だった。
神田と共に、再び歩んでいく。
今度は隣同士でも、背中合わせでもなく、互いに手を取り合って。
――トプンッ
イノセンスが溶けた。
砕いた砂だったそれは、まるで飲めとでも言うように自ら形状を変えた。
「これって…」
「結晶型の兆候だ」
「……そっか。私やっと結晶型になれるんだ。」
「要はイノセンスとどれだけ気持ちを共有できるかが鍵だからな。中央庁は手っ取り早く戦力を増やしたかったんだろうが、こればかりは当人の気持ちの問題だ。」
あんなに苦しんだのが馬鹿らしく思える。
でもあの責め苦を味わっている時間も、決して無駄ではなかった。
少なくとも、わずかの間だけ彼を自由にすることはできた。
ああ、その前に一つ確認しなければならないことがあった。
クドイと怒られるかもしれないが、これはおなまーえにとってとても重要なことだ。
彼女は視線を神田に移した。
「……先輩、やっぱり私、あなたとずっと一緒にいたいです」
数週間前と同じ願いを、おなまーえは口にする。
「……そぉだな」
彼はぐいっとおなまーえを引き寄せて、端正な顔を合わせる。
あの時――アルマの最期の時――共に連れてはいけないと言ったことを、神田は後悔していた。
これから自分が歩む道は修羅の道。
教団にも伯爵にも追われる業を、彼女にも背負わせたくはなかった。
教団にいれば少なくとも身の安全は保証されると、安直に考えていた。
実際は違った。
おなまーえは自らを交渉材料に、神田に追っ手がいかないようにルベリエと取引していた。
彼女の行動を予測できていなかった自分に落ち度がある。
額をコツンと合わせた。
最初から素直になっていれば良かったのだ。
身の安全だとか、アルマと彼女の確執だとか、そんなことを気にする必要なんてなかったのだ。
守りたいものがあるのなら、生涯をかけて護り通すと誓った。
夕陽が2人を照らす。
女は慈愛に満ちた目で男を見つめ、男は覚悟を決めた目で女を見つめた。
「オレも、お前と一緒にいたい」
共に生きる。
それが神田の選択だった。
「…先輩がこうしてちゃんと言葉にしてくれたの、初めてですね」
本当にどうしようもない人。
ずっとずっと、その言葉が聞きたかったのだ。
おなまーえはふっと微笑んで、緩慢な動きでグラスの中のイノセンスを飲み干した。
「…っ…」
――カシャン
手からグラスが滑り落ち、地面に叩きつけられる。
右腕の神経が脈打つ。
痛い。
熱い。
(っ、でも実験の時とは明らかに違う…)
あの時は体がイノセンスを拒否し、イノセンス自身もおなまーえの体内に入ることを拒んでいた。
だが今は違う。
これは、細胞とイノセンスが融合して、体が作り変えられる痛みだ。
――プシャッ
両手の甲から血が溢れ出た。
痛みに耐えている間、神田はずっと額を合わせて付き合ってくれた。
――パキッパキパキッ
甲から溢れ出た血が固まり、結晶のような形になる。
幼い頃から苦楽を共にしてきた相棒だ。
おなまーえが祈れば、イノセンスはいつだって応じてくれていた。
この子と言葉を交わすだなんて今更なことだが、言葉にしないと伝わらないことだってあるのである。
エクソシストとして。
弓兵として。
神田と共に歩む者として。
「……月ノ因子。私は、もう迷わないよ。」
おなまーえは覚悟を決めた。
――パキッ
彼女の言葉に呼応するようにイノセンスが神々しく輝く。
「っ」
次の瞬間、結晶の形だったイノセンスは、おなまーえの手にピタリと張り付いてグローブの形をとった。
黒いレースでできた、まるで花嫁の衣装のようなそれは、かつての弓の装飾の面影をかすかに残していた。
痛みが引き、神田は額を離した。
おなまーえは手の甲を愛おしげに見つめる。
「……なんだか不思議。私のイノセンスなのに、私のものじゃないみたい。」
今までは重い弓がおなまーえの武器だったが、今度のイノセンスはおなまーえ自身が弓となるのだ。
右手からは黒い矢。
左手からは白い矢。
あんなに辛かった弓を、もう弾く必要がなくなった。
「調子はどうだ」
「……うん、スッキリした」
「なら問題はなさそうだな」
憑き物が落ちたようにおなまーえは体の力を抜いた。
「……スッキリしたらなんだか眠くなってきちゃいました」
「はっ、寝ろ寝ろ。お前はちと頑張りすぎだ。」
おなまーえを抱えたまま神田は歩き出す。
不規則に揺れる上下運動は、彼女を確実に夢の世界へと誘う。
「先輩…大好き…です…」
おなまーえは静かに瞼を閉じた。
《終》
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以上です。
アニメも多分この辺りまでなので、私の夢もここで完結とさせていただきます。
もともと箱舟以降は書く気なかったので、最後書きたいシーンだけ書くという形になってしまいすみません。
ここに繋げるまでを書く気力が湧かなくて、皆様の想像力で補填していただければと思います。
最後のグローブ、正式名称はフィンガーグローブと言うんですけど、花嫁の衣装なんです。
でもここはDグレ夢だから、白じゃなくて黒色に。
タイトルも「漆黒の花嫁」にしたいなーとか思ってました。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!
2019/04/12
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